4.届かぬ光、遠い旅路
「よーし、んじゃやるぞ」
「ふむ……いや、協力するのは吝かではないが」
「これで、どうするつもり……?」
森の中にある少し開けた広場の中。
バルバロイとクラリッサ達は、取り敢えず試しにという事で俺の提案に乗ってくれた。
今、バルバロイ達の腕に巻き付いているのはルシエラの鎖である。
じゃらり、と音を鳴らしながら腕を上げれば、訝しげな視線を俺に向けていて。
「お前らの力を借りるんだよ。言っただろ?」
「それは判るが、何故鎖で繋いでいるのだ……?」
『何、力を借りるならこの方が手っ取り早いじゃろう?』
ルシエラのその言葉を聞いた途端、クラリッサは表情を引きつらせた。
アシュタールとイルミナスはまだ分からないと言った様子で、バルバロイはまあ良いか、と言った表情で。
――次の瞬間、ルシエラは鎖から四人の力を喰らい始めた。
「ぐ、お――ッ!?」
『うむ、美味い美味い』
「う、美味いじゃないわよ――!?馬鹿、これ食べられてるだけじゃない!!」
『安心せい、血肉は喰らっておらん。力を少々つまみ食いしておるだけじゃ』
「待テ、ソノ割ニハ激痛ガ――ッ」
「……それで、どうだ?」
三人から上がる悲鳴とは対象的に、バルバロイは至って静かだった。
まあ、元から有している力の量が違うのだろう。
バルバロイの言葉に俺は、軽く腕を回し――何時も以上に力が漲っているのを、確かに感じていた。
さすがのルシエラもこんな時に悪巫山戯はしないらしい。
もしも食べるだけ食べてそれだけだったらどうしようかと思ってたが、この分なら悪くはなさそうだ。
「ああ、上手く行きそうだ」
「ふむ。試しに打ってみよ」
バルバロイが身構え、両腕で守りを作り上げる。
まあ、バルバロイ相手なら加減も要らないだろう。
俺は軽く飛び上がれば、全身の力を込めてバルバロイの腕を殴りつけて――そして、それと同時にバルバロイは数十m、その巨体を後ずらせた。
うん、悪くはない。
悪くはない、が……
「……あれ?」
……思ったよりも、威力が出ない。
バルバロイとクラリッサ達の力を借りているにしては、こう、出力が低いというか。
「……大したものでは有るが、温いな。理由は大方、察しはつくが」
両腕が痺れたのか。
バルバロイは軽く両腕を振りながら、多少のダメージこそあれど特に問題は無いと言った様子で戻ってくる。
……やっぱり、威力がどう考えても足りてない。
バルバロイはそれも当然だろうと言った様子で頷きつつ、じゃらり、と腕に巻いた鎖を揺らしてみせた。
「これでは、力を借りているとは言えぬ。我らの力を少しずつ喰らっているだけだ」
『……む』
「力を束ねる、というのであればこういう形ではなく、大きく喰らい、吐き出す仕組みが必要なのではないか?」
『む、ぅ……デカブツのくせに、的を射た事を言いおるのう……』
バルバロイの言葉に、ルシエラはうなりつつも鎖を解いた。
……発想自体は、多分間違えてない、と思う。
少なくとも俺単体で戦うよりは、間違いなく強くはなっていた、筈だ。
だが、バルバロイの言う通りこれじゃあまるで足りていない。
かといって、バルバロイ達を文字通り喰らうなんてしたら本末転倒だし――
「――ねぇ、それ以前に問題が有ると思うんだけど、言っても良い?」
「ん、あ?」
――そんな事を考えていると、鎖を解いたクラリッサが、少しやつれた様子で手をひらひらと上げてみせた。
俺が首を傾げながら視線を向ければ、クラリッサは大きくため息を吐き出して。
「こんなジャラジャラ繋いだ状態で、戦うつもり?」
「……うむ。今は自分たち四人だから、まだ良いが」
「実際ハ、モット大人数ナノダロウ?」
「――あ」
……至極もっともな。
どうして今まで気づかなかったんだろう、と思えるような事を口にされてしまえば、俺は思わず口から声を漏らしながら、固まってしまった。
そうだった、そもそも魔王と戦うってのにこんなジャラジャラ繋がった状態じゃ、無理に決まってるじゃないか――!!
「……エルちゃんの方向性は間違ってないと思うよ?」
「はい、慧眼かと思います」
「うん……」
割と本気で凹んでいた俺に、アリスとリリエルは優しく声をかけてくれた。
結局俺のやり方だと力をいくら上げた所で実際の勝負じゃ使えない、という事で満場一致で却下され。
今はどうやって力を束ねるべきか、という方向で各々方法を考える事になっていた。
……まあ、うん、クラリッサの指摘通りあれは使い物にならない。
こっち側の戦力全てを鎖で繋いだ状態で戦えるわけもないし、そもそもその間に俺以外が殺されたら途端に御破算だ。
少なくとも、魔王との戦いは一瞬では済まないだろう。
可能な限り、戦力となるもの以外の安全を確保した上で、力を供給させる。
そんな仕組みを作り上げなければ、先ず同じ舞台にあがる事さえかなわない。
「……でもなぁ……」
『こんな事なら、あの子供に聞いておくべきだったかのう』
「そんな事言ってもしょうがないでしょ。今となっては無理なんだから」
あの子供――つまりは、少年。
勇者と呼ばれた彼なら、きっと戦いの最中であっても、聞けば割と素直に話してくれたんじゃないだろうかと、今なら思う。
もっとも、あのクソ女に魔王とされてしまった今となっては手遅れでしか無いけれど。
……あ。
「……それだ」
『ん?』
「聞きにはいけないけど、見るのは出来るよ!」
『どうやって……って、まさか』
そうだ。
俺が、アルルーナに悪夢を永く永く見せられた後で、それに対抗する為にルシエラがやってくれた、記憶の上書き。
今まで俺が経験した記憶を共有している、というのであれば――そう、あの少年との戦いも克明に残っている筈。
『……出来なくは、ないがのう』
「なら――」
早速見よう、と口にしようとした俺の唇を、ルシエラの指先が塞ぐ。
その表情は至極真剣で――
『克明にそれを見たい、というのであれば――以前のように軽く上書き、という訳にはいかん。文字通り、私の記憶の世界にエルトリス、お前を放り込む事になる』
「ん……っ、別に、それくらいは」
『その世界の中で。お前は、私の力を使うことは出来ん――ましてや、私が着いていく事すら叶わん。何しろ、私の記録の中に潜る形になるからのう』
――そんな言葉を、はっきりと口にした。
ルシエラがついていけない。
それは、つまり――……
『無力な状態で私達が出会ったあの世界に放り込まれるのがどれだけ危険か、判らぬ訳ではあるまい。悪い事は言わん、やめておけ』
……ルシエラの言葉に、俺は何も返す事が出来なかった。
ルシエラが着いていくことが出来ない、という事は俺が今まで身につけた一切が使えない、という事。
そんな状態では、記憶を確認するどころじゃ済まない。
それでも、現状すがれる手段がそれしかない事を歯がゆく思いつつ。
俺は、ルシエラの膝の上で大きくため息を吐き出して――
「――失礼します、エルトリス様、ルシエラ様」
――そこに。
決意の光を宿したリリエルが、言葉を挟んできた。
「私が、同行する事は出来ませんか?」
『リリエル』
リリエルの言葉に、ルシエラが立ち上がる。
その表情は何時も見せる、意地悪くも優しげな顔ではなく――
『――思い上がってくれるのう。私とエルトリスの聖域に、入り込もうなどとは』
――今までに見たことが無いような、殺意と敵意に満ちた表情だった。