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魔王少女、世にはばかる!  作者: bene
第十二章 龍王の死亡遊戯
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20.幕間/龍王の憂鬱

 巨大な建造物の一室。

 決戦を控え、バルバロイは一人静かに酒を口にしていた。

 恐らくは、この戦いが終わってしまえば後に残るのは一つのみ。

 その最後の一つは、バルバロイにとって最期の、そして最も心躍る戦いになることだろう。


「……フゥ」


 だが、それを目前にしてバルバロイは少しだけ憂鬱そうに息を吐き出した。

 そう、残る戦いはどう有っても二回だけだと、バルバロイは理解していた。

 アルケミラ達との決戦はさぞ楽しいモノになるだろう。

 その後に控えた最期の戦いも、恐らくはバルバロイの生の中で格別のモノになる。


 ……だが、それ以後は?

 たとえ最期の戦いに勝てたのだとしても、バルバロイはその先は虚無しか無い事を知っていた。

 その最期の戦いは、謂わば霊峰の頂だ。

 最上に達したときの景色はさぞ素晴らしいだろう、だが直ぐに登った当人は気付いてしまう。


 ――これより上はなく、これより素晴らしいものが無いのであれば、それ以後に何の価値があるのだろう、と。


「願わくば、彼女とも戦いたかったが……まあ、戦いを嫌う者に無理強いをするのも、な」


 そんな言葉を口にしつつ、バルバロイは酒樽を飲み干すと目を閉じる。

 夢に見るのは、彼の若き日のただ一度の敗北。

 既に周囲に敵がいない程に強かったバルバロイは、当時最も強いとされる存在に挑んだのだ。


 その戦いは実に一昼夜続き――その結果、バルバロイはその下半身を喪失した。

 体を両断され、それでも尚死ななかったのはバルバロイの生命力故だろう。

 トドメを懇願したバルバロイに対して、黒竜は興味も無いと言った様子でその場を去った。


 ――黒竜アリス。

 今となってはその姿を見ることは叶わないが、今でもバルバロイは竜王と呼ばれるのであれば彼女こそが相応しいと思っていた。

 現在のアリスの姿は、当然バルバロイも知っている。

 ただ、他とは違いバルバロイだけは、アリスがそうなってしまった事に自責の念さえ覚えてしまっていた。


 彼女をああしてしまったのは、彼女を頂に立たせ続けた自分たちに他ならない。

 空虚な玉座に座らせ続け、恐れ続け、彼女を愉しませる事さえ出来ず。

 結果として彼女は頂から降りる為に、雄々しき牙を、禍々しき爪も、強靭な尾を――そしてその肉体をも削ぎ落とし、あの姿に成り果てたのだ、と。


 それは半分正しくもあり、半分間違いでもあった。


 確かにアリスは孤独を悲しみ、孤独ではないものに憧れて今の少女の姿になった。

 だが、アリスはそれに後悔など微塵も抱いていないし、周囲を憎んでさえも居ない。

 エルトリスに出会うこと無く日々を過ごしていたのならば、空虚さを懐き続けていたのかもしれないが、今となってはそれもなく。


 飽くまでも彼女が少女の姿を選んだのは彼女自身の意志であり、バルバロイ達の責任では断じて無いのに。

 それでも尚、バルバロイはそれに責任を感じずには居られなかった。

 あの時、もっと我がアリスと対等に戦えていたのならば。

 あの時、我がアリスにトドメを懇願しなければ。

 ――あの時、我がアリスを倒せていたのであれば、きっと彼女はあんな選択をせずに済んだに違いない、と。


「……もうすぐ、お前の見ていた風景が見れるのか?」


 夢の中、バルバロイは誰に言うわけでも無く言葉にする。

 かつて自分が挑み、そして敗北していた相手が立っていた場所。

 その場所に立つ事が出来たのならば、或いはそれが贖罪になるのではないかと、バルバロイは心の何処かでそう感じていた。


 そうなった時、自分はどう感じるのだろう?

 アリスと同じく空虚さを懐き、体の全てを失ってでも頂きを降りるのか。

 或いは、その頂で誰かが来るのを待ち続けるのか。


 ――否、それ以前に魔王に命を刈り取られるのか。


「まあ……楽しみである内は、まだ……か」


 バルバロイは自虐的に小さく呟けば、意識を無くす程の深い眠りへと落ちていく。

 目が覚めれば、恐らくはアルケミラ達との戦いが始まるだろう。


 ……それに負ける事は有り得ずとも、少なからず楽しめれば良い。

 せめて、一瞬で終わってくれるなと――バルバロイは薄れゆく意識の中で、そう願った。








「――ああ、ああ、オフェリア様が……」

「私達は、一体どうすれば……」


 ――一方、建造物の一角。

 オフェリアを盲信して着いてきた人間達は、悲観に暮れていた。

 彼女が負けるなど、夢にも思っていなかったのだろう。

導き手を失った彼らは、ただただ泣いて、喚き、嗚咽を漏らし、震えていた。


 突然明かりも何もない大海原に小舟で投げ出されたような、そんな感覚。

 何処へ行けば良いのか、どうすれば戻れるのかも判らない絶望感に彼らは沈み――


「……大丈夫だ、オフェリア様の意思は私が継ぐ」


 ――そんな中、全身鎧の女性が小さくそう呟くと、泣き腫らした顔を拭って立ち上がった。

 誰もがそんなのは無理だ、と口にする。

 オフェリアの有る種側近とも言える立場の彼女だが、しかし実態は彼女の操り人形に近かった。

 オフェリアの言葉通りに動くことしかしてこなかった彼女に何が出来るのか、と人々は訝しみ。


「問題ない。私には今でもオフェリア様の言葉が聞こえるのだ。オフェリア様はまだ、私達を導いていて下さる」

「馬鹿な、オフェリア様はもう――」


 反論を告げようとした者の頭が、グシャリと潰れる。

 同じ仲間、オフェリアを信じる者の頭蓋を叩き割りながら、女性は返り血を浴びつつも笑った。


「オフェリア様の言葉を信じない者は要らない。今まで通りだ、何も変わらない。皆もオフェリア様の言葉を疑うなんて、そんな事はしないだろう――?」


 手にしたモーニングスターで、頭を叩き潰した信徒の身体を潰し、潰し、潰し。

 そして、彼女は笑顔で、当然のようにそう告げた。


 ――逆らえるものなど、居るわけがない。

 元々彼らは自分の意志を全て他人に任せてきた者達だ。

 目の前の狂気に、そして暴力に抗える者など、誰一人として居るわけがなかった。


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