19.少女の死亡遊戯②
365日目。
一年アリスちゃんと一緒にいたおかげで、エルちゃんもやっとアリスちゃんとまともにやり会えるように、なってきた。
エルちゃんの体は、ざんねんだけど全然成長しない。
アリスちゃんのくれたお洋服を着たまま、替えなくていいっていうのは便利では有るけど……ううん、そうじゃなくって。
だから、エルちゃんが成長したのは、それ以外の部分だった。
「――っ」
「だーいぶ逃げるのが上手になったね、エルちゃんっ!」
「逃げるだけじゃ、ないもん……!!」
アリスちゃんの尻尾を飛んで躱す。
見てから躱すのなんて不可能だから、予測して、予測して、予測する。
一手、二手、三手。
それより先、ずっと先まで予想して、エルちゃんはその予測を信じて動く。
始めの一ヶ月は、信じきれずにぺっしゃんこ。
次の三ヶ月は、予測しきれずにこっぱみじん。
それから少し過ぎてやっと、エルちゃんはアリスちゃんの動きを正しく予測できるようになった。
「でも、そろそろいい加減私に一撃入れてくれてもいいんじゃないかな?」
『ええい、であれば少しは加減をしろというに――!!』
「だーめ♥そんな事したら、エルちゃんの為にならないもんね♪」
――そして、その上でアリスちゃんには隙がない。
エルちゃんは何度も何度もアリスちゃんに一撃入れようとしたけれど、その一撃を入れる暇が、隙がなくて。
下手に攻撃しようとすれば、爪に引き裂かれるのが分かりきっていたから、エルちゃんはそこからなかなか先に進めずにいた。
あれから、どれくらい負けちゃったんだろう?
10回、100回じゃきかない。
1000、もしかしたら10000回は負けちゃったかも知れない。
だから、エルちゃんはすっかり女の子らしく、されちゃった。
甘い香りに、甘い声。
口調だってもう、頭の中までこんな感じになっちゃったし、足も自然と内股になっちゃうし、ここ数ヶ月、アリスちゃんとケーキとか食べてばっかりで。
それが、はずかしくて仕方ないから勝ちたいのに、なのに全然アリスちゃんには届かなかった。
どうすればいいんだろう。
どうすれば、これから先に進めるんだろう?
もう、最悪このまま女の子なまま戻れなくたっていい。
ただ、勝ちたい――負けっぱなしなんて嫌だもん、絶対に勝たなきゃいけないんだから……っ!!
――1082日目。
エルちゃんはもう、日にちとかかぞえてなかったけど、アリスちゃんが毎日、今何日目かをおしえてくれた。
……だってエルちゃん、そんな余計なこと、考えてる余裕なんて全然ないもん。
やっと、やっと何かが掴めそうなの。
アリスちゃんから攻撃を受けずに過ごせるようになって、えっと、えっと……
「凄いね、エルちゃん。もう私から攻撃を受けなくなって、100日が過ぎたよ♪」
「……ひゃく?」
「うん、凄いいっぱいって事♥」
「えへへ、そうなんだ……♪」
アリスちゃんにそう言われると、うれしくなっちゃう。
エルちゃんは、ルシエラちゃんを握るとまた、アリスちゃんと戦い始めた。
アリスちゃんとながく、ながく、ながく戦い続けたおかげで、なんとなくだけれどその疾さにもなれてきた、気がする。
もちろん追いつくことは出来ないし、見てからかわす事なんて出来ないけど。
でも、エルちゃん、前よりもずっと長く、ちゃんとアリスちゃんとたたかえるようになったもん。
もうエルちゃんは、前までのエルちゃんとはちがう。
「――あはっ」
アリスちゃんが、楽しげにわらってくれた。
振るわれた爪を踏み台にして、内側へ。
振り下ろされた尻尾を横に流して、前へ。
そして、エルちゃんを噛み砕こうとした牙におびえず、前に飛び込んで――
「ん、ぐ……っ!?けほっ、こほっ!!」
「――っ、たああぁぁっ!!どう、やっと一発いれてたよアリス!!」
「けほっ、けほ……っ、うう、喉を思いっきり殴るなんて、ひどいんだからぁ……」
――唾液まみれのわたしを吐き出しながら、アリスが呻く。
三年くらいたって、やっと一発。
約束どおりに戻ってきた思考に、意識に感謝しつつ、わたしは小さく息を漏らし、身構えた。
直様に飛んできた尻尾を躱し、距離をとって、小さく息を漏らす。
「んふふ……うん、そうだよね」
「うん、当たり前でしょ」
『……やぁっと一撃か。気が長い話だのう』
ルシエラの言葉に、わたしも苦笑しながらアリスを見る。
そう、たった一撃。
それもちょっとアリスが呻く程度で、大した打撃にもなってない攻撃。
三年近くかけてやっとそこまで辿り着けた事に、わたしはルシエラに、そして相手をしてくれているアリスに感謝しつつ、身構えた。
「……有難うね、アリス」
「気にしないで良いよ、エルちゃん。だってエルちゃんは――」
――お友達、だもんね。
声を重ね、笑い合い、再び打ち合う。
さっきの一撃は殆ど奇跡のようなものだ。
長い歳月をかけてようやく掴めた機会の一旦。
わたしはこれからそれを、常に掴めるようにならなきゃいけない。
そうじゃなきゃ、ここまで付き合ってくれたアリスと友達だなんて、恥ずかしくって言えやしない――!!
「……戻ってきませんね、エルトリスは」
リリエルの試合が終わって、暫く。
万全の状態の面々と戦いたいというバルバロイの一言によって、先程まで戦い合っていた面々は同室で治療を受けていた。
……アルケミラが創生の水を使って傷口を塞ぐのが治療と言って良いのか、疑問は有るが。
それでも一応は傷口はふさがり、安静に過ごすことは必要とは言え、不必要な痛みを感じ続けることもないのだから、まあそう言って良いのかも知れない。
そんな治療行為を行いつつ、アルケミラは部屋に居ないエルトリスを心配してか、そんな言葉を小さく呟いた。
無論、そんな言葉を口にしたからと言って彼女が戻ってくる訳ではない。
ただ、バルバロイとこれから相対するに当たって、エルトリスの存在は必要不可欠であるとアルケミラは感じていたのだ。
「……大丈夫です、エルトリス様なら必ず戻ります」
そんなアルケミラに、リリエルは苦笑しつつ言葉を紡ぐ。
全身に打撲、骨折、内臓への損傷を負っていながらも、治療の甲斐有ってか、リリエルは話す程度なら問題なく行う事が出来ていて。
「それは、エルトリスへの信頼ですか?」
「ん……」
リリエルの言葉に、アルケミラは首を軽く捻った。
リリエルがエルトリスを狂信……とまで言って良いかは不明だけれど、信じ切っているのはアルケミラもよく知っていた。
であるなら、その言葉は信に値しないとアルケミラは考えて――
「……似たようなものです。エルトリス様が、強者との戦いから逃げる訳がありません」
「――ああ、それは確かに」
――しかし、続くその言葉に納得させられてしまえば、アルケミラは苦笑しながら椅子に腰掛けた。
エルトリスが戦いから逃げるなど有り得ない。
不利であろうと、嫌な相手だろうと結局は立ち向かったのは、アルケミラも良く知っている。
であるなら、待とう。
たとえバルバロイとの戦いが始まってしまったとしても、必ずエルトリスが来ると信じよう。
そう決めてしまえば、後はその部屋の誰も、エルトリスの事を口にはしなかった。
来ると決まっている者を、わざわざ心配する事はないだろう――そう、全員が信じていた。