15.魔族女王と魔導女王②
「――……ッ」
エスメラルダは、元より戦いが得意な性格ではなかった。
エルトリスと出会うまでは争い自体をそこまで好まず、それ以降も望んで争う事はせず。
ただ、必要とあらばどんな相手であろうと戦うという、その決意を抱いただけ。
実際、エスメラルダが戦いの場に置いて強敵に挑んだ経験は、アルカンやメガデスとは違い片手で数えられる程度しか無い。
故に、彼女は眼前の敵に対して初めて、困惑を覚えていた。
今まで彼女は自らの有り余る魔力を持ってすれば、如何なる相手であろうとダメージを負わせる事が出来ていた。
だと言うのに、目の前の存在は違う。
バルバロイは、先程エスメラルダが放った流星群を受けても甲殻が微かに焼けた程度。
そして、アルケミラは――
「どうしました?まだ戦えるでしょう、もっと見せて下さい」
「こ、の……っ!!」
――幼子のように小さくなったアルケミラは、しかして余裕を持った笑みでエスメラルダを見下ろしていた。
舞台の上に創り上げられたのは、ピラミッド状の高台とその頂点に或る玉座。
それだけならば、ただ高台を駆け上がれば良いだけだが、それを高台に無数に配置された兵器達が許さなかった。
人を狙うには過剰過ぎる大きさを持った弓。
高台の麓から湧き続ける、剣と盾、槍――様々な武器を携えた兵士達。
それらは只管にエスメラルダに迫り、放たれ、その集中を乱し続けていた。
大規模な魔法を扱って高台ごとアルケミラを焼き払おうとしても、それを産まれ続ける兵士達が許さない。
「――三重奏、流星群!!」
最初に放ったそれよりも細く、出力を抑えた光芒が光球から放たれていく。
兵士達の身体を焼き切り破壊しながら、エスメラルダは高台に向けて駆け出した。
このままでは埒が明かない。
であれば、どうにかして埒を明けなければ。
以前のエスメラルダならば、そんな事はできなかっただろう。
ただあふれる魔力を自らから放つだけでは、接近されるだけで直様に劣勢に立たされてしまう。
彼女もそれを痛感していたが故に、自らの周囲に浮かぶ光球を――守護衛星を編み出したのだ。
守護衛星は、彼女の魔力を以て創り出した“砲台”である。
周囲に浮かぶ小さな光球の一つ一つが砲門であり、彼女が扱う魔法の全てが守護衛星から放たれるのだ。
その御蔭で、エスメラルダは魔法を放ちつつ動くことも、放った後に落ち着いて魔法を操ることも出来るようになっていた。
「甘いですね。楽に近づけるとでも?」
「っ、これは――」
――だが、それでも尚、目の前の相手には届かない。
空を飛べば弓兵が、地上を進めば歩兵が。
そして、歩兵を薙ぎ払いながら前に進めば――その足は、どろりとした白い沼に囚われた。
それは、文字通りアルケミラの体の一部。
高台の付近に広がっている創生の水は、エスメラルダの足に絡みつけば柔らかく、しかし離れる事無く包み込み。
「……ふむ。まあ、このくらいでしょうか」
そして、足を止めたエスメラルダを見ればアルケミラは小さく息を漏らした。
目を瞠る魔力。それを扱う実力こそあれど、やはり彼女は後方支援向けなのだな、と考えつつアルケミラは創生の水で捉えたエスメラルダに兵士を殺到させる。
詰みである。
事実、エスメラルダはこうなってしまえば出来る事は足を止めて魔法を打つことしか出来ない。
アルカンならば、メガデスならば或いはこの程度の罠なら見切ったかも知れない。
或いは、かかった上で脱出する術を持っていたかも知れない。
だが、エスメラルダにはそれがなかった。
並外れた魔力とそれを扱う実力を持った彼女に唯一欠けているもの――つまりは、経験。
力だけでは補えないそれに、エスメラルダは完全に硬直し。
そして、アルケミラの白い兵隊に、エスメラルダは飲み込まれ――……
……次の瞬間、アルケミラの表情は歓喜に満ち溢れた。
それは、相手が自らの予想を超えた事に対する喜び。
エスメラルダは創生の水に取り込まれる刹那、まだ彼女自身も試してこなかった、試そうとすら考えていない事をしてみせた。
「――っ、て、やあああぁぁぁぁっ!!!」
エスメラルダの身体が、淡く光る。
それは、彼女自身の魔力そのもの。
今まで収束し放つ、放ったものを操る――そうしてきた魔力を、彼女は放たずに纏ってみせたのだ。
一見容易いように見えて、自らを傷つけないようにしつつ周囲を焼くようにするソレは、決して容易い行為ではない。
内側と外側で、全く異なる性質の魔力を纏わせる。
細かく考えること無く、ただ感覚だけでそれを土壇場で成したエスメラルダは、正しく天才だと言っていいだろう。
経験不足を補えるだけのものが確かに彼女にはある。
ソレが確認できただけで、アルケミラはとても満ち足りた気持ちになり――
「……素晴らしい。貴女はきっと、まだまだ伸びますね」
――そして、戦いを終わらせた。
エスメラルダが駆け上がる高台が、みるみる内に姿を変える。
ごぽり、と音を鳴らしたかと思えば、階段が、兵士達が、溶けるように姿を変えて――
「な――」
そうして、出来上がったのは巨大な“アルケミラ”。
直様エスメラルダはその巨大な彼女に向けて魔法を放とうとするが、間に合わない。
釈迦の手のひらの上のように、エスメラルダはそのまま抱きしめられるように巨大な彼女に包まれ、取り込まれて――
「ふ、ぅ。舞台の上で助かりましたね」
――そうして、元通りの姿に戻ったアルケミラは、舞台の上で倒れ伏しているエスメラルダを見ながら、小さくそう零した。
仮に戦いの場が舞台の上ではなく、だだっ広い荒野だったならば。
そうではなくても、もっと距離を取られた所から始まっていたのならば、アルケミラもそう容易く彼女を沈める事は出来なかっただろう。
「……く、ぅぅ……っ」
そして、そんなアルケミラの足元。
倒れ伏しているエスメラルダは、アルケミラを見上げながら小さくうめき声を上げた。
その表情からは、まだ闘志が消えていない。
……そんなエスメラルダを見れば、アルケミラは小さく苦笑して。
「――大丈夫ですよ。先程の言葉は全部嘘、ですから」
「……う、そ?」
「はい。私はエルトリスを高く評価していますが、恋愛感情のような物はありませんので」
アルケミラのそんな優しい声色に、緊張の糸が切れたのか。
エスメラルダは安心したような顔をすれば、ばったりと、今度こそ完全に意識を失った。
「……魔力をほぼ吸い尽くしたのにまだ起き上がれる辺り、凄いと言うか何というか」
そんな彼女を抱き上げれば、アルケミラは可笑しそうに笑う。
先程エスメラルダを包み込んだ際に、魔力だけを捕食したアルケミラはどこかツヤツヤとしていて。
「全くもって。厄介な手合いばかりに好かれますね、あの子は」
そう言うと、アルケミラはアルカン達にエスメラルダを手渡して、悠々とアシュタール達の元へと戻っていった。