14.魔族女王と魔導女王①
――バルバロイが新しい舞台を文字通り持ってきてから、数分後。
まるで茶菓子かなにかを持ってくるかのような手軽さで用意されたそれに、魔族達は改めてバルバロイとの格の違いに震えつつも、歓喜した。
この戦いの勝者達が、最後にはこの恐ろしい強者と戦うのだ。
そんな最高の見世物を、観劇を、魔族達は待ち望む。
その視線に晒されながら、舞台に上がった一人を見て魔族――の一部は、大きな歓声をあげた。
舞台に上がったのは、その最強の存在と同じく名の知れた存在。
魔族ならば憧れ、或いは恐れる彼女……アルケミラは視線を、歓声を気に留める事もなく反対側から上がってきた人間を見る。
魔族の多くは、アルケミラに気を取られて気付いていない。
反対側に立つ人間もまた規格外であり――
「……ああ、貴女も素晴らしい。本当に今日は素晴らしい日です」
――そんな彼女……エスメラルダを見るアルケミラの表情が、恍惚としている事など。
エスメラルダはアルケミラの表情に若干困惑しつつも、彼女……ではなく、その背後に視線を向ける。
そこに居るはずの誰かを探すように視線を少し彷徨わせ、彷徨わせ。
「――あの、エルトリスちゃん、は?」
「エルトリス、ですか?先程アリスと共に出かけてから、戻っていませんが」
「え、えええ……っ、エルトリスちゃんに良い所見せようって思ってたのに……!!」
そして、徐にそんな言葉を口にすれば、エスメラルダはがっくりと項垂れた。
その様子に、アルケミラを前にして怯えている様子も、気負っている様子もまるで無い。
そんなエスメラルダに興味を惹かれたのか、アルケミラはふむ、と小さく呟けば――……
「……もしかしたら今頃、エルトリスはアリスとお楽しみかも知れませんね?」
「おたっ!?」
「知りませんでしたか?アリスとエルトリスはとても仲が良いのですよ」
「そ、それは……気づかなかった訳じゃないけど」
……アルケミラの言葉に、エスメラルダは声を裏返し、動揺する。
そんな彼女の様子が可笑しかったのか、アルケミラは可笑しそうに口元を緩め、笑い。
「そうそう、私もエルトリスとは楽しみましたよ。とても可愛らしかったです」
「――は?」
そして、その冗談めかした言葉に、エスメラルダは目を見開くようにしながら反応した。
ゆらり、と彼女の周囲が軽く歪む。
比喩でもなんでも無く、エスメラルダが内包している冗談のような魔力が空気を――それどころか、空間を軽く捻じ曲げていて。
そんな彼女の様子を見れば、アルケミラは益々うっとりとした表情を浮かべてみせた。
完全な悪癖である。
自らの前にいる逸材を、愛すべき者を、彼女は限界まで愛でなければ気がすまなかったのだ。
無論、アルケミラはエルトリスとそういった関係になった事など一度も有りはしない。
ただ、普段ならば弄することもないそんな虚言であっても、それがエスメラルダの全力を引き出す事になるのであれば、幾らでも口にすることが出来た。
「知っていますか?あの子は指先で身体を擽ると――」
「う……五月蝿い五月蝿い五月蝿い――ッ!!!」
アルケミラの虚言に――嫌に実感のこもってそうなその言葉に、エスメラルダは叫ぶ。
それと同時に、とうとう彼女の周囲に青白い光球が幾つも浮かび始めた。
フーッ、フーッ、と息を荒くしながら、顔を真っ赤に染めながら。
エスメラルダはそんな乙女な顔をしながら――殺意に溢れた魔力の塊を展開すれば、大きく息を吸って、吐いて。
「――観客席の魔族達。死にたくなければ上の方まで上がってて」
「あぁ……?」
「何いってんだ、あの人間」
そして、エスメラルダは一度だけ警告を口にした。
その声に従った魔族は、大凡八割ほど。
残りはその警告の意味が判らなかったのだろう、その場に居座りながら首をひねり、罵声を浴びせ――
「クスッ。もっと聞かせて差し上げましょうか、ベッドの上での――」
「――十重奏、流星群」
――さらなる挑発の虚言が口にされたその瞬間。
エスメラルダは一切の容赦なく、その魔力を解き放った。
彼女の周囲を漂っていた無数の光球が、瞬く。
同時にその光球から放たれたのは、細く――しかし薙ぎ払うかのような、幾筋もの光芒だった。
光球がエスメラルダの周囲をグルンと回れば、光芒も高速で薙ぎ払うように進み、直線状にあったもの全てを焼き切っていく。
「ひ……ッ!?」
「ギャアアァァッ!?や、やべぇぞあの女ァ――!!」
当然、警告を聞き入れなかった魔族は避けられる筈もない。
首を、身体を、手足を寸断され泣き叫び、悲鳴を上げ、絶命しながら、今更ながらにエスメラルダの恐ろしさを認識した。
「……これは、成程。純粋な魔法でここまでの力を持っているのは、魔族にもいませんね」
――その光芒の中を、アルケミラは踊る。
身体を切り離し、歪め、すり抜けるようにして彼女は事も無げにエスメラルダとの距離を詰めていく。
さすがのアルケミラであっても、光芒の直撃を受けてしまえば体積の幾分かを喪う――が、躱してしまえばそれも関係はない。
細い隙間であっても、その隙間から抜けるように分裂し、再統合してしまえば如何なる火力も意味は無く。
「ですが、惜しむらくは大雑把がすぎる事、ですね。膨大な魔力故に細かな扱いは苦手なのでしょうか」
故に、アルケミラはエスメラルダをそう評した。
魔力は素晴らしく、火力も素晴らしい。
だが、相手に当てる細やかさが無い。
今はまだ荒削りだが、今後の成長が楽しみな人間だ、と。
「……そう思う?」
――それは、これがアルルーナとの戦いのような、生存競争ではないが故に生まれた緩みだった。
エスメラルダが周囲で高速回転させていた光球を操れば、光芒はアルケミラを取り巻くように変貌し、包み込んでいく。
「――ほう、これは」
「エルトリスちゃんに何をしたかは、聞かないでおいてあげる――!!」
球状の網目の光芒が瞬時にアルケミラを取り囲めば、最早逃げ場はない。
エスメラルダが掌をギュッと握れば、アルケミラは逃げもせず、分裂さえせずに、アルケミラに向かって収束した光芒に飲み込まれ――
「――嗚呼、やはり良い」
――飲み込まれる刹那、エスメラルダは見た。
全身を包まれ、まるごと焼かれるであろうその瞬間に、アルケミラは確かに恍惚とした笑みを浮かべていて。
「……っ!?なんで、閉じきらない――!?」
そして、光芒を自在に操っていたエスメラルダは唐突に困惑を口にする。
光芒は既に隙間なく収束しているものの、一定の大きさからは縮む事はなく。
その眩く輝く魔力の球体から、突然腕が伸びた。
「素晴らしい。魔力の操作にも卓越しているのであれば、貴女は最早魔法を扱う者としてはきっと最強でしょう」
ずるり、と。
身体を焼かれながらも、それに構うこと無くアルケミラは光球から這い出せば、びちゃり、と舞台に落ちる。
その身体は光芒に、凄まじい魔力に焼かれて体積が減ったからか、エルトリス程度の幼い少女に変わっており。
「――ええ。貴女は十二分に価値を示してくれた。であれば、私も返礼をしなければ無礼というものですね」
その言葉に、エスメラルダは思わず一歩後ずさる。
相手が六魔将の一人だという事は理解していた。
だからこそ――相手が人間でないが故に、魔族の最強の一角であるが故に、エスメラルダは必殺を放ったのだ。
実際、先程の一撃は確かにアルケミラに大きなダメージを与えてはいた。
――だが、ダメージを与えた程度で死ぬのなら、戦えなくなるのなら。
彼女は、元より六魔将とは呼ばれてはいない。
アルケミラはその姿のまま、花開くような笑みを浮かべれば。
その身体から、ゴポリ、と……体積を無視するかのような創生の水が溢れ出した。