12.少女、人間達と戦う⑥/それは、愛
「……素晴らしい」
ぶつかり合う力と技巧、魔剣と魔刀を眺めながら、アルケミラはほぅ、と感嘆の息を漏らした。
その表情はどこか恍惚としたものになっており、身体を抱えるようにして身震いするその様は、とても珍しいもので。
自らの主が悦ぶ様を見れば、アシュタールは良かった、と笑みを零しつつも。
そうではなく、飽くまでも協力関係にあるリリエルは、少しだけ不思議そうに首を傾げてみせた。
「……アルケミラ様は、どうしてそこまでエルトリス様達を評価されるのですか?」
「ん……?」
「いえ、エルトリス様達は評価されて然るべきだとは思います。ただ――」
リリエルの言葉が紡がれるより早く、気炎を纏った刃と白熱した拳がぶつかり合う。
その余波で髪の毛をはためかせながら、リリエルは二人に、そしてアルケミラに視線を移し。
「――ただ、貴女は見さえすればそれを大凡再現出来てしまうのでは、と思えてしまって」
「ふ、む」
リリエルのその言葉に、アルケミラは感心した。
協力関係に有る相手を疑っている、という訳ではないのだろうけれど――ああして死闘を共に乗り越えた後であっても、盲信はしないリリエル。
彼女が唯一盲信しているのは、恐らくは自らの主であるエルトリスくらいのものだろう。
それは、アルケミラにとってはとても、とても輝かしい物に見えた。
人の――魔族も含めて、成長を止めるのは慢心という毒だ。
例えば、自らの強さに慢心した者。
例えば、仲間の強さに慢心した者。
例えば――そう、共に戦った仲間たちなのだから、と慢心した者。
リリエルはエルトリスに対して以外は、比較的そういった物がなく。
「そうですね。確かに、ある程度までならば再現も出来るかと」
「……アルケミラ様は、優秀な手合の力を自らの物にしたいのですか?」
「遠慮のない問いですね。まあ構いませんが」
アルケミラはそんなリリエルの言葉に耳を傾けつつも、目の前の闘いからはまるで目をそらす事もなく、言葉を紡いだ。
「優秀な者の力を自らの物にしたいか、と言われれば否定はしません。それは、私の本能のようなものですから」
「本能、ですか」
「ええ。優秀な者から学び、糧として、増殖する……そんな感情が、私の中に常に有るのです」
――剣戟がエルトリスを捉えれば、上空に跳ね上げる。
それでもエルトリスは口元から笑みを絶やすことは無く、眼下から吹き上がる気炎をその拳で打ち払った。
そんな光景を眺めつつ、アルケミラはクス、と笑みを零す。
「――無論、それは本能の話です。私自身はそんな物よりも、大事な事がある」
「……大事な、事?」
「あの剣士は、あとどの程度の時を生きるのでしょうね。十年か、一年か、或いはもっと短いのか」
その勢いのままに、エルトリスは空中に円盤で足場を作り出せば、アルカンに向けて彗星の如く落下する。
アルカンは気炎を纏った刃でそれを打ち払おうとするが、敵わずに後方へと飛び退いて――
「……十年は、難しいかと」
「でしょうね。魔族と比べて人の、人間の一生は余りにも短く、そして儚い」
私など、もうどれほど生きたのかも忘れました、とアルケミラは苦笑する。
障壁や能力の有無よりも、もっと決定的な差。
その種族が生きる、生きられる時間こそが、人と魔族の決定的な差であるとアルケミラは暗に告げていた。
「――だからこそ、愛おしいのです」
その上で、アルケミラは表情をほころばせながら、言葉を口にする。
「私達よりも遥かに短い生で、短い時間で、これほどまでの物を得る、創り上げる――それは、私からすれば正しく奇跡なんですよ」
「奇跡……」
「無論、優れた魔族も私は須らく愛します。ですが、優れた人間はとりわけ私には愛おしくて堪らないのです」
そんな心情を吐露しつつ、アルケミラはそっと掌を目の前で戦っているエルトリス、そしてアルカンに差し伸べた。
熱っぽい吐息を漏らしながら、目を細めれば――アルケミラは一瞬だけ闘いから目を外し、リリエルに向ける。
「ですから、貴女の心配は杞憂ですよ。私はエルトリス達を餌とは見ていませんから」
「……失礼しました。不快にさせてしまった、でしょうか」
「いえ、その疑念は当然のものですし大事なものです。私は貴女も愛していますよ、リリエル」
臆面もなくそう口にすれば、アルケミラは再び眼前の闘いに視線を戻した。
リリエルもまた、自らの主の闘いに意識を戻す。
――闘いは再び地上に戻り、舞台に空いた大穴から飛び出したエルトリスは猛獣のごとくアルカンへと疾駆していた。
アルカンはそれを気炎を纏った刃で弾き、斬り、反らし。
エルトリスはそれを受け、弾き、強引に捻じ伏せていく。
『そらそらそらそらァ!!最初の気勢はどうした小娘――!!』
『こ、の――!?馬鹿げた、ゴリ押しなんて……ッ』
それは、技巧を真っ向からねじ伏せる暴力そのもの。
ルシエラの白熱した手足が、エルトリスの拳が、気炎をあげる一刀をただそれだけで弾けばアルカンを追い詰めて――
「あはっ、きゃははははっ!!楽しいわ、楽しいわ、でも――」
「ク、カカ……ッ」
「――そろそろおしまいね!!」
「ああ、これて終いじゃ――!!」
――エルトリスから僅かに距離を離せば、アルカンは白刃を腰溜めに構える。
それに向かってエルトリスは躊躇いもせずに疾走すれば――刹那、渾身の突きと白熱した拳が交差した。
放たれた突きは舞台を割り、振るわれた拳は舞台を砕く。
そんな様を、まるで暖かな陽だまりの中にでもいるかのように、バルバロイは心地よさげに目を細め。
……白刃が宙を舞えば、舞台に突き刺さる。
アルカンは身に纏った気炎を失いながら、舞台に倒れ伏し――それを、エルトリスは満面の笑みで見下ろしていた。
少女の身体は傷だらけ。
アルカンもアルカンで、口から血を零しており。
「よし、今度もわた――俺の勝ちだな」
「……全く。年寄りは、もう少し労らんか」
そんな言葉を交わしあえば。
エルトリスはアルカンの手を握って、軽く引き起こした。