11.少女、人間達と戦う⑤/待ち望んだ戦い
二人が舞台に上がった瞬間、観覧していた魔族達は軽く息を呑んだ。
舞台に上がったのは傍らに女性を侍らせた一人の少女――と言うにも幼い、女の子。
そして、まるで枯れ木のように細く、深く皺の刻まれた老人。
どちらも一見すれば、とても戦えるような人間ではない。
魔族が軽く小突いたなら、それだけで死んでしまいそうな程にか弱く見える二人を見て、しかしそれに罵詈雑言を飛ばそうとする魔族は一人とていなかった。
既に知っているのだ。
その片割れ、とても戦えるとは思えない少女が、数多くの六魔将を相手にしてなお生き残り、時には打倒さえしてみせた怪物であることを。
そういう意味では、魔族達はアルケミラ以上に――バルバロイには及ばないが――少女を、エルトリスを注視していた。
かの噂話は本当なのか。
或いは全てが虚偽で、目の前にいる少女は壮大なホラ吹きなのか。
その全てが、この一戦で明らかになると思えば、魔族達は食い入るように少女に視線を集め――……
「……何だかちょっと恥ずかしいな、これ」
『なぁに、そう悪い気分でもなかろう?』
「まあ、確かに気持ち悪い視線じゃあねぇけどさ」
……そんな視線を受けたエルトリスは、少し頬を赤らめながら息を漏らした。
少女のそんな様子にアルカンは軽く喉を鳴らす。
その手は、既に魔刀にかかっており。
「腕を上げたのう。以前より、更に大きく見えるわ」
「ハハッ、背が伸びてりゃあ良かったんだがな」
「なぁに、お嬢ちゃんはまだ先が長かろう。成長が楽しみだわい」
互いに軽くそんな言葉を交わし合えば、一歩、また一歩と歩みを進めていく。
互いに殺気は無く、まだ構えてさえ居ない。
そのまま二人は舞台の中央へと辿り着けば――
「じゃあ、殺ろうか」
「ああ、殺ろう」
――その言葉と同時に、白刃は煌めいた。
否、白刃など見えはしない。見えたのはそれが創り出した斬撃の軌跡のみ。
まるで少女を覆うように、瞬きの間に創り上げられた斬撃は滝のように降り注ぎ――その尽くを、少女は草でも払うかのように腕を振るって弾き飛ばした。
ほんの刹那、瞬きの間の攻防に魔族達は一斉に盛り上がる。
見えたもの、見えなかったもの、そもそも何が起きたのか判らなかったもの。
何れもが歓声を上げれば、瞬間、アルカンはその口元を釣り上げながら魔刀を、サクラを身に纏った。
舞い散る花弁は、魔族達の住まう世界では決して見れるものではなく、その美しさに観客は目を奪われる。
その恐ろしさを既に知っているエルトリスは、その幼くあどけない表情を喜悦に歪めれば――背後に創り出しているルシエラとともに、一直線にアルカンへと疾駆した。
「きゃはははははは――ッ!!!」
「カカッ、以前より更に圧を増したか……!!」
狂喜とともに駆けるエルトリスを押し留めようと、花弁は一斉に少女へと降り注ぐ。
その度にギン、ゴキン、と重たい音を鳴らしながら、舞台にはまるで爪痕か何かのように傷跡が残り――しかし、エルトリスは止まらない。
『そんなものか、小娘!!この程度であれば、私のおやつにしかならんぞ!?』
『うるさい、オババ――ッ!直ぐにその顔、真っ青にしてやる……!!』
エルトリスの背後で人型をとっているルシエラが、サクラの放つその花弁の全てを殴り砕き、蹴り砕き、喰らっていく。
そうして舞い散る斬撃の花吹雪の中、エルトリスは瞬く間にアルカンに肉薄した。
即座にアルカンは無数の斬撃を以てエルトリスを押し止めるものの、それも長くは続かない。
ルシエラに守らせながら、エルトリスはアルカンの間合いの更に内側へと踏み込み――
――轟音とともに、砂埃が舞い上がる。
中央から弾き飛ばされたのは、一人。
身に纏っていたサクラごと、ボロボロにされながら――しかしくるりと回れば器用に着地してみせた、アルカンだった。
圧倒、という言葉がふさわしいのだろう。
アルカンはその身体に無数の傷を負い、放った無双の斬撃の尽くを弾かれ、そして今完全に押し負けた。
観ていた魔族達の誰もが――それこそ、アルケミラ達でさえ、大勢は決したと考える。
「――ね、そろそろ見せてよお爺ちゃん」
ただ、そこに立っていたもう一人だけは違っていた。
エルトリスの表情から、喜悦は消えない。
まだあるのだろうと。まだ手札が残っているのだろうと、エルトリスは笑うと鎖の絡んだ拳同士を叩き合わせて、火花を散らす。
そして、それに応えるようにアルカンは小さく息を吐きだせば、にたりと笑った。
「……そうだのう、もうちょっと行けるかと思っとったんじゃが」
『バカ。バカアルカン。最初から全力出せば、こんな事になってない』
「いやはや、どうにもギリギリを試したくなってのう。済まんの、サクラ――それに、エルトリスや」
傷だらけの身体を軽く揺らしつつ、アルカンはサクラをその鞘から引き抜けば、片手で構える。
それはエルトリスが初めて見る構えだった。
アルカンの技量を以て為した、鞘からの不可避の斬撃とは違うそれに、エルトリスは口角を吊り上げる。
「お前さんも新しい手を見せてくれたのじゃから、儂も見せてやらねばのう――」
――斬撃の花弁が、アルカンに、そして白刃に依り集まれば、その身体が桜色の炎に包まれた。
気炎が可視化したかのようなそれはアルカンの身を包み、同時に白刃をも包み込んでいく。
それと同時に、空気が震えた。
アルカンの放った圧が周囲の空気を一変させる。
「――良い。実に良いな」
それを受けてなお笑うエルトリスを見れば、バルバロイはクク、と喉を鳴らしながら楽しげに、本当に楽しげに笑みをこぼした。
その声は、二人には届かない。
二人は既に眼中にバルバロイはなく、互いの姿しか捉えていない。
ゆらりとアルカンの身体が揺れたかと思えば、一足でエルトリスの間合いまで飛び込む。
力任せに跳躍して加速するエルトリスとは正逆、緩急を以て陽炎のように動いたアルカンに、エルトリスは一瞬だがその姿を見失い――
『ぐ、ぬ――ッ!?』
『チッ、鋭い……!!』
――しかし、その気炎揺らめく刃を勘を持ってして受けた。
受けられたサクラは毒づきつつも、更にその刀身から気炎を立ち上らせると次々に斬撃を放っていく。
構えから斬りつけるまでに刹那もないその連撃を受け止めつつ、ルシエラは初めて苦悶にも似た声を漏らした。
受けたその腕に付いていたのは、幾重にも重なった傷。
先程までの斬撃全てを事も無げに受け止めていたルシエラは、初めてサクラに傷つけられた事に眉を顰めつつも――しかし、その主であるエルトリスはこの上なく愉しそうに、笑っていた。
「きゃふっ、ふふふっ!素敵、とっても素敵ね――!!」
「クカカカカ!!お前さんも、変わらずなァ……!!」
激しい金属音、そして笑い声。
二人の闘いは激しく、その全容を理解できない者達まで熱狂させながら続いていく。
「……強くなったね、エルちゃん」
その姿を、いつの間にそこに居たのか。
観戦している魔族達のその一角から、眺めている小さな影が一つ。
彼女はエルトリスの姿を嬉しそうに眺めつつ、しかし――
「でも、足りない。それじゃあ届かないよ。だから――」
――六魔将の一人であるアリスは小さくそう呟くと、少しだけ寂しそうな顔をしてから、何かを決心したかのようにその場から姿を消した。