10.少女、人間達と戦う④/風神と雷神
舞台に、風が吹き荒れる。
傍から見れば然程変わらない様子のアミラだったが、相対しているメガデスはその変化を如実に感じ取っていた。
自らが雷の衣を纏っているように、アミラもまたその風を纏った。
「――ははっ、良いねぇ……!!そういうのは大好きだぜ、アミラァ!!」
それはつまり、アミラが自身と同じ領域にまで達した、達していた事の証左である。
嘗てはただのひよっこでしか無かったアミラがそこまで成長した事に、メガデスは心の底から喜びつつ再びその指に蒼い雷を纏わせた。
合わせるように、アミラは指先を矢を番えるような形にすれば、小さく息を漏らした。
――狂喜しているメガデスに対して、アミラには一切の余裕がない。
メガデスは本来纏えば死に至る筈の雷を、長い修練と経験、そして才能によって調伏し、自らのものとした。
アミラもまた、長くマロウトを使ってきた経験と、そしてマロウト自身が自我の目覚めた事でより協力を得られるようになったが故に、今までは扱いきれていなかった暴風をある程度御する事が出来る用になっていた。
そう、ある程度。
決して完璧ではない、張り詰めた風船に空気を吹き込んでいるかのような際どさで、アミラは今の状態を維持していたのである。
今までこの状態にならなかったのも、戦闘で常時扱えるような物ではないという判断故。
少しでも制御を離れれば肌を、肉を裂くであろうその風をアミラは一点に集中し――そして、蒼雷が放たれるのと同時に解き放った。
「ぬ、ぉ……ッ!?」
「あぶねぇ、こっちまで飛んできてんぞ!?」
――瞬間、二人の間で力が衝突し、弾けた。
放たれた矢は互いにぶつかり合えば飛び散り、舞台に、観戦していた魔族達に――そして、バルバロイへと飛散していく。
バルバロイは、避けることもなくその力の衝突を楽しげに眺めていた。
身体に触れる蒼雷も、肉を、骨を断つ暴風さえも、バルバロイの甲殻を傷つける事は叶わない。
その力の奔流を何処か心地よさそうに受けながら、バルバロイは口元を緩め――
「良いねぇ、やるねぇ――!!」
「……ッ」
――そして、蒼雷と暴風が収まった後。
二人は一歩も動くこと無く、再び矢を番えていた。
否、動かなかったのではない、動けないのだ。
矢を番え、狙い、力を収束し、射る。
その動作に、流れに、微かでも不純物が混じればその瞬間に終わるであろうことを、メガデスもアミラも重々に理解していた。
そして、メガデスは人間最高峰の弓手として。
アミラは、その頂に挑む者として、決して終わりを許容など出来ず。
「さあ、もう一発だァ――ッ!!」
故に、再び衝突する。
一発、二発、三発。
放たれた蒼雷と暴風は、二人の間で弾け、雷鳴を轟かせ、身を裂くような風を吹き荒らす。
しかし、魔族達も身を隠しながら観戦するようなその射ち合いの最中、メガデスは笑みを絶やすことはなかった。
遂に現れてくれたのだ。
自らを頂点と宣い、同列に語ってくれる者など居なかった筈の弓手から、一人。
自分と同じ領域に立ち、互角に打ち合う――正しく比肩してくれる、そんな存在が。
得難いものを得た喜びに、メガデスは瞳を輝かせながら幾度となく矢を番えていく。
狂喜の内にありながらも、メガデスは勝負を譲るような感情は一切なかった。
自らに並んでくれたアミラに感謝しつつも、それ故に打倒したいとも願っていたのだ。
一方で、アミラにそんな余裕は一切ない。
度重なる射撃でアミラの身体は、肌は幾つもの切り傷が溢れており。
肌から血をにじませつつ、集中力を消耗したアミラはこの状況は長くは続かない事を悟っていた。
後一発――否、二発で決着を着けなければ、負ける。
それ以上は精度を保つことが出来ないと自覚していたアミラは、再び番えられた蒼雷を見て――
「――ハッ、小細工かよ!?」
――蒼雷と正面からではなく、その僅か下。
蒼雷を跳ね上げ、同時にメガデスの足元を掬うように着弾した暴風は、舞台の瓦礫を巻き上げた。
口では毒づきつつも、メガデスは変わらず笑みを浮かべたまま身構える。
巻き上げられた瓦礫は、その全てを雷で撃ち落とした。
こんな小細工に走ったのならば、もうアミラは限界なのだろうとメガデスは悟り、次の一撃に備える。
どのような角度、どのような速度で放たれようと、関係はない。
文字通り、雷の如き反射速度を持つメガデスを前に、先制攻撃など出来はしない。
何処から矢が放たれたのなら、それと同時に矢で射ち返してみせよう。
メガデスはそれが出来るという自負が有った。
「ああ、楽しかったぜアミラ。だが、今回は俺の勝ちだ」
そして、その自負が虚偽ではない事を、慢心では無いことを示すかのように、その番えた矢を空に向ける。
「……ッ、く……!!」
『ま、まずいです、まずいですよマスター……ッ!?』
――アミラは、そこに居た。
先程居た舞台の上ではなく、メガデスの真上。
先程の暴風に乗るようにして飛び、メガデスの死角から――文字通り、メガデスが矢を射るよりも早く射掛ける。
数少ない勝機をモノにするために、アミラは残る二射の内一射を犠牲にしてまでこの状況を作り出した。
だが、届かない。
英傑ゆえの経験値の差か、単純な弓手としての優劣か。
アミラの指先から最後の暴風が放たれるのと同時に、メガデスの蒼雷が放たれる。
衝突の刹那、アミラは即座に思考を切り替えた。
マロウトの力を借りれば、空中であっても動く事はできる。
であるなら、残る勝機は一つ――目の前で炸裂した蒼雷と暴風の中に飛び込み、間合いを詰める。
まさか、メガデスもこの危険地帯を抜けるとは思うまい――
「――判断が遅ェ。思った時にはやらなきゃ駄目だぜ、アミラ」
――そう思った時には、既に遅かった。
暴風と蒼雷がほとばしるその中を、一筋の雷が駆ける。
矢を番えながら跳んできたメガデスに、アミラは今度こそ対処する術を失い――そして、一瞬の後に意識を失った。
「随分と楽しんできたようだのう」
「まあね☆やっと一緒に弓を射てる奴がきたんだもん☆」
全身から煙を上げつつ運ばれていくアミラを見送りながら、メガデスは肌をつやつやとさせながら満面の笑みを零す。
本当に嬉しいのだろう、鼻歌さえ歌いながら舞台を降りれば、メガデスはアルカンとハイタッチして。
「――爺も楽しんでこいよ?」
「ああ、降って湧いた好機だからのう」
『……私も、リベンジ。おばばには、もう負けない』
そして、アルカンは舞台の向こう側に居る少女を見れば、その深く皺の刻まれた顔を喜悦で歪めてみせた。
少女もアルカンを見ると、心底嬉しそうに笑みを浮かべており――年の差さえなければ、或いは相思相愛にさえ映りそうで。
そんな二人は、示し合わせたように同時に舞台へと足をかけた。




