8.少女、人間達と戦う②
舞台の上に上がったのは、2人。
三対の腕にそれぞれ武具を携えたアシュタールと、全身を重厚な鎧で覆い隠した、モーニングスターを片手に持った大柄な人間。
開始の合図はない。
舞台に上がった時点で、既に互いに戦う事は了承済み。
2人は何方からともなく、真っ平らな舞台の上を駆けた。
疾さは、アシュタール。
手にした武具の重さなど感じさせない程の勢いで舞台を駆け抜けると、全身鎧を身に纏った相手に容赦なく武器を振るっていく。
「鈍い――!!」
それに対応しようとしたのだろう。
人間が振るったモーニングスターを見れば、アシュタールは事も無げにそれを回避しつつ、六本の腕で相手を滅多打ちにした。
斬撃、打撃、刺突。
様々な攻撃を一度に叩き込まれれば、全身鎧の人間はたたらを踏み――
「――く、くく。六魔将の側近、何と事もあらん!!」
「む……ッ!?」
――しかし、人間は嗤いながらそんな言葉を口にした。
アシュタールの一撃は、金属鎧で防げる程生易しい物ではない。
そもそも、一定以上の魔族の攻撃は最早や防具などで防げる物ではないのだ。
金属鎧さえ穿ち、歪ませ、砕く筈のアシュタールの攻撃は幾度となく人間に叩き込まれている。
故に、それは明らかな異常だった。
鎧に、凹みが無い。
それどころか、アレ程の攻撃を受けたというにも関わらず、掠り傷さえも無く――
「これぞオフェリア様から賜った祝福よ!!貴様ら邪悪なる魔族の攻撃など、痛痒にはなり得ぬわ――!!」
――そして、人間は間合いに入っていたアシュタールに向けて再びモーニングスターを振りかざした。
今度は苦し紛れではなく、渾身の力を込めて。
アシュタールはその一撃を手にしていた盾で防ごうと身構えて――次の瞬間、目を見開く。
「ぬ、ぅ……っ!?これは……」
「クカカカカ!!防げるものかよ!聖女オフェリア様の祝福を受けた武具は、それだけで汎ゆる武器を、防具を凌駕する!!」
くしゃり、とまるで紙屑のように拉げ、潰れ――更に棘が貫通した盾を見れば、人間は勝ち誇ったように言葉を口にした。
アシュタールは潰れた盾と、棘に軽く貫かれた――障壁さえ砕いてみせたそれを見て、目を細める。
「……成程、受けるのは不味いか。良い、自分にも良い鍛錬になる」
「フン、鍛錬だと!?これから貴様に訪れるのは処刑だ!一方的な死だ……!!さあ、我らの聖なる武具の前に屍を晒すが良い――!!!」
アシュタールは潰れた盾を捨てれば、再び振りかざされたモーニングスターから身を翻した。
巨躯からは考えられない程の身軽さで、アシュタールは振るわれる暴力を躱し、同時に攻撃を叩き込む。
人間が一撃振るうたびに、六発。
否、それ以上に叩き込むものの、変わらず人間の着ている鎧は壊れない。
「魔性の武具か……?いや、違うな」
「ちょこまかと小賢しいわ!とっとと潰れてしまえ――!!!」
アシュタールは少し考えるようにしつつ、モーニングスターを躱し――そして、舞台へと叩きつけられたモーニングスターが、硬い鉱石で出来ている筈のソレを叩き割った。
人間はフフン、と息を荒くしつつ、ズン、ズン、とアシュタールの元へと歩みを進めていく。
一見すれば、アシュタールの劣勢。
攻撃がまるで通じず、逆に相手の攻撃は防御が出来ない。
その圧倒的な不利を前に、アシュタールは少し考えるようにしていて――
「――何だぁ?アルケミラの配下ってのも大した事ねぇなぁ!!」
「あの程度なら俺だってアルケミラを殺せちまうんじゃねぇかぁ?ギャハハハ!!!」
そんな姿を見れば、その戦いを見ていた魔族の一部が嘲笑う。
無論、そんな事はない。
嘲笑っている魔族など、それこそアシュタールを前にすれば腰を抜かしへたり込む程の弱者でしか無かった。
だが、それでも今目の前で起きているのは“魔族が人間に劣勢を強いられている”という現実で。
「ヒャハハハ……ハヘ?」
「な、何だぁ、力が、抜け……」
「……雑音を鳴らさないでくれる?色々邪魔だから」
ただ、そんな言葉を吐いていた魔族達は急に声に力を無くすと、座席にずるずると力なく寄りかかった。
立ち上がることも、まともに座ることもできなくなった魔族を見れば、それを冷たい目で見下す女魔族が一人。
今回、五人の内に選出されなかったクラリッサである。
彼女は別段、その事に文句はなかった。
彼女自身そこまでの実力がないと自覚していたのもあるし、それに目を瞑れる程厚顔にもなれなかったのだ。
クラリッサはアシュタールの戦っている様子を見れば、軽く目を細めつつ。
「ぐぇっ!?」
「可哀想に。最強の武器と最強の鎧があれば、どんな敵にでも勝てるとか思っちゃったのね」
「ソンナ訳ガ無イダロウニナ」
座席に力なくもたれ掛かっている魔族の上に無遠慮に座れば、イルミナスと共にそんな言葉を口にした。
その様子に、アシュタールの勝利を心配するような色など微塵もない。
イルミナスも、寧ろ相手を少しだけ憐れむように、呆れた声を漏らし――
「いつまで逃げ回るつもりだ、卑劣な魔族め!!」
――そうして、幾度となくモーニングスターを振るい、舞台を砕いた後。
人間は苛立つようにそんな言葉を口にすれば、再び舞台に武器を叩きつけて砕いた。
まだ人間に疲労の色は見えない辺り、武具を差っ引いたとしてもそれなりには戦える者だったのだろう。
「……他に何か手は無いのか?それで終わりか?」
ただ、アシュタールはそんな人間を見ながら、静かに言葉を口にした。
同時に、その手にしていた武具の全てを仕舞えば、文字通りの素手になり。
「クハハハハ!観念したか、ではその頭を叩き割ってくれるわ――!!」
その様子を諦めと見たのか。
人間は思い切りモーニングスターを振りかぶりながら、アシュタールの頭へと振り下ろした。
無論、アシュタールは諦めたわけではない。
ただ、これからする行為には邪魔だったから、武器を全て収めただけで。
するり、と頭に振り下ろされたモーニングスターを躱せば――アシュタールは、徐に全身鎧に包まれた人間の体を掴んだ。
「ぬ……っ!?無駄なことを、何をしても貴様が私を傷つけることなど――」
「ああ、そうだな。自分はまだ未熟なようだ、こうするしか手が思いつかなかった」
「何――」
――ゴキン、と鈍い音が舞台の上に鳴り響く。
見れば、アシュタールは組み付いた人間の腕を、その関節を逆方向に捻じ曲げていた。
「――な、あ、あっ!?いぎっ、いいいぃぃぃぃっ!!?」
「一々騒ぐな。骨の一つが折れただけだろうに」
「き、きさっ、貴様ァ!!おのれ、許さん――」
ボキン、と再び音が鳴る。
人間が残った腕でモーニングスターを振るおうとすれば、アシュタールはその前にその腕をへし折った。
如何に堅牢な鎧であろうが、動ける以上は関節はある。
そして、その内側にある人間の体まで不壊ではないのなら、ただ鎧の関節を逆向きにするだけで良い。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!?やめっ、やめ――あぎゃあああぁぁぁぁっ!!!!」
「何を言っている。貴様も自分を殺そうとしただろうに」
ベキ、ゴキュ、と鈍い音が鳴れば、両足――両膝の関節も砕かれた人間は、今度こそ抵抗さえできなくなった。
べしゃ、と地べたに転がされれば、鎧の重みで折れた、砕けた関節が刺激され、悶絶する。
アシュタールはそんな人間を何処かがっかりしたような、残念そうな視線で見下ろしつつ、止めを刺そうと頭を掴み――
「――……」
「……ん?」
――持ち上げた瞬間。
その鎧の隙間から、ぱしゃぱしゃと水流が滴ったのを見れば、アシュタールは顔をしかめた。
命乞いをするのもそうだが、そもそも生死を賭けた戦いの場だと言うのにここまで情けない相手など、アシュタールは見たことが無かったのだ。
「……はぁ。バルバロイ様、これはもう勝負有りで構わないか?」
「構わぬ。我も雑魚の無様を見たいわけではない」
アシュタールはバルバロイに確認を取れば――最後にするつもりだった、首折りを辞めて気絶、失禁した人間を地べたにおろした。
ガシャン、と雑に降ろされた拍子に留め金でも外れたのか、ゴロン、と兜が外れれば、アシュタールはああ、と軽く納得する。
「――成程、子供だったか。つくづく救えないな」
――その内側から出てきたのは、まだ少し幼さが残る女性の顔。
白目を剥き、涙を流し、失禁までした彼女を呆れ顔で見下ろしながら、アシュタールは消化不良だ、と舞台を降りた。
観客はそれでも、人間が無様を晒し、魔族が圧倒したという事実に沸き上がる。
バルバロイは酷く不満げだったが……しかし、次に出てくる者を見れば、その口元を少しだけ愉快げに歪めてみせた。
「……さてとっ☆それじゃああの子がどの程度になったか、見てみようかなっ☆」
「よし、行くか……頼むぞ、マロウト」
『は、はいぃ……頑張りますぅ……!!』
――人類最高峰の弓手と、六魔将の打倒に大きく貢献した弓手。
有る種師弟でもある二人は、何方も何処か嬉しそうに笑みを浮かべながら、仲間と交代で舞台に上がった。