7.少女、人間達と戦う①
バルバロイの住まう山の中。
バルバロイの強さに惹かれた魔族達が気付いたその都――というには些か質素なその場所に、今多くの魔族が集っていた。
と言っても、別にバルバロイの配下になろうとしているわけではない。
この戦いが今後魔族達の趨勢を決めるだろうという事を誰もが理解していたのだ。
片や、先日六魔将の一角を落とした今最も勢いが有るであろう勢力。
片や、その六魔将が居る以前から変わらず、ただ強さだけでその座を譲ることはなかった古豪。
残る一人の規格外が何かをしない限りは、その後の魔族達を導いていくのは、この戦いの勝者になるだろう。
人間がこの場に居る事自体には、魔族達は毛程の興味さえも無かった。
否、人間側に居る者たち、というべきか。
円形の舞台の脇に現れた、魔族側に立っている人間――エルトリスとリリエル、それにアミラを見れば、一部の魔族達は沸き立った。
……無論、沸き立っているのは先日戦いを共にした、アルケミラの勢力の魔族達である。
「……何というか、妙な気分になりますね」
「やはり人間側に立ちたかったか?」
「いえ、私は人間側ではなくエルトリス様側ですので、それは無いのですが」
少しだけ心配するように口にされたアシュタールの言葉に、リリエルは事も無げにそう返す。
人間側からすれば裏切り者だと罵られるかもしれない行為だが、そんな事はリリエルにとってはどうでも良い事だった。
彼女にとっての中心はエルトリスであり、人間側の連中が何をしようが――それこそエルトリス達に影響を与える事柄でもなければ、興味の一つさえ沸かなかったのだ。
そんな彼女が、主に、その仲間に――そして自らに浴びせられる歓声に、少しだけ目を細める。
『うう、本当に戦うんですかぁ……?』
「心配するな、マロウト。何も人の命を奪わなければならない訳でも無いさ」
『そうそう、手足の一つでも凍らせ砕けばそれで泣きながらギブアップするでしょ』
『そ、そういうのが嫌なんですよぅ!!』
「……ま、実力差が判れば降参するやつも居るだろうさ」
マロウト達の会話に苦笑しながら、エルトリスは小さく息を漏らす。
その表情は、少しだけ眉間に皺が寄っていた。
あれからいくら考えても、考えても、エルトリスはバルバロイに勝てる未来が見えなかったのだろう。
まだ少し頭を悩ませている様子で、ともすれば頭から煙を吹き出してしまいそうな有様だった。
そうしている内に、人間側の面子も円形の舞台の向こう側に現れる。
『全く、エルトリスもいつまでも悩んどらんで前を見んか。そら、間抜け共の登場――』
ルシエラはその面子を見て、小馬鹿にするように笑えば――ピタリと言葉を止めた。
五人の内、二人はどうでもいい。
彼女が言葉を止めたのは、それ以外の残り三人だった。
一人は、長身の女性。
彼女もルシエラ達に気付いたのだろう、慌てた様子で脇に居た小柄な女性の袖を引く。
一人は、小柄な少女。
長身の女性に袖を引かれれば、鬱陶しそうにしながらも、アミラに視線を向けると軽くウインクをして。
「――へぇ。何だ、思ったより楽しめそうじゃねぇか」
――そして、もう一人。
年老いた老人がエルトリスを見れば、少し驚いたように――しかし、嬉しそうに口元を歪ませた。
エルトリスも同様、老人と視線を合わせながら、笑みを深める。
人間側の代表といえば、これ以上無い三人。
人間側の最高峰とも言える、英傑――魔女エスメラルダと、雷神メガデス、そして武神アルカンがそこに立っていた。
「ええと……お前は何人目だ、と」
『……儂は三人目じゃから、そこに合わせろ、と』
「……私は、二人目か。まさかあの人と弓勝負とは光栄だな」
『あ、あの人……メガデスさん、でしたっけ……?』
「ああ、私にとっては有る種、師にも近い。望外の喜びだな、これは」
「エスメラルダ様は……混乱してるみたいですね」
『デッカイ図体の割に一番情けないわね、あの子……』
「ですが、紛れもない本物です。どうしましょうか」
「では、私が相手を。クラリッサからも聞いています、彼女は是非試してみたい」
先程までは消化試合じみていた、アルケミラ側の雰囲気が変わっていく。
有る種、それを待ち望んでいた者。
思わぬ自体に混乱する者。
丁度いい機会だと、自分の欲求を満たそうとする者。
「……ふむ。では自分は残っている方の男側にするか」
「では私は彼女を、ですね。どちらがリーダーかは判りませんが」
そして、リリエルとアシュタールは適当に相手を選べば、小さく頷いた。
後は開始を待つばかり――
――そんな空気が、一変する。
ずるり、と舞台のある大きな広場の一角から、それは姿を表した。
全身を青白い甲殻で覆われた巨躯が姿を現せば、一部の魔族は震え上がり、一部の魔族は熱狂する。
何しろ恐らくは魔族の内で最強であろう存在の戦いを、観ることが出来るのだ。
闘争本能を刺激するかのようなその観劇を、喜ばない筈がない。
「――揃ったか」
その歓声をかき消すように、低く重苦しい声が響き渡る。
ただの一声でバルバロイは歓声を静まり返らせれば、その巨躯を舞台の上に上げて、座り込んだ。
「では、始めるが良い。我を楽しませてくれる事を、期待しているぞ」
その言葉を口にすれば、バルバロイはアルケミラ側と人間側に視線を向けて。
自分に向かってくるならそれはそれで構わない、とでも言うかのように口元を歪めれば――
「どうやら、最初は自分のようだな。手早く済ませるとしよう」
「ええ、ですが――」
「……はい、期待できる相手であれば必ず」
――アシュタールは、ゆっくりと舞台に上がった。
人間側から上がってきたのは、重厚な全身鎧を着た大男――おそらくは、男性だろう。
性別も半ば判然としない程に、頭まで鎧で覆った大男は手にしたモーニングスターを舞台に叩きつけながら、アシュタールを軽く挑発する。
……それが無知故か、或いは実力故かが判るまでは、そうかからなかった。