5.山麓に秘する都市
「へぇ、こんな所に住んでんのか」
『色々と不便そうな場所だのう』
「まあ、その辺りにこだわるような質でもありませんからね、彼は」
眼下に広がる溶岩、それに毒沼を見下ろしながら小さく息を漏らす。
俺達は今、アルケミラが創った鳥……のような何かに運ばれながら、バルバロイの住処へと運ばれている真っ最中だった。
アルケミラは俺達を運びつつ、軽く言葉を交わしつつ。
溶岩と毒沼の広がるその地帯に一際高く聳え立つ山に差し掛かれば、その麓へと降り立った。
そこに立っていたのは、筋骨隆々とした巨躯の、単眼の魔族が二人。
バルバロイの配下なのか、或いは信奉者なのか。
少なくとも無関係ではないだろう二人は、俺達を見下ろすように視線を向けて。
「……お前達が、代表で良いのカ」
「ええ。通していただいても?」
「ヒトが、混じっているガ……?」
「彼らは私の友人です。協力してもらえるそうなので」
「……そうカ。戦えるナラ、それでイイ」
言葉短く、片言で会話を交わすと二人の魔族は殊の外あっさりと、特に妨害する事もなく前を歩き始めた。
二人が足を踏みしめるたびに、ズシン、ズシン、と音を立てるのを聞きながら、俺とアルケミラ、それに――
「……しかし、私達で本当に良かったのか?」
「私も、まさか選ばれるとは思っていなかったのですが……」
「何、どちらも十二分に実力者だ、問題はない」
――リリエルにアミラ、それにアシュタールは、洞窟の中に入っていった。
因みにこの人選を考えたのは、俺とアルケミラである。
個人的にはエルドラドも連れて行きたかったんだが――
「そんな物興味有りませんわ。私はノエルとバウムと一緒に観戦してますから、頑張って下さいな」
――こんな事を言われてしまっては、まあ、仕方ない。
つくづく、興味がない事にはとことんやる気がない奴だなぁ、なんて思いつつ、今回はこの五人でバルバロイの元に向かう事に決まったのである。
因みに、他の面々は後からやってくるんだとか、来ないんだとか。
何でも観ること自体は自由らしく、今回の騒ぎを聞きつけて在野の魔族達も集まってくるかも知れない、とはアルケミラの談である。
「……にしても、随分奥まった所にあるんだな?」
「この山の中央に、あル。もう少し」
俺のつぶやきにも、巨躯の魔族は律儀に答えながら前を歩く。
意外なほど話せそうな奴らだなぁ、なんて感心しながら俺達はその後ろを歩いて、歩いて。
そうして少し入り組んでいる洞窟を歩くこと十数分、洞窟が途切れたかと思えば――
『――ほう、これはまた』
「また、如何にもな建造物ですね」
――それを見たルシエラとリリエルは、声を上げた。
目の前に現れたのは、以前アルケミラが創ってくれた模型じみた物と同じモノ。
ただ、そのサイズだけは実際に見るのとは大違いで――俺が見上げようとしても全容が見えない程に大きなその建造物は、山の中央に大きく開いた空洞に聳え立っていた。
高さは無いだなんてとんでもない。
端が見えない程に大きな、巨きな円形を作り上げているそれは、城と比べても遜色がない程に高く、高く。
「こっチだ。もう人間側の代表は、来てル」
「そう言えば入り口に居なかったものな……しかし、迷惑な話だ」
「そうですね、知らず識らずの内に巻き込まれている人達には溜まったものではないですし」
「……自分は人間ではないが、まあそういう愚かな物は何処にでも居るのだろう。魔族の場合はソレが上に立つ事はまず無いが」
「羨ましい限りだな、ホント」
その円形をなぞるように歩いていくと、やがて大きな入口が見えてくる。
……そこでようやく俺は、この建造物が嫌に巨大な理由が理解できた。
この建造物はきっと、目の前のような魔族達に合わせて作られたものなのだ。
身の丈3mか、或いは4mか、それ以上。
俺の三倍どころじゃ効かないような連中向けに作られた建物何だから、そりゃあ大きいに決まってる。
アシュタールでさえ小人に見えるような大きな門をくぐれば、飾り気のまるでない質素な廊下を歩き、歩き。
「先ず、バロバロイ様に会ってもらウ。代表の確認ト、顔合わせダ」
「ああ、ありがとな」
「気にするナ。強者には敬意を払ウのは、当然のコト」
「お前がアルルーナと戦ったのハ、知っていル。小さくても、強イ」
俺が軽く礼を口にすれば、巨躯の魔族二人は、そんな言葉を返してきた。
……あれ?
いや、確かにまあ、アルルーナと戦いはしたけれど、どうしてこいつらがそんな事を知っているんだ?
アルケミラの陣営に居たなら知ってても可笑しくはないけど、こいつらはバルバロイの陣営の筈だし。
「アリス様が、バルバロイ様と楽しげニ、語っていタ」
「アリス様は、バルバロイ様の旧友」
「あの方が嘘を吐くなんテ、有り得なイ」
そんな俺の疑問を察したかのように、二人はそう言うと脇にあった巨大な扉を開いて、その両脇に立った。
ここにバルバロイが居るのだろうか。
……アリスとバルバロイが旧知の仲、だなんて初耳だったけれど、まあそういう事もあるのだろう。
何しろ何人かの六魔将と戦ってきた今で尚、アリスと戦って勝つ情景が思い浮かばない程に、底知れない友人なのだ。
「……でも、何というか」
「どうかしましたか、エルトリス?」
「いや、何でも無い」
……ただ、ちょっとだけ。
そういう事は教えてくれても良いんじゃないかなぁ、なんてアリスの友人である俺は思ったり、思わなかったり。
むぅ、と小さくうなれば、ルシエラにポンポンを頭を撫でられつつ。
それをちょっと心地よく思いながら、俺達は部屋の中に足を踏み入れた。
部屋の中に有るのは、大きな窓と柱、それに――酒か何かだろうか?
液体の入った俺よりも大きな瓶が、幾つか並んでいて。
「――来たか」
――その部屋の奥。
彫像か何かかだと思っていたそれが動けば、俺は思わず感嘆の息を漏らした。
先程の魔族達が霞むような巨躯。
力強い瞳と、雄々しい躰。
その全てが、その威容が、これでもかと言う程に俺の直感に伝えていた。
「先ずは、先の戦いを勝利を祝っておこう」
竜の如き頭を、口を軽く開けばバルバロイは声を低く漏らしながら、瓶を一つ手に取るとその巨躯に合わせた、樽以上に大きなグラスに注いでいって。
「――そして、善き戦いが出来る事を望む。アルケミラとそこの配下は元より、お前達にも期待しているぞ、人間」
それを一息で飲み干せば――バルバロイは心底愉しそうに、表情の分かりづらい顔で笑った。
そこには侮蔑や侮りといった感情は一切無い。
俺はコイツとならきっと、心ゆくまで楽しい戦いができるだろうと、確信した。




