3.少女、喜ぶ
「――で、集められたわけですけれど」
「あ、あの、エルドラド様……下ろしてもらえると……」
「駄目ですわ、本当ならまだぬくぬくしてる所だったんですもの」
アルケミラに呼び出されたエルドラドは、ノエルを抱えながら眠たげに欠伸を漏らす。
ノエルは恥ずかしそうに顔を赤らめているものの、エルドラドは何処かそれを楽しんですら居る様子で。
ちゅっ、と頬に口づければ、笑みを零しつつ頬ずりをした。
そんなエルドラド達にバウムは何処か呆れた表情を見せつつも付き従って――彼女たちの様子を見れば、アルケミラはクス、と笑みを漏らしつつ軽く手のひらを胸の前で合わせる。
「それは良かったですね。退屈な時間は終わりのようですから」
「……何か有ったのですか?」
「ええ、それはもう。先日から人間の一部がこちら側に侵入していた事は知らせていた通りですが――」
そして、アルケミラは事の顛末を口にした。
人間たち――オフェリア達が無謀にも六魔将であるバルバロイに接触し、宣戦布告したこと。
それに合わせて、無辜の人間が巻き込まれないように第三者である自分達が介入したこと。
結果として、後日バルバロイの元に戦力を選出して向かわなければいけなくなったこと、などなど。
「……あの、ちょっと頭が痛くなってきたんですけれど」
「私もです……」
「奇遇ですね、私も先日から頭痛が酷くて」
それを聞いたエルドラドとリリエルは、一様に頭を抱え込んだ。
まず発端からして有り得ない。
六魔将がどれだけ恐ろしいものなのかを身にしみて知っているエルドラド達は、それがどれだけ無謀な事か、よく理解している。
人間がいくら集まったとして――仮に、本当に仮に。
その中にメガデス、エスメラルダ、アルカンの三人が居たのだとしても、それでも勝率は限りなく0に等しいだろう。
「……そのオフェリアという女はそれだけの実力者なのか?クラリッサ」
「んー……正直私はそこまで人を見る目に長けては居ないけれど」
呆れ返っていたアシュタールに、クラリッサは唇に指先を当てながら少しだけ悩む素振りを見せた。
尋常な人間ではない事は確かだろう。
何しろ六魔将を前にして尚、戦いを挑もうとする程度の胆力は有るのだ。
それが思い込みや狂信によるものだとしても、バルバロイの住処まで辿り着いているのだからその実力自体は疑う余地はない。
ただ――
「……正直、私やアシュタール、イルミナスでも勝てるんじゃないかしら。何らかの搦手とかは有るんだろうけど、それでも負ける気はしないわ」
――それでも、クラリッサははっきりとそう口にした。
クラリッサは元より真っ向勝負をするタイプではないが、そのクラリッサをしても負ける気がしないというのだ。
アシュタールは益々呆れるように頭を抱えつつ、イルミナスも大きくため息を吐き出して。
「まあ良いじゃねぇか。どの道バルバロイとは戦うつもりだったんだろ?」
その中で、一人。
エルトリスだけは、とても上機嫌だった。
満面の笑みを浮かべながら椅子に寄りかかり、鼻歌まで歌う始末で。
『本当に判りやすいのう、エルトリスは』
「良いじゃねぇか、四の五の言わず解りやすくぶつかるってのは」
『まあ私も嫌いではないがのう。戦いを好む六魔将の配下ともなれば、喰いでもありそうじゃし』
「……こういう時は、本当に頼もしいですね貴方達は。いえ、普段からも頼もしいですが尚更に」
そんなエルトリス達を見れば、アルケミラは苦笑しつつも、トン、と円卓を軽く叩いた。
創生の水で出来ているのだろう円卓は、その表面を波打たせると形を変えて――そして、一つの異形を創り出す。
全身を甲殻に覆われた、竜頭の半人半竜。
大きさこそ異なれど、バルバロイの姿を精巧に再現したそれを見れば、アシュタールは息を呑んだ。
「これが、バルバロイです。六魔将が一角にして、最強の武力を持つ男。実際にはアシュタールの2倍強くらいの背丈があると思って下さい」
『……それはまた、随分とデカいのね。的がデカいとも取れるけど』
リリエルの傍らに居たワタツミが、アシュタールを見上げる。
憎まれ口とも取られかねないその言葉に、アシュタールは苦笑すればまるで子供にでもそうするように、大きな手のひらでワタツミの頭をくしゃりと撫でた。
「――的がデカい、等とは考えない方が良い。自分は一度、バルバロイの戦う様を見たがアレは完全に別格だ」
『ん……別格?』
「私も見たことは有るけど、まあ、うん、別格ね。文字通り桁が違うわ」
「的ダナンテ、一度見レバ言エナクナル。想像シテミルト良イ、アシュタールノ倍ハアル巨躯ガ、クラリッサ以上ノ疾サデ動クノヲ」
三人の言葉を聞けば、ワタツミはぶるりと身体を震わせる。
……4m近い巨躯が、風の如く駆ける。
図体の大きさが欠点となるのは、飽くまでもその分鈍重である事が前提だ。
巨大な存在が、その大きさを無視した疾さで迫り、攻撃してくるというのであればソレは最早欠点足り得ない。
寧ろ、その質量が凄まじい速度で衝突すればそれだけで大抵の物は粉微塵に砕け散るだろう。
『……怖っ。え、待って、私達それと戦うの?』
「正確には、私達の誰かが――ですね。バルバロイの方からも配下が何人か参加するでしょうから、貴方達にはその相手をしてもらうつもりです」
『あ、あのぉ……参加、っていうのは……?』
アルケミラの言葉に、マロウトがおずおずと手を挙げる。
視線が集まれば、マロウトはビクッと体を震わせながらアミラの身体に隠れてしまい。
『……ほんっとに小僧は気が弱いのう』
『まあ、私達みたいな大先輩とか?後とんでもない連中ばっかりだから気後れするのは判るけれどね』
「そんなに怖がらなくても大丈夫ですわよ?ええ、可愛らしいから私のもとに置きたいと思いはしますけれど、思うだけですから」
「……お前そんな事を考えていたのか!?マロウトは絶対に渡さないからな!?」
各々、そんな言葉を口にしながら軽く笑えば、その様子を見てアルケミラはクス、と笑みを零した。
それを好ましく思ったのか、或いはこんな状況でも余り変わらない面々に安心したのか。
アルケミラはトン、と円卓を軽く叩けば、再びその形を変化させていく。
「――ん?」
「これは……」
――そうして、目の前に作り出されたその形に、エルトリス達は小さく声を上げた。
作り出されたのは、円筒形の建造物。
塔というには高さが足りないそれの中央には、まるで誂えたかのような舞台が有り――
「――バルバロイは、強者との戦いを好む性質がありますからね。五人ほど選出しろと言ったのもそういう関係でしょう」
『……つまり?』
「選ばれた五人同士での戦い、という事です。人間側も五人、バルバロイ側も五人。そして――」
――そこまで口にして、エルドラドは大きくため息を漏らした。
「――バルバロイが勝利したならば。その代表が所属する勢力は、恐らく滅ぼされるでしょうね。今回に関しては、相手から戦争を仕掛けてきたのですから尚更です」
「数を相手にしないで良いように……ってよりは、ゴミ掃除をしたくないから、って感じか」
エルドラドの言葉にエルトリスはそう口にすると、軽く口元を緩める。
本当に戦いって奴が好きなんだなぁ、と感心さえしながら――
「――ったく、世話焼かせやがって!キビキビ動けジジイ、さっさと馬鹿共を連れ戻すぞ!!」
「もう少し年寄りは労らんか……!ええい、あのような術にかかるとは、不覚……」
「足跡はあちらに向かっているようです!急ぎましょう!」
――その頃、まだ今の状況を理解していないであろう、人間側の代表格とさえ言える強者達が、光の壁を越えていた。