27.強者を屠る牙③
大樹を、光芒が穿ちぬく。
アルルーナ自身の魔力を束ねて放ったその一撃は、大樹に大きな風穴を開けた。
無論、そんな物に巻き込まれる者など居ない。
エルトリスもリリエル達も、即座に射線から逃れ、飛び退いて。
「――……ッ、こんな……こんな事、塵芥が、私に良くも――良くも、良くもこんな――ッ!!!」
――しかし、その光芒が直接狙いを定めた本体だけは、避ける事は叶わなかった。
元より避けられるだけの空間が無かったのだから、どうしようもない。
アルルーナは自らの魔力を、力の奔流を浴びながらも、しかしその身体を崩すことはなく――ただ、歯が砕ける程に歯軋りを鳴らしながら、怨嗟の声を吐き出した。
アルケミラに一矢報いられるのは構わない。
例え愚行を犯している者とは言えど、元々は自身に比肩しうる存在だから。
エルトリスに一矢報いられるのも、まあ我慢はできる。
間違いなくアレは人としても魔族としても抜けた存在なのだから、それも全く有り得ない話ではないだろう。
だが、これを成したのはそのどちらでもない。
アルルーナ自身が取るに足らないと判断した――事実取るに足らない筈だった、塵芥。
そんな物に一矢報いられたアルルーナは、初めてその形相を激しい怒りに歪めていた。
大樹に空いた風穴は大きく、滅びた所で問題はないとは言えど本体が受けた傷も軽いものではない。
形こそ保っては居たものの、全力で防がなければその身体を失う羽目になっていただろう。
だが、何よりアルルーナが激怒していたのは――先程まで弄んでいたアルケミラの矮小な身体が、その一撃によって消し飛んだ事だった。
それが意味する事は、ただ一つ。
「……良いわぁ。ええ、別に良いわよ、もう一回やれば良いだけだもの」
その意味を重々に理解していたアルルーナは、小さく息を吐き出しながらそう漏らした。
自らの力で破砕された身体を修復しつつ、アルルーナの表情は憤怒から冷徹なそれに戻る。
アルルーナとアルケミラが居たその場所は、今や大きな空洞となっており。
修復が始まってはいたものの、それも一瞬で終わるものではなく――
「――何度でも、何度でも何度でも何度でも何度でも――!!貴女を絶望の底に沈めてあげるわぁ、アルケミラァ――ッ!!!」
――その空洞の奥底から疾駆してきたソレを見て、アルルーナは狂喜するように声を上げた。
そう、何も問題はない。
再びアルケミラの魂を抽出し、花に変え、永久に弄ぶ。
器などまた用意すればいい。
それまでは自害さえできない、花のままで過ごさせてやればいい。
そんな邪悪極まりない思考を瞬時に巡らせつつ、疾駆してきた液状のソレを、アルケミラは弾き飛ばす。
それは、アルケミラを構成している創生の水。
地の底から槍の如く伸びたソレは、音の疾ささえも置き去りにしてアルルーナに迫り――しかし、その尽くをアルルーナは捌いてみせた。
既に、アルルーナとアルケミラの力の差ははっきりしている。
絶対的な個として力を伸ばし続けたアルルーナと、他の力に理解を示したアルケミラでは、個としての力に絶対的な差が存在する。
繁茂した全てが自己であるアルルーナと、飽くまで自己の複製としてしか分身を作り出す事ができないアルケミラ。
これだけの打撃を受けてなお、健在であるアルルーナにアルケミラが勝てる道理など有る筈もない。
「――ッ、あ?」
――そう考えていたアルルーナの身体を、一本の槍が穿ち抜いていた。
正面から放たれている槍ではない。
直前まで視えなかった。
知覚さえできなかった、馬上槍の如き槍が、アルルーナの身体を背後から貫き通していて。
「……これは、私の部下の能力を参考に再現したものです」
「アルケミラ……ッ!?」
まるで景色に溶け込んでいたかのように、アルケミラはその姿をぬるりと現した。
それは、イルミナスが扱う能力とはまた違うモノ。
アルケミラ自身が創生の水を用いて生命を産み出す際に行う、着色――もとい、生命らしい色を与えるその作業を応用した、保護色のようなモノだった。
自らの姿を完全に周囲の色と同一化させることで、イルミナスの光の屈折程ではなくとも不可視になるその力を、アルケミラはここまで隠し通してきた。
全ては、度重なるイレギュラーでアルルーナが僅かに隙を作るであろう、この一瞬のために。
「……で、なぁに?こんな傷、何の意味も有りはしないわ?」
背後から槍で深々と穿たれつつも、アルルーナは表情を変えない。
一瞬だけ、背後からの攻撃を受けた時にだけは僅かに驚いてはいたものの、この程度のダメージならばアルルーナにとって何一つ問題は無かったからだ。
「ぐ――ッ」
「がっかり。ほぉんと、がっかりだわぁ。不意を打って、あれこれ策を張り巡らせて、やっと出した手札がこれ?」
アルルーナが腕を振るえば、それだけでアルケミラは壁まで弾き飛ばされる。
槍を手放し、ただの一撃で呼吸を荒くするアルケミラは、目に見えて消耗しきっていた。
――先程までの責め苦と、何より魔力の奔流に巻き込まれたことによる自己の喪失。
被害度合いで言うのであれば、先程の一撃による損耗はアルルーナよりもアルケミラの方が遥かに大きく。
「まあ良いわぁ。ほら、また玩具になりなさいアルケミラ――」
「――私達は、似た者同士ですね」
しかし、再び、アルケミラを一輪の花へと変えてしまおうとしたアルルーナに、疲弊しきっている筈のアルケミラは小さく、そう言葉にした。
「……何?」
「能力の性質は元より、ええ。相手をどうするかという所まで」
「――っ!?」
――アルルーナに突き刺さっていた槍が、脈打つ。
「貴女は全てが自分だと言いましたね、アルルーナ。それは正しく、同時に嘘だ」
「な゛――これ、は」
槍が内側から剣山の如く針を為し、アルルーナの身体に突き刺さる。
それ自体は、アルルーナにとって何の問題もなかった。
如何なる損傷を負おうと、それ自体にはなんの意味も有りはしない。
「かつて、貴女の分体が人の世界で混乱を齎した時。その個体は、貴女とは別の自己を得ていた――つまり、各々が持つ意識は別にある」
「――……ッ!!!!」
アルルーナが顔面蒼白になりながら、周囲の木々から自らに向けて攻撃を放とうとする。
そうしなければならなかった。
そうしなければ、致命的なことになるとアルルーナは即座に理解し、行動に移した。
「貴女が死ねば、即座に別の個体が統率者として君臨するのでしょう?ええ、ですから私は貴女を殺しません」
だが、それは既に遅い。
アルルーナの意識が、何かに吸い込まれるように暗転する。
「――統率者を。幾億の意識を統合し、指示するアルルーナを失ったアルルーナ達は、どうなるのでしょうね」
――ガクン、とアルルーナの身体が膝をついた。
槍がゴポリ、ゴポリと形を歪めれば、その身体から抜け落ちて、溶けるように姿を変えていく。
アルケミラはそこから現れたかつての旧友の姿を見れば、少しだけ懐かしむように。
しかし直ぐに冷たい視線を向ければ、その小さな体を創生の水で作り出した檻に、封じ込めた。