3.少女、少しイライラする
「――どうぞ」
「あ、あ……有難う、ございます……」
出来の悪い人形のようなエルフ達を軒並みルシエラが食らい付くした後。
未だに震えたままのエルフの子供に少しだけ辟易としつつも、俺たちは街道の脇に火を焚べて休憩する事にした。
正気を失っていた様子のエルフ達。
住処である筈の森から逃げ出そうとしていたエルフの子供。
それらから考えられる事は、まあそう多くはない。
「で。何であんな所に居たんだ」
「そ、その……えっと……っ」
酷く怯えた様子のソレは、俺の問いかけにすらビクっと震えて後ずさる始末で。
……ああやばい、凄いイライラする。
額に青筋が浮かんでるんじゃないだろうか、と思いつつも、この大森林で起きている何かを知るためには、コイツから話を聞くしか無いっていうのが辛い所だ。
「……エルトリス様」
「ん、ぁ?」
多分顔にもそのイライラが出ていたのだろう。
エルフの子供に飲み物を渡したリリエルは、俺の隣に座ると屈み込むと耳元に口を近づけて。
「恐らく、同族を屠った事で怯えられているのかと。私に任せて頂いても宜しいですか?」
「……ああ、そうだな。んじゃあ後は任せる」
そして、リリエルの言葉に俺は小さく頷いた。
なるほど、まあ……理屈としては通ってる。目の前で仲間が惨殺されて、それで怯えてるっていうのは良くある話だ。
――ただ。
コイツに関しては、多分だがそれだけではない気がしてならない。
まあ、これ以上この子供と話してると俺の方から手が出そうだったから、リリエルの提案は渡りに船。
俺は小さく溜息を漏らしながら、子供の正面から退くとリリエルに会話を任せる事にした。
「……まず、ここで何が起きているのか。教えていただけますか?」
「は……は、い。えっと、その……何から話せば、良いのか……」
相変わらず、おっかなびっくりと言った様子な事に変わりはなかったが。
リリエルが問いかければ、ようやくエルフの子供がゆっくりと、しどろもどろにこの大森林で起きている事を語り始めた。
大分前に、コイツが住んでいた集落に魔族らしい何かが住み着いた事。
そいつがエルフをさっき殺した連中みたいな、魔物混じりの木偶人形に変えてしまった事。
この大森林のエルフの多くは、既にその魔族の手に落ちているであろう事――。
「卵の、怪物か」
「ひっ!?は……は、い。その、卵に、細い手足が付いてる、感じの……」
まあ、これは十中八九間違いなく魔族だろう。
ファルパスもそうだったが、魔族っていうのはどうやら人間とか動物とはかなりかけ離れた姿をしているらしい。
しかし何というか、卵に手足、というとどうしてもこう……何というか……
『また随分と愛らしいというか、珍妙な姿だのう』
「……ま、まあ見た目と強さは関係ないだろ、多分」
それを言うんならまあ、今の俺だってそうなるんだろうし。
ファルパスがアレだけ楽しませてくれたんだから、きっとその卵魔族も楽しませてくれるに違いない。きっと、多分。
……まあ、一抹の不安が無い訳じゃあ無いが。
「それで、貴方は集落から逃げ出したのですね」
「……っ、ち、ちがっ!僕は、その……っ、助け、を」
そんな事を考えていると、リリエルの言葉に唐突に、エルフの子供――ワルトゥは血相を変えて、ブンブンと頭を左右に振った。
ああ、全く。そんな分かりやすい事なんざしても意味がないってのに。
「そ、そうです!姉さん達を、助ける為、に――」
「――見え透いた事言うんじゃねぇよ」
必死になって、顔を赤くして声を荒げるワルトゥに、小さく溜息を漏らす。
俺の言葉にワルトゥはビクッと震えながらも、どうして、と言いたげな視線をこっちに向けてきたけれど、そんな事をされる筋合いなんて微塵もない。
助けを求める?
逃げ出したわけじゃない?
よくもまあ、臆面もなくそんな事を言えたもんだ。
「な、にをっ!?僕は、そのために……」
「助けを求めに来たってのに、どうして俺たちがこうして声をかけるまで――いや、ソレ以前に何で今までそれを口にしなかった?」
「……え」
――そう。
本気で集落を、姉を助けたいって言うんなら、真っ先に俺たちに助力を求めるべきなんだ。
目の前で俺たちの力を見て、少なからず戦える事が解ってるんだから――それこそ、恥も外聞も投げ捨てて、命を捧げる覚悟で助けて下さい、と真っ先に頼むべきなのに。
だというのに。コイツはそれもしないで震えたまま、ただ保護された。
理由は簡単だ、決まってる。
「テメェは自分が助かりたかったから、逃げ出しただけだろうが。姉さんだとか集落の連中の事もどうでも良かったんだろ?」
「ち……ちがっ、違う!!僕は、僕、は」
「違わねぇ。何も間違ってねぇ。お前はもう目的を達したから、建前を捨てて安心してたんだ」
俺の言葉に何も返せないのか、ワルトゥは顔を真っ青にしながら俯いた。
……まあ、子供なんだから仕方ない、なんてのも有るのかも知れないが。
正直な話、俺はもう既にこのワルトゥという子供が嫌いだった。
自分を正当化するために他人を出汁にしたり、それを建前で隠して自分さえ騙して酔っているような奴。
この体になる前に、掃いて捨てるほどに見てきた嫌いな連中にそっくりで、虫酸が走る。
「――はぁ」
とは言え、ワルトゥをルシエラの餌にするわけにもいかなかった。
その集落への道を知っているのはワルトゥだけだし、ワルトゥ以外のマトモなエルフと出会えるかどうかも怪しいのだから、仕方がない。
ルシエラもリリエルもそれを理解しているのだろう、俺の様子に苦笑すれば立ち上がった。
『さっさと立って歩け、小僧。その集落とやらへ案内しろ』
「え……そ、そんな、あそこに戻るなんて!?」
「貴方に案内してもらわなければ、集落へ辿り着くのが遅れてしまいます。そうなれば、貴方の姉さんが無事では済まないと思いますが」
「……っ、姉さん……」
最初は拒絶の表情を見せていたワルトゥも、リリエルの言葉には流石に考える所があったのか。
それとも、少なからず姉のためという事は嘘だけでは無かったのか、ポツリと絞り出すように呟けば、立ち上がり。
「……僕、は……逃げ出したんじゃ、ないっ」
そんな事を嘯きながら、俺を見下ろしつつ睨んできた。
正直コイツの事なんざどうでも良かったが……まあ魔族の元まで案内してくれるようだし良いとしよう。
「そうかよ。じゃあさっさと歩け、姉さんとやらが無事な内にな」
「わ、わかってるっ。僕より、小さいくせに……っ」
吐き捨てるように、悔しそうにそう言いながら、ワルトゥは少しだけ早足で森の中へと歩き出す。
さて、それじゃあ俺たちも……何か今、聞き捨てならない事を言われたような気がするんだが。
『ぷっ、くく……っ、ほれ、行くぞチビのエルちゃん』
「んなっ、この馬鹿剣……っ!?変な事言うな、あんなガキより小さい訳が無いだろ?なあリリエル」
「……行きましょう、エルトリス様」
「リリエルっ?!」
思わぬ所で突きつけられた嫌な現実に、そしてルシエラが新しいからかい文句を手に入れてしまった事に、顔を熱くしながら。
森の奥へと歩いているワルトゥの後を追って、魔族が住み着いているという集落へと歩き始めた。