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2.ことの始まり

 かつて、世界は一人の男によって支配される寸前だった。


 かの者の名はエルトリス。後に魔王として語り継がれる事になった、暴虐無道の男である。

 生まれついた素養と、蠱毒の如き環境がエルトリスを無類の強さを持つ存在へと押し上げ、そしてその強さに惹かれた者たちが集い、国となって世界中を襲撃したのだ。

 人格はさておいて、力で言うのであれば一人で国を壊す事すら可能だったエルトリスを止められるものなど居るはずもなく、エルトリスの元に集った国――通称魔国以外の全ての国が総力を上げて連合を組み抵抗したものの、そんな物に意味があるはずもない。

 結果として、魔国以外での人口は10分の1となるまで摩耗し、あと1年もあれば魔国以外の全ては息絶える寸前。


 ――そう、あくまで寸前。

 希望が尽き果てようとしていたその時に生まれた一人の少年が、状況を一変させた。

 その少年は外見こそ幼かったものの、エルトリスと同等の力を持ち、次々と魔国の軍勢を打ち破っていく。

 それを見た民衆も少年に続き、滅亡寸前まで行っていた筈の連合はほんの一年足らずで魔国と領土が拮抗するまで押し返していった。


 だが、連合の勢いもそこで停滞する。

 魔国も危険な相手が少年だと理解した故か、戦力を少年に集中させる事で一進一退の状況を作り上げたのである。

 そうして拮抗したまま少しの月日が流れた後――魔王エルトリスは、痺れをきらしたのだろう。

 エルトリスは少年との一騎討ちを持ち掛け、それに勝った者が互いの今後を決める事にしようと告げたのだ。

 己の力に絶対たる自身があるが故の行動。

 事実、魔国でも多くの者がエルトリスの言葉を支持し、同時に中々受け入れようとしない連合側を嘲った。

 無論連合側からすれば、少年の力をもってようやく拮抗まで持ち込んだこの状況を崩す事など、当然受け入れられる筈もない。


 だが、少年は違った。

 連合の判断を待つこと無くエルトリスの元へと現れた少年は、彼の提案を受け入れたのである。


 そうして始まった魔王と少年との戦いは、苛烈を極めた。

 一日、一週間、一ヶ月――常人であれば戦い続けられる筈もない時間を、彼らは戦い続ける。

 用意された闘技場はものの数日で平らとなり、始めは観戦していた者たちもあまりの戦いの激しさに逃げ出し、残ったのは極数名の側近のみ。

 魔王と少年は時折言葉を交わす事もあったが、一ヶ月が過ぎる頃になるとそれも無くなっていった。


 恐らくは、決着が近いと悟ったのだろう。

 魔王と少年は数十日の後、夜明けと共に裂帛の気合を発し……そして、決着が付いた。


 千切れ飛ぶ少年の腕、そして足。

 ……寸断された、魔王の首。

 長きに渡る魔王エルトリスの時代は、ここに幕を下ろしたのだった。


 ――これが、広く知られている少年……もとい、勇者と魔王の物語である。








 だが、現実はそこで終わる事はなかった。

 少なくとも魔王エルトリスにとっては、そこからが始まりだったのだ。


 首を落とされ今にも命が消えようとしているエルトリスに、少年への恨みや後悔といったものは無かった。

 並び立つものが居なかったエルトリスの前に現れた、初めての対等な相手。

 そんな少年との一ヶ月を超える戦いは、彼にとって人生のすべてだったと言える程の物で。

 その末に負けたのだから、彼はいっそ清々しい気分でさえ居た。


『――ふふ、やっと負けたのね』


 ――首が落ちる寸前。

 まるで時が止まったかのように、地面に落ちる筈の自分の首が静止するまでは。


 眼前には、エルトリスが見たこともないような絶世の美女。

 その美女は地べたに落ちる寸前のエルトリスの首を見ながら、その美貌を意地の悪い笑みで歪めていく。

 折角の気分を汚されたようで、エルトリスはその美女に罵声を浴びせた――つもりだった。


『ばぁか。声なんて出る訳ないでしょう?』


 だが、エルトリスは口を動かすことさえ出来なかった。

 当たり前である。既にエルトリスは絶命している筈なのだから、こうして意識が有ること自体が異常なのだ。

 だが、エルトリスの意識が消える事はなく、苛立ちを募らせるエルトリスを見下ろす美女はニタニタと醜悪な笑みを絶やす事もない。


『死んで消える寸前の哀れな魂。そんな状態にならないと干渉できないなんて、どれだけ規格外だったのかしらね?』


 美女は疎むように、しかし同時に嘲るように呟きながら、エルトリスの首に徐ろに手を捩じ込んだ。

 エルトリスに痛みはなく、ただまるで自分そのものを鷲掴みにされるかのような不快感に声のない罵声を美女に浴びせていく。

 そんなエルトリスを意に介す事もないまま、美女はずるり、と捩じ込んだ手を引き抜けば――その手のひらには、淡く輝く何かが握られていた。


『くふっ、ふふふっ。なんて惨めでちっぽけな魂。そんな貴方にぴったりの器を用意してあげたわ?』


 ――エルトリスはその言葉に、得体のしれない寒気を覚えた。

 だが、抵抗は出来ない。

 エルトリスの視点は彼女の手のひらの中に移り、余りにも頼りない魂という存在は今やエルトリスの意思で何かをする事さえ許されない。


『今度の貴方はうんと脆弱で弱々しい、そして愛らしい存在にしてあげる――そう、永遠に、永久に、とこしえに!ああ、なんて素敵で無様で楽しい催し物のかしら――』


 美女の美しくもおぞましい笑顔、そして歌うような呪詛まみれの声。

 それが絶命する寸前のエルトリスが見た、聞いた最後のモノだった。








「――っ、ぁ」


 深く、深く。汚泥の底に沈み込んでいたようなエルトリスの意識が、唐突に戻る。

 エルトリスの前に広がっていたのは、無数の星が瞬く夜空。

 周囲には木々が生い茂っており、少なくとも先程まで少年と戦っていた場所とは違う事は、エルトリスにも理解することが出来た。


 体を起こし、髪の毛を軽く掻きむしる。

 先程のは夢だったのだろうか、とエルトリスは首をひねりつつ……ふと、妙な違和感を覚えた。

 違和感、というのであればこんな場所で寝ている事も、先程までの夢とは思えない夢も、全てが違和感でしかないのだが、エルトリスが抱いたのはそんな事が些末に思えてしまう程のモノ。


「……なんで、こんなにきがおっきいの……ッ!?」


 ――そして、その違和感が違和感でないと気付いたのは口を開いた瞬間だった。

 信じられない程に甘ったるく、そして幼い声。

 何よりも、自分が口にしようとした言葉とはまるで違う、たどたどしい言葉。


 まるで背骨が氷柱にすり替わってしまったかのような悪寒を覚えつつ、エルトリスは慌てて立ち上がり、自分の手を見た。

 そこにあるのもまた、エルトリスが知らないモノ。

 まだ苦労などしたこともないような柔らかそうな、小さな手。

 視界を下に向ければ否応なしに映る、肌色の大きな塊。

 周囲を見れば、立ち上がったはずだと言うのに周囲の木々は、それどころか草むらですらも高く――


「な、なんなの――ん、ぐ……っ、なんなんだ、これ、はっ!!」


 ――少しでも気を抜けば幼子同然の言葉になってしまう、そんな自分に歯噛みしつつもエルトリスはあらん限りの気力を振り絞り、普段どおりの口調を絞り出した。

 だが、その声は余りにも弱々しく、幼い。

 低い視界、幼い声、小さな手のひら。若干一つだけそれとはかけ離れたモノがあったものの、エルトリスは今の自分がどうなってしまっているのか、理解したくもないのに理解させられてしまう。


『今度の貴方は()()()()()()()()()()、そして()()()()()()にしてあげる――』


「……っ、あ、あの……あの、おんなぁ、ァァァッ!!!」


 深い、深い森の中。

 怒号と呼ぶには余りにも愛らしく、そしてか細い声が微かに響き渡った。


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