23.それが、彼女という世界
――エルトリス達がアルルーナの分身の内一体と戦っている、その頃。
大樹の内の一角は、まるで戦争のような様相を呈していた。
「くふっ、くふふ――っ、私とここまでやり合えるのは褒めてあげるわ、アルケミラァ――ッ!!!」
「こちらこそ、流石と言っておきましょうか」
方や、アルケミラの周囲から湧き出すように現れる、無限の軍勢。
方や、アルルーナの周囲から繁茂し続ける、無限の植物。
アルケミラとアルルーナ自身も戦いに参加しながら行われるその戦争は、終りが見えない。
互いに互いを喰らい合いながら、減じただけ増殖し続ける二人の兵隊は、数を減らす事は決してなく。
そして、武力においても互いに持つものこそ違ったものの、ほぼ互角。
互いに相討ちを繰り返しながら続く戦いに、終わりはない。
……これこそ、今までアルケミラとアルルーナが険悪でありながらも、表立って直接ぶつからなかった理由である。
互いの実力が拮抗し、似た性質の力を持つ者同士、もしぶつかり合えばどうなるかを重々に理解していたのだ。
つまりは、千日手。
否、千日で終わることさえない、互いに手を緩めない限りは終りを迎える事のない戦い。
どちらかが緩めたならばその瞬間に終わる、しかし互いに緩める事は決して無い永遠は、続き、続き――
「――ねぇ、アルケミラ」
――そんな最中。
アルルーナは突然、唐突に、昔を懐かしむような声を漏らした。
その間も植物を操る手は愚か、アルケミラを攻め立てる事さえ止めてはおらず。
「私はね、貴女の事を本当に友人だと思っていたのよ? 同じ世界を共有できる、同類だと思っていたの」
優しい声色でそんな言葉を口にしながら、アルルーナはアルケミラの頸を刎ねる。
頸を飛ばされて尚、アルケミラは止まること無くアルルーナに攻撃を繰り出し、その胴体を両断する。
「――私も、そうでしたよ」
「そう。ええ、だからこそ惜しいわ」
そんなダメージさえ、まるで意に介さないように。
切り飛ばされたアルケミラの頭が、胴を両断されたアルルーナの口が、言葉を紡いだ。
互いに人の形をしてはいるものの、その実二人は他の魔族のような弱点を持ってはいない。
たとえ頭を潰されても、体を微塵に切り刻まれても、それは彼女たちの命を奪う事にはなりえない。
「だから、取り返しが付く内に――最期に、機会をあげる」
……そんな事は重々承知している筈のアルルーナが、言葉を小さく口にした。
最期。取り返しが付く内に。
その言葉が意味することは唯一つ――アルルーナは持っているのだ。
この千日手を終わらせる、決定的な何かを。
「貴女の手で、塵芥共を殺しなさい。全て貴女の養分にしてしまいなさい。そうすれば、またあの日のようにお茶会だって出来るわ」
故に、アルルーナは絶対的な優位を疑うこと無く、笑顔でアルケミラに優しく告げた。
その言葉に偽りはない。
もし、万が一アルケミラが自らの手勢を飲み込み殺したのであれば、アルルーナは笑顔で彼女を再び友人として認めただろう。
――無論、アルルーナは知っている。
「――断ります。貴女と私の道は、とうの昔に分かたれたのですから」
「ええ。知ってたわ、アルケミラ。最期まで、本当に馬鹿な子――私と同じ地平に立つ権利を持ちながら腐らせるなんて」
アルケミラはそれを一考さえする事無く、切り捨てた。
アルルーナもそれを知っていたように、つまらなそうに吐き捨てる。
……その声に、その表情に、先程までの優しさなど、暖かさなど微塵もない。
最終通告さえも断ったアルケミラには最早友たる価値も、並び立つ権利も無いとアルルーナは断じたのだ。
――それは、傍若無人で冷酷無慈悲なアルルーナとしては、本当に異常な事だった。
それだけアルケミラの事を評価していたのか、或いは――遠い日のお茶会が、それだけ愛おしかったのか。
今となってはそれは判らない。
アルルーナは最早その感傷にも似た全てを消し去り、酷薄に口元を歪めていて。
「――勘違いを終わらせてあげるわ。今の貴女はもう私と同格なんかじゃない、ただの下位互換だってことを思い知りなさい」
刹那、大樹が軽く震えた。
地響きではない。大樹の外は一切震えてはおらず、戦場は何も変化はない。
それは、鼓動。
まるで心臓のように脈打つかのような鼓動が、大樹の内に響き渡る。
「……っ!?」
「どうせ、私には本体とは別に二つの同等の子機が有るとでも思ってたんでしょう?とんだ勘違いよ、ソレ」
ズンッ、とアルケミラの作り出した兵隊達の足元が歪み、崩れ、隆起した。
植物を操っている――のとは違う。
大樹そのものが意思を持ち、動いているかのようにアルケミラへと襲いかかっていく。
「――この領域の全てが私よ、アルケミラ。優劣の差などなく、全てが私。本体?子機?違うわ、これが私そのもの」
「く――ッ!?これ、は……!!」
――花が、草木が、その全てが先程までのアルルーナとまるで遜色ない動きで、強靭さで、疾さでアルケミラに迫る。
アルケミラは理解していたようで、理解できていなかった。
アルルーナは植物を操ることが出来る。
自らの分身を無数に産み出すことが出来る。
その全てと意識を共有し、大量の情報を瞬時に演算し、常に予知じみた優位を保つ事ができる。
それは、アルケミラもまた同じ。
無数の分身を作り出す事ができる彼女は、その全てを同時に操りながら、その全てが得る情報を統括し、最適解を出す事が出来る。
故に優位に立てずとも、不利になる事なく戦えるのだと、そう思っていた。
――だが、それはアルルーナの能力がアルケミラの理解通りだったならの話だ。
千日手が、崩れる。
アルケミラの兵隊は見る見る内に砕かれ、削られ、食い散らかされていく。
「理解できた?今更になって気づいた?本当に勿体ない――貴女だって、ここに辿り着けた筈なのに」
違う。
アルルーナの能力は、植物を操る能力では既に無い。
自らの増殖。
分身を無数に産み出すなどという生易しい能力ではなく、彼女はその全てを自己とする事を可能にしていた。
それは、アルルーナ自身が世界そのものに侵食しているに等しい行為。
アルケミラはおろか、エルトリスやリリエル達もその世界の中で動き回っているだけに過ぎず。
「ならば――」
「鈍い」
アルケミラが次なる策を繰り出そうとしたその瞬間。
その身体を、無数の棘が穿ち抜いた。
痛痒はない。そも、アルケミラにはいかなる物理攻撃も意味は為さない。
否、物理攻撃どころか汎ゆる毒も、生半可な熱量や冷気さえも、彼女はその殆どを無効化する。
元々が不定形である彼女にとって、その攻撃は一瞬動きを止める程度の意味しかなく――
「……あーあ。やっぱり本気出しちゃうとこうなるのよね」
「――……っ!?な……に……っ」
――それが、致命的だった。
急速にアルケミラの体の感覚が失われていく。
毒ではない。そんな物は通用しない。
ダメージも無い。この程度で死ぬようであれば、そもそも二人の戦いの決着は、とうの昔についている。
「くふっ。まあ良いわ、実はもう貴女での楽しみ方は決めてるのよ、アルケミラ」
体の内側から何かが膨れ上がるのを感じつつも、同時に体の感覚が消失していく。
視界もそれに伴って、暗く狭まり消えていく。
ただ意識だけがはっきりと残ったまま、アルケミラは自らに近づいてくるアルルーナの気配を感じ――
――唐突に、視界が開いた。
「気分はどう?それと、具合はどうかしら」
聞こえてくるアルルーナの声に、アルケミラは声のする方を見上げる。
そこにいたのは、緑色の巨人だった。
少なくとも、今のアルケミラにはそうとしか見えなかった。
アルケミラは咄嗟に距離を取ろうとして、後ろに跳び……
「……きゃ、あっ!?」
……どすんっ、と大きな音をたてて尻餅をつく。
一体何が、と戸惑いながらアルケミラが自分の体を見下ろせば、彼女は絶句した。
物を掴む事もでき無さそうな、小さい手のひら。
短く太い、むちむちとした脚。
白い肌と髪の色だけは元のままに、アルケミラは頭から“大きな花を咲かせた”、むちりむちりとした幼児へと、姿を変えており。
「……あぶぅ……あぅ……」
同時に、彼女の視界に、自分自身の姿が映る。
先程までアルルーナと死闘を繰り広げていたアルケミラは、白痴のように呆けた顔をしながら、涎を、鼻水を垂れ流しつつ、地べたにへたり込んでいて――
「――さあ、アルケミラちゃん。くふふっ、ふふ……貴女にピッタリの身体はどうかしらぁ?これからどうするのかしらねぇ、くふっ、ふふふふふ――!!!」
――その姿を見て固まったアルケミラの姿を見て、アルルーナは至極愉しげに、笑みを零した。