16.決戦/嘲り嘲笑う妖女たち
「こーんにーちわ♥また会ったね、エルトリスちゃん?」
「……」
リリエル達が決死の戦いを繰り広げている場所から、程なく離れた樹の外壁。
枝の上に花が咲き乱れているその場所に、エルトリスとルシエラは立っていた。
アルルーナの言葉に、エルトリスは言葉を返さない。
ただ静かに身構え――ルシエラの身体を白く、白く輝かせる。
ルシエラの身体が放つ光の余波で花は散り、焼けて……そんな有様を見ながら、エルトリスと然程変わらない、或いはそれよりも少し小さいかもしれない身体のアルルーナは、愉しげに、愉しげに嘲笑った。
「あら、素敵!やっぱりあの時はまだ本気じゃなかったのね?」
『……その顔、その余裕。直ぐに苦悶に歪めてやろう』
「くふふっ、きゃはははは……っ、うん、やっぱり貴女は良いわ。ええ、塵芥じゃなくて玩具に格上げしてあげる」
ルシエラの殺意の籠った言葉を受けて尚、アルルーナの余裕は崩れない。
――ルシエラは、憤懣遣る方無い様子だった。
自らの使い手であり、同時に大事な人間であるエルトリスを弄んだ事。
そして今も尚、エルトリスに向けて物を見るような視線を向けている事、その全てが腹立たしく。
「……るしえら、ちゃん」
『――ああ、大丈夫じゃ。私は冷静だよ、エルトリス』
エルトリスの言葉に、ルシエラは小さく応えつつ、前を見据える。
自らを扱って戦うのは、飽くまでエルトリス自身だ。
ルシエラはよく理解している。
自分が力のままに暴れるよりも、エルトリスがその卓越したセンスを以て扱ってくれたほうが、何倍も強いという事を。
そして、エルトリスと一緒ならば、どんな相手であろうと負ける事は無いという事を。
「――ばぁ。あんまり動かないから、私から来ちゃったわ?」
――瞬間。
否、瞬き程の間も無いほどの刹那で、アルルーナはエルトリスとの間合いを0にする。
まるで時間を飛ばしたかのようなその疾さは、リリエル達が相手にしているソレとは、比較にさえならない。
だが、エルトリスはそんなアルルーナに一切の動揺を見せなかった。
アリス、そしてロア、アルケミラ。
アルルーナと同等の実力者を知り、更には拳さえ交えたことすらあるエルトリスにとって、この程度は予想の範疇でしかなく。
次の瞬間、眩く輝く拳打が放たれれば――アルルーナとエルトリスの間に、幾度となく衝撃が走った。
花が散り、枝は砕け、巨大な樹の外壁がその余波だけで崩れていく。
「くふっ、ふふふ――っ、凄い、凄いわねぇエルトリスちゃん!!玩具なのにこぉんなに戦えるなんてぇっ!!」
「――っ、きゃ、は……っ、あははは……っ!!」
拳打がぶつかり合う度に響く轟音、衝撃。
互いに互角と言っても良い攻防を繰り返しつつ――やがて、唐突にその均衡は崩れ落ちた。
先に砕けたのは、アルルーナの拳。
ぐしゃり、と音を鳴らしながら砕けた拳はルシエラに貪られ、次いでその顔に、身体に、拳を数発叩き込まれていく。
「く……ふふっ、ふふふ――っ」
だが、アルルーナの余裕は崩れない。
口から樹液じみた体液を零しながら、アルルーナは樹木の中へと叩き込まれれば、即座に体勢を立て直した。
その瞬間、既に間合いを詰め切っていたエルトリスの、ルシエラの拳が再びアルルーナに向けて放たれる。
両の手を砕かれたアルルーナには、既にそれを防ぐ手立ては無く――
「――良いわぁ、良い。エルトリスちゃん、そんなに強くなるまできっとすっごい苦労してきたんでしょうねぇ?」
「……っ!?」
――故に、その脚をもって、エルトリスの拳打を軽く、かちあげてみせた。
自分同様に幼く、柔らかそうな脚はしかし、エルトリスの拳をもってしても砕ける事はなく。
「だから、エルトリスちゃんは玩具にぴったりなのよ。あなたが壊れて、泣いて、無様に果てる姿はきっと、とってもたのしいものね――♥」
……そして、アルルーナはその幼気な風貌からは信じられない程の、悍ましい笑みを浮かべてみせた。
「――ようこそ、アルケミラ。やっぱり貴女は私が出迎えてあげないと失礼よね?」
「こんにちは、アルルーナ。どちらでも構いませんよ、結果は変わりませんから」
巨大な樹の、中央。
並み居るアルルーナ達を薙ぎ払った――というわけでもなく、寧ろ賓客を案内するかのように、何一つ妨害もなくアルルーナの元へと辿り着いたアルケミラは、淡く笑みを浮かべたままそう言葉を口にする。
そのあり方は、まるで旧来の友人と言葉をかわすようすらあり――その余裕が、アルルーナの勘に障った。
「まだ、私と貴女が対等だとでも思ってるのかしら。確かに、昔は貴女は私と対等だったわ、でも――」
「――ええ、そうです。私と貴女はもう対等ではない。道を交える事さえない」
ごぽり、とアルケミラの手のひらから、白くドロリとした液体が――創生の水が、こぼれ落ちる。
否、こぼれ落ちるなどという生易しいものではない。
静かに溢れた筈のそれは瞬く間にアルルーナの足元までを浸し――
「ええそうね? 私と貴女はもう対等じゃないわ、アルケミラ」
――それを、アルルーナは軽く踏みにじるだけでただの草花へと変えていく。
創生の水を新緑で侵しつつ、アルルーナはその新緑から様々な植物を瞬時に産み出した。
汎ゆる物を喰らう植物。
絶対零度の蜜を持つ花。
金属質な表皮を持つ蔦。
それ以上の、最早植物とすら言えない怪物が、瞬く間に周囲を満たす。
同時に、創生の水からも次々に新たな生命が生まれ落ちた。
アルケミラと酷似したそれらが持つのは、剣、槍、弓――さながら軍隊とさえ言えるそれを、アルケミラは瞬きの間に創り出し。
「それをたっぷりと教えてあげる――心配しないで、私と貴女の仲だもの。殺したりなんてしないわ?」
アルケミラの軍勢を前にして、無数の新緑の怪物を従えたアルルーナは、クスクスと愉しげに嘲笑う。
その声色は、友人に向けるように優しく、穏やかで――
――しかし、その表情だけは狂喜に満ちていた。




