2.クロスロウド大森林にて
「……どう、どう。いい子ですね」
走り蜥蜴に語りかけるリリエルの声を聞きながら、竜車に揺られる。
クロスロウド大森林に入って小一時間程。
数ヶ月の間使われていなかった街道は荒れ放題で、さしもの走り蜥蜴もスピードを出すことは出来ずにいた。
……出せなくはないのだろうけれど、これだけ荒れていると竜車が勢いに負けて壊れる可能性もあるし、今後の事を考えると今竜車を失うのはちょっぴり惜しい。
ここから竜車なしでレムレスまで戻るのは、リリエルを連れてだとどれほどかかるかもわからないし……払った金の事もあるし、作ってくれる料理も美味しくて、何より性根が気に入ってるのだから置いていく理由もない。
なので、こうしてのんびりとした旅になるのもやむ無しといった所だった。
『くぁー……しかし暇だのう。魔物の一匹でも出てこんのか?』
「無茶を言わないで下さい、ルシエラ様。そんな頻繁に出てこられては困ります」
「まあ、それもそうか。俺も魔物とやらに出会ったのはこの間が初めてだったし、本当に珍しいんだなぁアイツら」
もっと群生してくれてりゃいいのに、なんて口には出さず思いながら外を見る。
しばらく誰も通らなかった街道は苔や草に覆われて酷い事になっては居るが、一応はここが道の上だと理解できた。
左右に広がる森林は深く、深く。
時折彼方から聞こえてくる知らない動物の鳴き声が、この森の深さをそこはかとなく伝えてくれて。
「あー、今日はこの辺の動物狩って食うか」
「そうですね。熊や狼、少し危険ですが鹿も調理出来ますので――」
今までは基本、街から持ってきた食糧をリリエルが調理してくれてたけどそろそろそれも心許なくなってきた所だし。
そういうのが無い時のリリエルの腕前を測るにも丁度いいかと軽く話を振れば、リリエルもどうやら乗り気らしく。
これは後で食事が楽しみだなー、なんて――……
「――止まって。よし、いい子です」
「っと。お客さんか」
『やっとか、リリエルの料理も良いが偶には粗野なモノも食わねばの』
……そんな事を考えていると、唐突にリリエルが竜車を止めた。
走り蜥蜴は甲高く鳴きながら、リリエルに撫でられると嬉しそうに喉を鳴らして。
乗り物を巻き込むまいと、俺たちは竜車から降りれば森の中から感じる気配に視線を向けた。
街道が封鎖された理由は、ギリアムから聞いた話だとここを通過した行商人が行方知れずになるから、らしく。
それの調査に向かった冒険者連中も軒並み行方知れずになってたらしいから、こうなる事は想定済みだった。
森の中から感じる気配は徐々に、徐々に数を増やしながら。
隠れるつもりもないのだろう、音を立てて俺たちを囲むように動けば――
「……ん?魔物の類かと思ってたが」
――ヒュンヒュン、と風を切り裂くような音と共に矢が降り注いできた。
少しだけ予想外だったそれをルシエラで軽く切り払いつつ、跳ぶ。
リリエルも少し面食らってたようだが、即座に氷の壁を張っていたからまあ放っておいても問題ないだろう。
飛んでくる矢を払いながら、その源へと駆ければそこに居たのは魔物でもなければ、当然魔族でも無かった。
「……ぅ」
「何だ、コイツ……?」
そこに居たのは、エルフの群れ。
恐らくはこの大森林に住んでいるエルフなのだろうが、その様子が少し……いや、大分おかしい。
「あはっ、あはははははっ!!」
「うー……あ……」
「何だ何だ、変なキノコでも喰ったのかコイツらは!?」
俺の姿を視認して尚、慌てる様子も無ければ逃げる様子もなく、エルフたちは笑ったり、ぼうっとしたり。
少なくとも正気とは思えないような反応を返しつつ、再び矢をつがえ始めた。
そんなのを許すはずもない。
ルシエラがギュルン、と唸りを上げれば振り抜いた刃は一撃で矢をつがえようとしていたエルフの身体を引きちぎる。
だが、エルフは自らの死にさえも関心がないかのように、千切れ飛びながらケタケタと笑って――
「あば……っ、あはっ、あははっ」
『ぬ――何じゃ、変じゃぞ』
「そんなの見てりゃ判る。何なんだコイツらは……?」
――そして、たった今仲間が死んだにもかかわらず、周囲の連中はそれに怯えるどころか何一つ反応を返すこともなかった。
ルシエラの解りきった言葉にため息交じりに返しながら、不気味な笑いと共に飛来する矢を切り払う。
『馬鹿者、そうではない。私の知っているエルフの味ではない、と言っているのじゃ』
「……どういう意味だ?」
矢を切り払って跳べば、再び不気味な様子のエルフ達を引き千切る。
ルシエラは何かを確かめるように、たった今喰らったエルフを咀嚼して。
『……うむ、やはり変じゃな。混じり物と言えば良いのか、こう――微かに、魔物の味がする』
「ふ、む」
絶命するまで笑い続けるその頭を軽く踏みながら、ルシエラの言葉にエルフたちの様子を再び見る。
笑い、呆然とし、明らかに正気ではない様子のエルフ達。
仲間たちの死にも反応を返す事すら無く、ただ俺たちに矢を向けてくるその様はまるで悪趣味な人形劇の人形か何かのようだ。
――人形。
そう、それがこのエルフ達に丁度いい表現かもしれない。
まあどのみち、こんな連中から情報を聞き出すなんて事は出来やしないだろう。
「あはっ、ひ、はっ」
「魔物混じり、って事はやっぱり魔族絡みなんだろうが――まあ、仕方ないな」
「――ひっ!?あ、う、わ……っ!!」
そうして、再び容赦なくルシエラを振るい始めれば。
不意に、その場には余りにも似つかわしくない、マヌケな悲鳴が聞こえてきた。
『……エルフの、子供?』
……視線を向ければ、そこには腰を抜かしてへたり込んでいる、エルフの子供が居た。
緑髪で背丈は低く、線も細く、幼い――そして気の弱そうな外見のソレは、立ち上がることすら出来ないのか、怯えきった視線をこっちに向けるばかりで――だから、どうやら他のエルフとは違うらしいと一目で理解することが出来た。
正直邪魔では有るが、まあ丁度良くもある。
ここに住んでるエルフなら何かしらの事情は知ってるだろう、多分。
「悪いリリエル!そこのガキを守ってくれ!」
「畏まりました……二重奏、白雪の壁」
「ひぃっ!あ、あわわ……っ」
俺の言葉に少しだけ不満げに、しかし意図は理解したのであろうリリエルはその子供にも竜車に、走り蜥蜴にそうしているように氷の壁を作っていく。
それにさえ怯えるようにしている子供には正直イライラする……が、現状まともに情報を喋れそうなのがコレしか居ないのだから、仕方ない。
「良いか、殺されたくなけりゃ動くなよ」
「は、はひっ」
一応忠告してから、俺は再び狂った人形のようなエルフ達に向けて、ルシエラを振り下ろした。
……正直な話をすれば、楽しいかどうかと言われれば全く楽しくはなく。
ただ雑草を刈り取るような感覚でエルフ達を殲滅していけば、やがてケタケタと笑うエルフも、焦点の合わない目で矢を射るエルフも居なくなり。
「っ、あ、あぁ……っ」
「――チッ」
『まあまあ、情報さえ聞ければ後は放置で良いじゃろ、な?』
残ったのは、怯えてすくむエルフの子供だけ。
その子供の表情に浮かんでる物を見れば、俺は軽く舌打ちをしながら竜車の方へと戻った。
……全く。
こんな状況でもなけりゃ、こんな子供は絶対に助けたりなんかしなかったのに。