15.決戦/塵芥の意地
「ようこそ、いらっしゃい。私は外れ担当のアルルーナです」
外壁を破壊され、外皮や樹液が散乱した巨大な樹木の中。
酷く面倒くさそうに、退屈そうに、欠伸をしながら長身の妖女は侵入者達を見下ろしていた。
その表情には覇気がない、やる気がない、気力がない。
それこそ、少し目を瞑ればそのまま眠りに落ちてしまうのではないかと思うほどの気怠そうな表情で、アルルーナは小さく息を吐く。
アルケミラやエルトリス達を相手を相手にする分にはまだ良いが、今目の前に居るのはその余り物の寄せ集めだ。
真面目に考えるのも面倒くさい、とでも言わんばかりにアルルーナは再び溜息を吐き出して――
「――ワタツミ」
『ええ、ここまで馬鹿にされて黙ってられる程腰抜けじゃないわ』
――刹那、その内の一人が駆け出した。
全身を白く染め、樹木の内を凍てつかせるような冷気で満たしながら駆ける彼女――リリエルを見れば、アルルーナは軽く手を翳す。
その瞬間、地面から、壁から、天井から――否、樹木の内側から勢い良く、蔦の塊が生い茂ったかと思えばリリエルへと殺到した。
が、その尽くが途端に黄金に変わり果てたかと思えば、動きを止める。
見れば、金糸の如き髪をした女性――エルドラドは、その剣の一振りで蔦を黄金へと変貌させるだけではなく、その支配権を自らの物として見せて。
「あまり美しくありませんわねぇ。もっと唆る物をお出ししてもらえないかしら?」
「嫌よ、面倒くさい。私が相手をしているだけで頭を垂れて涙を流しながら感謝すべきよ、あなた達は」
しかし、アルルーナはそんな光景を見ても尚、表情一つ変えることはなかった。
気怠げにエルドラドの言葉に応えた辺り、微か程度に興味は持ったのかもしれないが、それでもやる事に代わりはない。
だが、リリエルにとってもそれは好都合だった。
くぁ、と眼前で欠伸さえしてみせたアルルーナに、リリエルは表情を変える事無く、白い刃を振るえば周囲が白く凍てついていく。
それは、生物であれば血液でさえ凍てつくような極低温。
リリエルは、以前の分体との戦いを覚えていた。
アルルーナは如何に超越者であろうとも、植物である。
故に、極度の冷気を前にすれば、少なからず影響は受ける筈――
「――で? まさかこんな涼しさで私がどうにかなるとでも?」
「……!?」
――そのリリエルの目論見は、掠りさえしなかった。
ダメージを与えられるとは、元より考えては居ない。
だが、アルルーナは事もあろうに、生物なら震え上がる程の冷気の中でさえ、動きを鈍らせる事すら無く。
表情を驚愕で染めたリリエルを見れば、呆れたように目を細めつつ――ふぅ、とアルルーナはリリエルに向けて吐息を吐いた。
「いかん、受けるなリリエル!!!」
「……っ、く――ッ!?」
アシュタールの声が響いた瞬間、リリエルの身体が反射的に動く。
目には見えない、しかし冷気を斬り裂いてくる何かはリリエルの脇を通り過ぎたかと思えば――シュゥ、とまるで空気でも抜けるかのような音を鳴らしながら、床に風穴を開けた。
破壊された訳ではない。
アルルーナの吐息に触れたその部分は、文字通り溶け落ちていて。
もし、万が一あれを受けていたのであれば、身体に同じように風穴が空いていただろうことを理解すれば、リリエルは戦慄した。
「あら、アルケミラの所のゴミじゃない。てっきりあなた達は二人の補佐に回ると思ってたけど」
「――っ、アルケミラ様を、侮辱するな――!!!」
リリエルが突貫した隙を付いて、その懐に飛び込んだアシュタールと、頭上を取ったクラリッサが吠える。
それと同時にエルドラドが支配下に置いた黄金の蔦がアルルーナへと殺到すれば、同時にクラリッサの歌声が周囲に響き渡った。
強制的な脱力を促すその歌声の全てをアルルーナへと集中させれば、アルルーナは少しだけ不快そうに眉を顰め――
「ふぅん、私を弱体化させるつもり? ええそうね、確かにちょっとだけ力は抜けたかもしれないわ――」
――そんな言葉を口にしつつ、アシュタールが振るった槍の一撃を、アルルーナはその指先、それも小指だけでピタリと止めてみせた。
アシュタールが手加減をしたわけではない。アルルーナ相手にそれをする理由がない。
そして、クラリッサの歌が――それによる弱体化が通用しなかった訳でも、断じて無い。
先程のリリエルの冷気も、確かにアルルーナには届いているのだ。
ロアのようにそもそもが別次元の存在だから、攻撃さえ当たらないという話ではない。
「1%……ああ、0.5%くらいは下がったわねぇ。で、それで何か変わったかしらぁ?」
「――……っ」
文字通りの力の差。
アルルーナは事も無げに、退屈そうにそう言葉にしながら小指の先でアシュタールの槍を弾けば、途端に槍は粉微塵に砕けていく。
殺到する黄金の蔦も、一瞬だけアルルーナを捉えはしたものの、軽くアルルーナが身体を震わせればそれだけで霧散した。
――それが、リリエル達とアルルーナの力量差。
大人と子供、なんて比喩さえも烏滸がましい。
最早根本から、魔族と人間という以前の問題としか言いようがない力の差を前にして、リリエル達は距離を取り。
「……終わり? じゃあもうあなた達もお終いで良いわよね? 私もあの馬鹿女と、かわいい子に集中したいのよ。それじゃあ、さよなら」
アルルーナは特に何の感慨も込める事無くそう口にすれば、指先をリリエル達に向けて――
――その指先が、手が、音を立てて弾け飛んだ。
「――あら?」
アルルーナは特に痛痒を感じた様子もない。
ただ、突然に弾け飛んだ――否、破壊された手を見て、ふぅん、と小さく呟けば、口元を軽く歪ませて。
「意外ねぇ。じゃあ、あの子達は一人で私と戦うつもりなのかしら――くふっ、ふふふふっ、うふふふふ……っ」
そんな言葉を呟けば、心底可笑しそうに、アルルーナは嘲笑い出した。
先程までの退屈そうな表情は何処へやら、その顔は喜悦に満ちており――
「塵芥もそれだけ集えはちょっとは楽しめそうね。隠れんぼしてる子を必死で守りなさい、そうすれば億に一つ、兆に一つ、京に一つ、私に届くかもしれないわ?」
――そんなアドバイスじみた言葉を口にすれば、ゆらり、とアルルーナはリリエル達に向けて歩き出した。
相変わらず戦うような素振りは見せず――しかし、その表情にたっぷりと嗜虐的な物を浮かびがらせて。




