9.少女、力を示す②
中庭に、歓声が響き渡る。
アルケミラの配下達は、その三人が共に戦うのを見るのは久しぶりか、或いは初めてなのか、酷く興奮している様子だった。
まあ、その気持ちも判らないでもない。
アルケミラの側近である三人――本来ならば、四人だったか――は、それぞれが相応の実力者だ。
少なくともさっきまで蹴散らしてきた魔族達とは、比較することさえ烏滸がましい。
「私達の力を見せてあげるわ、エルトリス――!!」
『おーおー鳴きおるわ。良かろう、胸を貸してやろうではないか――のう、エルトリス』
「うん!」
やっと全力を見せられる事が嬉しいのか、はたまたアシュタール達と共に戦えるのが嬉しいのか。
クラリッサは高らかにそう叫べば、それと同時にアシュタールとイルミナスが俺達に向けて駆け出してきた。
上等だ、と拳を構えながらまずはアシュタールから対処しようと視線を向ければ……ぐにゃり、とその姿が歪む。
「――なぁに、これぇ……っ!?」
そのまままるで溶けるように姿を消したのを見れば、俺は思わず声を漏らしてしまった。
音は聞こえる。
存在も確かにそこにあるのだろう。
だが、アシュタールの姿だけが、どこにも無く――
「貰ッタゾ、人間――!!」
『戯け。見えぬ攻撃など、今までどれだけ見てきたと思う?』
――アシュタールよりも早くこちらに駆けてきた殺気を、俺は鎖で絡め取った。
多分イルミナスか。
鎖で拘束すれば、ぼんやりと発光したその輪郭が見えてくる。
アシュタールの攻撃も、風を切る音を頼りに弾きながら、俺はにんまりと笑みを浮かべると、イルミナスを絡め取った鎖を振り回し――
「ヌ、ウウゥゥゥ――!?何故、何故見エル――!!!」
「きこえるし、かんじるもん!そぉーれぇっ!!」
「ぐ――っ!?」
――そのまま、勢いよくアシュタールに向けて叩きつけた。
相変わらずその姿は見えないけれど、確かにそこに居たのだろう。
アシュタールは声を上げながら、微かに輪郭の見えるイルミナスを受け止めて、動きを止める。
よし、このまま……
「――♪~~~~……♪」
「……おう、た?え、あ、れぇ……っ!?」
……このまま二人共殴り飛ばしてしまおうとした瞬間、がくん、と身体から力が抜けていく。
クラリッサの歌が中庭に響き渡った瞬間、まるで空気でも抜けるかのように身体に力が入らなく、なって――ああそうか、そういう事が出来るって言ってたよな……っ!!
動きを止めていたアシュタールとイルミナスは、再び俺へと飛びかかる。
アシュタールが正面を、イルミナスがアシュタールが作り出した隙を突く、つもりなんだろう。
全くもって、それは正しい。
一人が相手の行動を抑え、一人が隙を穿ち、一人が二人の行動をサポートする。
一人一人じゃあ俺に敵わないのだとしても、こいつらは互いに協力し合う事で俺と対等に戦おうと――勝とうとしていた。
それがとても愉しい。
ほんの少しだけ、俺がこの体にされる以前の事を思い出す。
あの時も、連中は徒党を組んで俺を殺そうとしてきたが、俺はその尽くを返り討ちにしてきた。
大半は、数に任せた稚拙な集団。
だが、中にはこうやって連携をとって俺を殺そうと試みる連中も、確かに居たのだ。
「取った――!!」
「コノ距離ナラバ――……!!」
「……じゃあ、えるちゃんもぉ。ほんき、だすね?」
……愉しくて、気持ちが高ぶってきた。
殺さないように加減を続けてたけど、こいつらならまあ、多少本気を出しても大丈夫だろう。
力がまるで入らなくなった身体をふらりと起こせば、俺の背後にルシエラを創り上げる。
それを見た瞬間、体を強張らせたのは二人。
クラリッサとアシュタールは、それが何なのかを即座に理解したのだろう。
だが――イルミナスは、俺と出会って間もない。
俺が戦っているところも殆ど見ていないのだから、それが何なのか理解できず。
寧ろ俺を守る鎖が減ったことを好機とばかりに、その剣状に変化させた腕を振るって――
『――姿を消すのは見事じゃが、アシュタール程動きが良くないのう』
「ナ……ニ……ッ!?」
――それを、ルシエラが指先で軽く止めてみせた。
イルミナスがどれだけ力を加えようが、ルシエラの指先が動かない。
元より姿を消しての奇襲、それにアシュタール達へのサポートが主なのだろう。
俺の動きに合わせて、ルシエラはイルミナスを地面に叩きつければ、中庭の地面が砕け散り――そして、アシュタール達も俺に同時に飛び込んできた。
判断は間違っていない。
既にこの状態になれば、俺が幾ら脱力させられても関係ない。
この状態で本格的に動くのは、俺じゃあなくルシエラだ。
だから、クラリッサも飛び込んでくる事自体は決して間違っていない。
前方からアシュタール、空からクラリッサ。
アシュタールは俺の全力と打ち合える事をどこか嬉しそうに、口元を歪めていて――ああ、ならちゃんと打ち合ってやるべきだろう。
「ぬ、ぐ……っ!?お、おおおぉぉぉ――ッ!!!」
『はは、悪くはないのう――!!』
アシュタールの無数の武具が、瞬く間に砕け、拉げ、折れていく。
ルシエラは嗤いながら、砕いた武器を咀嚼し、味わえば……それでも尚、拳を以て飛びかかってくるアシュタールに、拳を固めて。
「やあああぁぁぁァァァ――ッ!!!」
「えいっ!」
「え、ちょ――っ、きゃ、あ!?」
「ぐっ、しま――」
そして、上から飛びかかってきたクラリッサの脚を掴めばアシュタールに叩きつける。
動きが止まったアシュタールとクラリッサに、にんまりと笑みを浮かべれば、ルシエラは握り固めた拳を――割と容赦なく、二人に叩きつけた。
「――……っ、が、ふっ」
「ぐ……う、ぅ……っ」
『ほー、まだ立つか。じゃが、もう止めておけ』
それでも、アシュタールは倒れずに戦意を見せる……が、それをルシエラは軽く制する。
……見れば、イルミナスもクラリッサも既に立てる状態ではなく、アシュタールも立っているのがやっとと言った状態で。
「……そう、だな。悔しいが、自分たちの負けだ」
「うん、えるちゃんたちのぉ、かちだねっ」
「ぐぅ……三人がかりなら、って思ってたのに……」
『まだまだ甘いわ、戯け。それでもまあ、それなりには楽しめたがの』
「――コレガ、アルケミラ様ガ言ッテイタ者、カ。認メザルヲ、得マイ」
三人が少し悔しそうに、しかし仕方ないと言った様子でそう口にすれば――中庭に、再び歓声が響き渡った。
何だ何だと周囲を見てみれば、さっきまで俺達を蔑視してた魔族達は、それとは真逆の視線を向けていて――ああ、うん、これは何とも分かりやすい。
『……全く、調子のいいもんじゃ』
「でも、えるちゃんね、こういうのすきかもぉ」
『まあ、エルトリスは判りやすいものが好きだからのう』
力を見せつければ、それにちゃんと評価をする。
そんな魔族連中をちょっとだけ快く思いながら、俺はそれを遠巻きに眺めていたアルケミラ達に軽く手を振った。




