6.勝者への接吻
「――へぇ、ふぅん」
文字通りの本気を出したエルトリスを見て、アルルーナはその口元を小さく歪める。
身に纏う鎖を女性の具現化に回した、その行為の意味を思考しつつ、思考しつつ。
「なぁに、それ?」
――しかし、それの意味をアルルーナが理解することはなかった。
当たり前といえば当たり前だ。
アルルーナに、他の誰かとの絆と言ったものは存在しない。
そもそも絆、友情、愛情、そういったものをアルルーナは理解すらしない。
彼女にとっては自らこそが全てであり、それ以外はただの玩具であり、塵芥なのだからそれらが抱く物など理解する価値すら無かったのだ。
無論、それを利用して辱めるといった行為こそ日常的に行ってはいるものの、それが何故なのかまでは考える事はなく。
彼女にとっては、ただ理解不能な感情で無様を晒す間抜けでしか無くて。
故に、段違いに加速したエルトリスの動きに、アルルーナは刹那だが反応できなかった。
身に纏う物を他のものに変換しただけ。
寧ろ身に纏う魔剣の量自体は減ったのだからそれに何の意味があるのかと思考していたアルルーナはほんの僅かに反応が遅れて――
『――チ、ィッ!』
「ちょっとびっくりしたかも。くす、ねえ、勝ったと思った?ねえ、ねえ――!!」
――だが、その遅れもほんの刹那。
アルルーナの高速思考は瞬く間にその遅れを取り戻し、ルシエラの拳をその小さな掌で受け止めてみせる。
ぐしゃりと掌が潰れ、砕けてもアルルーナはまるで気にすること無くもう片方の掌から蔦を伸ばし――そして、蔦は一瞬でエルトリス達の視界から姿を消した。
次いで鳴り響くのは、空気を叩くような炸裂音。
「っ、あ――ッ!?」
『く……っ、こやつ、防御の隙間を――!!』
「あっははははは♥いい声、いい声!!俺、じゃなくてわたち♥とかあたち♥って言ったらどうかしら、凄いお似合いよ――♥」
それと同時に、エルトリスの白い肌に赤い筋が次々と作られていく。
胸に、お腹に、脚に、腕に。
的確に防御の隙間を縫って叩きつけられる蔦に、エルトリスは甲高い声を上げつつも、歯を食いしばった。
辱めるようなアルルーナの言葉に顔を赤く染めつつも、それでもエルトリスの瞳から闘志が消える事はない。
アルルーナの誤算の2つ目は、エルトリスを飽くまでも幼い少女だと思っていたことだった。
その思考を再現する過程で違和感こそ覚えても、所詮は塵芥だしと捨て置いた事。
結果、激痛を伴う鞭打ちに耐えられる可能性など稀有だと、少なくとも痛みで身体は竦むだろうという未来予測は、完全に的を外した。
「――っ、なめる、なああぁぁあぁッ!!!」
エルトリスの奮った腕が、音の速さすら超えていた蔦を捉える。
それは、エルトリスの長年培ってきた戦いの勘による未来予測。
本来ならば捉えられる筈もないソレを捉えられれば、アルルーナは即座に蔦を切り離しはするものの、一瞬動きが止まり――
『良くもエルトリスを辱めおったな、この下郎が――ッ!!!!』
――そして、この上なく怒りに満ちたルシエラの拳が、今度こそアルルーナの身体を捉えた。
壊れ、砕け、喰らわれていく感覚の中、アルルーナは思考する。
――成程、面白い。あのアルケミラが手元に起きたがるのも、ちょっとだけ判ってしまった。
身体の半ばまでを砕かれ、その幼い顔の半分をを失いながら、アルルーナは無事だった下半身でたたらを踏む。
「――んふ、んふふっ。うん、きめた。あなたのなまえも、ちゃぁんとおぼえてあげる」
『まだ囀るか――!!』
「このからだに勝つのってけっこうすごいことよ?すなおに、ほめてあげゆ」
しゅるり、と更に幼く、幼く。
最早エルトリスでさえ見下せる程に幼い身体になりながらも、アルルーナはくすくすと嘲笑った。
舌っ足らずな言葉遣いで、あどけない笑顔で、まるで新しい玩具を見つけたかのような、無邪気さで。
ただ、はっきりと自らの敗北を告げながらもアルルーナの余裕はまるで崩れない。
「たとえ、いくらでもあるこのからだでも……くふっ、くふふっ、ふふふふふふっ」
エルトリスは、アルルーナの言葉に背筋が冷たくなった。
……幾らでもある、この身体。
アルルーナ本体には遠く及ばないであろう事は理解していた。
だが、この強さの身体が幾らでもあるのだとしたら――それは、果たして戦いと呼べる物になるのだろうか?
「らいじょうぶ、このばはあなたの勝ち♥だかりゃあ、ごほーびをあげまちょーね?」
「――っ」
アルルーナの言葉にエルトリスは身構え、そして今度こそその全てを砕かんと飛びかかる。
何か不味い、それをさせてはいけないと、エルトリスの本能が訴えていて――
「――はい、ご褒美♥」
「ん、む――っ!?」
『な……ッ!!貴様、エルトリスに……!!』
――身体をボロボロに砕かれながらも、アルルーナは容易くエルトリスの懐に潜り込めば、唇を重ねてみせた。
舌に触れる小さな、冷たい舌の感触にエルトリスは顔を熱くしつつも、不快感を顕にして……ルシエラは怒りに任せ、残っていたアルルーナの残滓を殴り砕く。
「~~~~っ、ぺっ、ぺっ」
『だ、大丈夫かエルトリス!?何か妙なものを飲まされなんだか!?』
そうして、今度こそその場から消えたアルルーナにエルトリスも、ルシエラも安堵しつつ。
口に残る感触を吐き出すように唾を吐くエルトリスを見ながら、ルシエラは心底心配するようにその肩を抱いた。
エルトリスは暫くの間口内の感覚を忘れようと努めつつ、それが無駄だと悟ればため息を吐き出しながら、少しだけげっそりとした表情で顔を上げて――
「――うん、えるちゃん、へーきだよ」
――舌っ足らずな声で、幼い口調で、そう口にした。




