5.高速思考/未来予測/即時再現
呼吸を整える。
幸い、先の戦いでの消耗は殆どない。
寧ろ、身体もちょうどよく温まってた所だ。
……或いは、それを見計らってこっちに来たのか、それは判らないが。
「心配しないで頂戴な。私はね、つまらない事は大嫌いなの」
どう攻めるか思考していると、アルルーナは笑顔を浮かべながらそっとその両腕を広げてみせた。
どこまで優しさなど無い、ひたすらにこちらを見下した、ドス黒い笑顔。
それとともに、アルルーナは胸元で腕を組み、作り上げた植物で軽く足を組んで見せれば隙以外の何でもない姿勢を見せて。
「最初の一撃は譲ってあげるわ。ほら、お好きにどうぞ♥」
「……はっ」
アルルーナの言葉を、鼻で笑った。
何が譲る、だ。
そもそもここに居るのだってどうせ本体じゃ無いんだから、お前の方には何一つリスクなんて無いだろうに。
……だが、それはそれとして、譲ってくれるっていうんなら支障の無い範囲で全力で行くべきだ。
こいつは、一度見たものを直ぐに学習してしまう。
やるのなら、一撃。
ただの一撃で仕留めれば、アルルーナに何一つ学習させずに済む。
「ただの一撃で仕留めれば、アルルーナに何一つ学習させずに済む」
「……んだよ」
「そう考えていたんでしょう?ふふっ、ええ正しいわ、そうされたら伝達が間に合わないもの」
もしかして、読心のつもりか?そんな事――
「そんな事、ただの予想でしか無いんだから意味なんて無い。ええそうね、それも正しいわ。私のこれは予知ではないもの」
「――……っ!?」
「おかしい、さっきからどうして俺の思考と同時にこいつは言葉を口にしているんだ?」
「そもそも、そんな事をして何の意味がある――ふふっ、ふふ、うふふっ。どうしたの、攻撃してこないのかしら」
――読まれてる。
いや、完全に俺の思考をトレースされてる……!?
馬鹿な、有り得ない。
まだこいつ自身とは出会ってそんなに経っては居ないはずだ。
それこそ、分体との戦いを合わせたってそんなに学習なんてしてないはずなのに、どうして――!!
「答えは簡単。あなた達単細胞生物と違って、私はちゃんとした生き物だからよ?」
『……何じゃと』
「一つの脳に一つの思考、なんて単純で可哀想な生き物なのかしら。そんな生き物の思考なんて、私はすぐに再現できてしまうの」
まるで、内側からアルルーナに撫で回されているかのような感覚に背筋が震える。
悪寒、なんて生易しいものじゃあない。
生理的嫌悪とでも言うべきか。
向き合い、言葉をかわす度に内側を荒いヤスリで削られるような不快感が全身を襲ってくる。
――だが、それでもやる事は変わらない。
思考を読める、とは言ってもこっちの行動の全てを読める訳じゃあない、筈だ。
一撃で、目の前のアルルーナを殺す。
本体なら――ロアと同等だと考えるなら先ず無理だが、そうじゃないならやれる。
右腕に鎖を渦巻かせる。
鎖は赤熱し、白熱し、熱気を放ちながらアルルーナの作り上げた花を散らしていく。
「――あら、これは中々」
「シ、ィ――……ッ!!!」
そして、アルルーナが口を開いたその瞬間、俺は爆ぜるように間合いを詰めた。
一足で詰め、そして渦巻いた鎖をアルルーナの身体に叩きつける。
アルルーナは不快な笑みを浮かべたまま、鎖に巻き込まれば千切れ、砕け、喰らわれていき――
『……ふん、調子に乗っておるからじゃ』
――そのまま、その妖艶な死体も、妖麗な美貌も、何もかもが砕けて散った。
まさか、言葉通り一歩すら動かないなんて……そう思いながら、小さく息を漏らす。
しかし、思った以上に厄介だ。
「まさか俺の思考を読むなんて。最初の一撃で終わって助かった――」
「――っ!?」
足元に僅かに残っていたアルルーナの破片が、先程までと変わらぬ声を上げる。
思わず飛び退けば、うぞる、うぞると蠢きながら破片は再び人の形を作りあげていった。
喰らわれた分は小さく、幼く、しかしその不快さだけはそのままに。
「――くすっ♥どうしたのかしらぁ、そんなに驚いた顔をして。まさか、いまので終わったとでも思っちゃってた?」
『馬鹿な、あそこまで微塵にされて――半分以上喰らったのじゃぞ!?』
「うん、それはちょっとだけ予想外だったけど。お陰でこんなに小ちゃくなっちゃったわ、この体」
俺と変わらぬ幼い姿に変わったアルルーナは、先程までとは打って変わって、その容姿と変わらぬ口調で、愉しげに嘲笑ってみせた。
……予想外。
つまり、やはりこいつが予測、再現出来るのは――……
「じゃあ、次はこっちの番ね♥ちゃぁんと防がないと駄目よぉ?」
……その思考を、寸断される。
目は離していない。
思考しても、相手から一切意識も、視線を離していなかったのに――なのに、アルルーナは既に俺の懐に居た。
腕には蔦が渦巻いていて――まさか、これ、は――!?
「さあ、おっ返しぃ――っ♥」
『チィ――ッ、この小娘……!?』
考える余裕はない。
先程の俺と変わらない一撃を、アルルーナは嘲笑いながら繰り出してみせる。
蔦に触れた地面は砕け、抉れ、削げ落ちて――俺は、それをルシエラの鎖を使って相殺した。
――相殺した、つもりだった。
「あっははは♥じゃあこっちは回転2倍ね――!!」
「な、ぁ……っ!?」
弾かれる。
ルシエラの鎖は壊れこそしなかったが、弾かれて、飛ばされて――それでもルシエラの円盤を間に挟めば、直撃だけは避けた、が。
強い衝撃とともに、身体は弾き飛ばされ……一瞬だけ呼吸が止まりそうになった。
「~~~~……っ!!」
「うんうん♥ちゃんと防いだわね、偉い偉い♥すぐに潰れたらつまらないもの」
『……っ、いかんエルトリス、出し惜しみ出来る相手ではないぞ!』
地面に叩きつけられる寸前で体勢を整えれば、肺に一杯の空気を吸い込んでいく。
……出来れば、アルルーナと本格的に戦う事になるまでは、本気は取っておきたかったが、こうなってしまっては――
「そういう娘だから、イジメちゃいたくなるのよね♪どう、素敵なドレスもボロボロではだかんぼになっちゃいそうだけど♥」
「……そうかよ」
「ねえ、私のペットと玩具、どっちがいーい?ずっと抵抗していじめられ続けるのもオススメよ♥私が飽きない限りは、壊さないであげるから――」
――もうそんな事を考える余裕はない。
自らの背後にルシエラを作り上げれば、俺は荒く息を吐きながら身構えた。




