1.たった一人の戦争
「――来るぞ!!なんとしてもここで押し止めろ!!」
「炎を扱えるやつは前に出ろ!!焼き払え――!!」
光の壁の向こう側。
魔族の住まう世界のその一角――開けた大きな平野で魔族達の怒号が響き渡っていた。
老若男女様々な魔族が集っている一方は統率が取れており、その行動にはほとんど無駄がない。
それこそ、人間側が持っている軍を持ってしても一方的に蹂躙できるであろう程の質と量が備わった、正しく精鋭達。
彼らは皆、アルケミラの元に集った魔族達だった。
ある者はアルケミラに見いだされ、ある者はアルケミラに自ら望んで忠誠を捧げ――そうして集ったもの達は何れも魔族達の中では中位、あるいは上位の実力者で。
「ち……っ、壁を作れ!!!」
――だが、そんな彼らをもってしても、眼前に迫っている大群は決して容易な相手ではなかった。
唯一有効であった炎でさえも徐々に耐性を持ち始め、他の攻撃は効果が薄く、何より次から次へと塵芥の如く湧いてくる、無限の新緑。
「キャハハハハハ……ッ」
「ふふっ、アハハハハハ」
「キャヒッ!アハハッ、イヒハハハハハ――」
無数の新緑が、嗤う。
ある者は童女のように。
ある者は妖艶に。
ある者は気が狂ったように――笑い、嗤い、嘲笑い。
そして、一斉にその身体に咲いた艶やかな花から、弾丸のごとく種を乱射した。
魔法、あるいは異能によって堅牢に作り上げられた壁はその尽くを遮り、防ぐ。
凄まじい音を鳴らしながら壁を穿ち削る種も無限ではない。
やがて音が止めば、再び魔族達はその新緑に向けて炎を、攻撃を放っていく。
優勢だったのは、魔族達の筈だった。
魔族達は既に何千、あるいは何万もの新緑を処理している。
その一方で魔族達の損害は至って軽微なものだった。
けが人が少数、死者に至っては未だに0。
まだ余力も残っており、このまま暫くは攻め続ける事が出来そうな程で――
「――……っ」
――だが、魔族達の誰もがその表情に笑顔らしいモノを浮かべてはいなかった。
浮かんでいるのは苦戦、苦境を意味するかのような苦渋に満ちた表情。
理由は、ひどく単純だ。
確かにアルケミラの配下達は目の前の新緑に遅れを取ることはなく、終始優勢に戦い続けている。
今も尚、彼らが放つ炎は新緑を焼き続けているし、耐性が徐々に付いているとは言えど新緑は長い時間先に進めずにいた。
問題は、新緑の数。
幼女、少女、様々な形をした新緑は初めからまるで数を変えては居なかったのだ。
全く倒していないどころか、既に何万もの新緑は焼け焦げて死んでいる筈だというのに、その数は減る事は殆どなく。
いかに優勢に戦い続けようとも、無限に続くのではないかと思える程の戦闘をやり続けていては、心は徐々に摩耗していく。
「んふ、ふふふふっ、フフフフ――」
「ねえねえ、まだやるの?」
「もう諦めなさいよ、私が遊んであげるから」
「あんなつまらない女に仕えるのなんてやめてしまいなさい――」
先程からどれだけの数を殺されてきたかもわからない新緑達が、まるで焦燥にかられていないのもそれ故だ。
一つ一つがアルルーナそのものであり、幾らでも増え続ける彼女達にとって死など眠りよりも軽い物。
最初から、アルケミラの配下達とは立っている土台が違う。
アルケミラの配下達が決死の思いで戦っているのに対して、アルルーナの新緑達にとってこれはただの遊びに過ぎなかったのだ。
「……舐めるなよアルルーナ!!」
しかし、疲弊しようともアルケミラの配下達の気勢は削げる事はない。
その表情に苦渋が浮かぼうとも、配下達の心が折れる事はない。
それだけアルケミラを心酔し――否、信頼しているのだろう。
自らが仕えているあの方であれば、アルルーナを必ず打倒してくれる。
あの方ならば、必ず己の理想を達してくれる――そう、確信しているのだ。
嘲笑う新緑を焼き払い、岩壁を、土壁を作り上げながらアルケミラの配下達はひたすらに新緑を倒し、滅ぼし続ける。
折れる事無く抵抗する様子を見れば、新緑達はケラケラと心底馬鹿にするように笑い――
「――バァ」
――弾丸のような種を受け止めた、土壁。
その内側がボコリ、と膨らんだかと思えば、中から新緑が芽吹く。
中から出てきたのは、余りにも幼すぎる姿の幼女。
本来ならあどけない笑顔を浮かべるべきそれは、ひどく邪悪で醜悪な笑みを浮かべ――
「ガ……ァ――ッ!?」
「あははははは!!ほぉらほぉら、お目々がなくなっちゃったぁ!!」
「く……ッ、焼き払え――!!」
「良いの?良いのぉ??ここで炎なんて使ったらお仲間も一緒だけど!」
――ぐちゃり、とえぐり取った目玉をまるでボールで遊ぶかのように弄びつつ、ソレは嗤った。
アルケミラの配下達がためらうような表情を浮かべれば、より一層楽しそうに。
そうしている内に、花飾りのように付いていた頭の花が、膨らんだかと思えば……その小さな体を、両目を抉られた魔族が抑え込んだ。
「きゃあ、求愛かしらぁ?それはそれで面白いけど――」
「――俺ごと焼け!!早くしろ――!!!」
「あはっ、あはははははは!!なにそれ、とっても狂ってるわ!素敵――!!」
身を挺した覚悟さえも嘲笑いながら。
傷ついた魔族ごと業火が彼女を包み込めば、耳障りな笑い声を鳴らしつつ、その身体を黒く、黒く、炭へと変えていく。
死ぬ最後の一瞬まで新緑は嘲笑いを絶やす事は一切無く――
「さぁ」
「さあ、さあ、さあ」
「遊びましょ?楽しみましょう?」
「まだまだ、あのクソ女の部下なら私を愉しませてくれなくちゃ」
「――あなた達はあのクソ女のオードブルなんだから!!」
――壁から次々と顔を出した新緑が、ゲタゲタと嘲笑い出す。
それはさながら地獄のようであり……しかし、それでもアルケミラの配下達は折れる事無く立ち向かった。
それが、例え目の前の――主の宿敵であるアルルーナを悦ばせるだけでしかない行為だったとしても、いつかは主の勝利に繋がるのだと信じて。




