29.少女からの忠告
昼下がり、所々から湯煙が上がっている街の中。
ルシエラも元の力を取り戻し、廃棄地から無事戻ってきた俺とルシエラは少しだけ疲れた表情で、街のあちこちを歩き回らされていた。
歩き回らされていた、というのも――
「あ、エルちゃん!次はあれが見たいわ!!」
「……ったく、仕方ねぇなぁ」
――俺とルシエラの間に入って、あっちこっちへと引っ張り回すアリス。
その無邪気さと行動力に、俺もルシエラも抵抗出来なかったからだ。
無論、別段俺も嫌というわけではない。
ここ最近アリスに構う時間もなかったから、こうして一緒に遊んだりするのも吝かではないのだ。
それは別として、こう、何というか。
「ちょ……っ、ひ、引っ張るなってば……!!」
「ふふ、次はあっち!あっちよエルちゃんっ♥」
『凄まじい体力というか、何というかだのう』
……もしかしたら子供に引っ張られる親というのはこんな感じなんだろうか、なんて事を考えつつ。
ちょっとだけそういう人間を尊敬しながら、俺はアリスに引っ張られ、時々買い物に付き合ったり、良く判らない名物を見たり。
まあ、何だかんだ言って俺もそれなりに楽しんだ……と思う。
自分からこういう事をするのはあまりないし、何よりこう、単純に遊ぶだけのために出歩くっていうのは中々に新鮮だから。
そうして暫く引っ張り回された後、俺とルシエラはアリスと並んで近くのベンチに腰を下ろせば、近くの露店で売っていた団子を軽く齧り、一息ついて。
「どう、美味しいエルちゃん?」
「ん……まあ、な。甘いのはやっぱり好きだし」
「そう、良かった♥」
アリスの言葉に小さく頷きつつ、茶に口をつける。
俺の言葉にアリスは何だかとても、とても嬉しそうにしていて、ついこちらも笑顔になってしまった。
アマツの寒空の下、しかし暖かな日差しが降り注ぐ中、穏やかな時間が過ぎていく。
「そう言えばエルちゃん、リリエルちゃん達は何をしてるのかしら」
「ん、あいつらは……多分、休憩中なんじゃないか」
「休憩?」
『廃棄地に行って戻った所だったからの、疲れておるだろう』
なるほど、とアリスは納得するように頷くと、ぱたぱたと足を動かす。
いつの間に食べ終えたのか、彼女の隣には串だけになった団子が何本も置かれていて。
団子も食べ終えて、お茶も飲み終えれば。
俺とルシエラは軽く伸びをしながら立ち上がり、さて、次はどうしようかなんて考えていると――
「……ね、エルちゃん」
「ん、どうした?」
――不意に、座ったままのアリスが少しだけ、いつもの無邪気な表情ではなく、そう……かつて見せた、あの無機質な表情を見せた。
「エルちゃんは、これから先どうするの?」
「どうする……って」
アリスの言葉に、少しだけ考える。
どうする、というのは今回の遊びに関しての話じゃあないだろう。
思い当たるのは――そう、廃棄地でクラリッサ達が口にしていた、あの言葉。
どうするの、と言われると確かに少々悩む所では有る。
正直な話、魔族同士の争い自体にはそんなに興味がないのだ。
これが人間同士の争いだって言うんなら見物くらいはしたかもしれないが、少なくとも他人の戦いに唐突に横入りするのはあまり趣味じゃない。
趣味じゃない……が。
「……多分、アルケミラの側に付く、かな」
……それは、あくまでも自分がそこまで関わりがなかった場合の話だ。
アルケミラに特別肩入れをするか、と言われるとそういう訳じゃないけれど、アルルーナに関しては今まで散々好き放題された借りがある。
それを返す丁度いい機会が有るんだから、乗らない手はないだろう。
無論、それをアルケミラが歓迎してくれれば、という話では有るんだが。
アイツの場合その辺りは心配はいらないだろうと、俺は心の何処かで確信していた。
「ん……そっか、良かった」
「何だ、もしかしてアルケミラに頼まれてたのか?」
「ち、違うよ!?私はエルちゃんと遊びたかったから……っ、ただその、最近色々と動きが慌ただしくなってきたから心配してたの」
俺の言葉に珍しくアリスが慌てて声を上ずらせる。
……あ、ちょっと可愛いかも知れない。
いやアリス自身は少女の具現って感じで愛らしいんだけど、こうして慌てる事なんて滅多にないから、こう、いたずらごころがふつふつと湧いてきてしまう。
いやまあ、悪戯とかしないけども。
そういう冗談をしたら冗談じゃすまないお返しが来そうな相手だって、俺も判ってるし。
「エルちゃんが関わらないなら、それはそれで良いんだけど……もし、万が一アルルーナちゃんの方に付いたら……ってね」
『何じゃ、アリスから見たらアルルーナのが格下なのか?』
「ううん、そうじゃなくてね」
ふわり、とアリスが浮かび上がったかと思えば、まるで幼子にでもそうするかのように、その小さな掌でルシエラの頭を撫でる。
ルシエラはまさか撫でられるとは思っていなかったのか、顔を赤くしつつも、何故か手を払おうとは思えなかったようで。
そんなルシエラに、アリスは優しく笑みを零しながら着地すれば、さっきまでそうしていたように俺とルシエラの間に入り、手を繋いだ。
アリスに促されれば、街中を歩きつつ不思議と届くアリスの言葉に、耳を傾ける。
「あの子はね、自分以外の全てが違う生き物にしか見えてない子だから」
「……って言うと?」
「敵も、味方もおんなじって事ね。仮にあの子の元に付いたとしても、それは敵のど真ん中に居るのと変わらないの」
アリスの言葉に、妙に納得してしまった。
確かに、以前アルルーナの分体と戦った時はアルーナが独立して別の存在に変わったが……それまではあいつらはひたすらに、自分以外の全てを見下していた気がする。
見下していた、と言うか……そう、子供が足元にいる虫けらでも眺めるような、好奇の目というべきか。
そんな奴の方に付いてしまえば、まあ、待っている未来は想像に難くない。
「とにかく、アルケミラちゃんの方に付くにしても気をつけてね。アルルーナちゃんは、本当につよ……ううん、なんだろ……こう……」
『……強い、ではないのか?』
心配するようなアリスの言葉が途切れれば、ルシエラが首をひねる。
アリスはうーん、うーん、と悩むようにしながら首をひねって――
「強い、のは強いんだけど……そんなことより……うん、そう」
「――アルルーナちゃんはすっごいイジワルでいじめっ子だから、いじめられないように気をつけてね、エルちゃんっ」
――可愛らしくそんな事を口にすれば、俺の手をぎゅうっと握った。
何だそれは、と俺とルシエラは肩の力が抜けるのを感じつつ、笑い。
その日は一日、アリスと愉しく遊んで過ごして――……
……その言葉が文字通りである事を思い知る事になったのは、そう遠い話ではなかった。




