27.授けられたもの
廃棄地での戦いは、終わった。
女帝は戦う意志を失い、尖兵たちに号令をかければただそれだけで尖兵達はエルトリスたちに敵意を向ける事は無くなったのだ。
リリエル達も女帝の部屋まで到達したものの、その頃にはすべてが終わっており――
「……なあ、ルシエラ」
『何じゃ』
「一つ聞いても良いか」
『駄目じゃ』
――エルトリスの言葉に、ルシエラは何処か遠い目をしながら小さく息を吐き出した。
どうしてこうなった、どうしてこうなった、と言わんばかりの困り顔をしたルシエラに、エルトリスは苦笑する。
見れば、エルトリスだけではない。
リリエルもアミラも、クラリッサもエルドラドも、アシュタールも。
アルカンとアミラ達まで、どこか微笑ましげな視線を彼女に向けていて。
『……のう』
「はい、何でしょうか姉様」
その原因である彼女は――女帝は、ルシエラの隣から片時も離れる事無く寄り添っていた。
エルトリスとルシエラを挟むようにしているその姿はどうにも先程の女帝からは想像も出来ない程に微笑ましく。
ただ、どうしてそうなったのかを理解できていないルシエラ――当人だけは、軽く頭を抱えていた。
『その、姉様というのは何じゃ』
「姉様は姉様です。私より先に主様に造られて居たのでしょう?」
『違う、私は今の――お前の主に造られたわけでは』
「……だとしても、同じ意志を持って、同じ意図で造られたのですから、やはり姉様です」
「くくっ、良いじゃねぇかルシエラ。妹が出来るのは嬉しいだろ?」
『戯け!私と同じ顔じゃぞ!?』
先程の一件でルシエラに諭されてから、ずっと女帝はこの調子だった。
エルトリスもエルトリスでその様子が微笑ましいからか、或いは困っているルシエラが珍しいからか、からかうばかりで。
ルシエラが幾ら言っても聞かない女帝は、まだ身体に亀裂こそ入っては居るものの、それも徐々に消え始めており――
『……まさかとは思うが、着いてくるつもりではないじゃろうな』
「出来ればそうしたいですが――私も、この地を治める立場です。姉様についていく事は出来ません」
「残念だったな、ルシエラ」
『やかましいわ!……はあ、まあそれなら良いか』
――女帝が流石に地上まで着いてくるつもりは無い事を理解すれば、ルシエラは小さくため息を吐き出した。
ルシエラは多くの尖兵を喰らったことで元の力を取り戻し、今の世界が一体何なのかを知る事もできた。
万々歳――とまでは行かなくとも十分な成果をあげたエルトリスもまた、すっかり安堵した様子で。
「しかし、良く判らねぇな。二人の主は、一体何をしようとしてたんだ?」
「……姉様の使い手、知れたことを聞かないで下さい。来たるべき時の為にと、姉様が言っていたでしょう」
ふとエルトリスが口にした疑問に、女帝は眉を顰めながらそう口にする。
傲岸不遜でなくなったとは言えど、人間を見下しているという事には変わりがないらしく、彼女の口調は辛辣で。
『……いや、確かに私もそれは疑問だったのじゃ。来たるべき時、だったか――少なくとも、私にはまだ訪れてないとしか思えん』
「そうですね、姉様の言う通りです。私には姉様が来た時こそと思いましたが……そういう訳では、ないでしょうし」
「……いっそ清々しいですね、ルシエラ様の妹様は」
くるりと、見事に手のひらを返した女帝の姿に、リリエルさえも匙を投げた。
それはそれとして、エルトリスもルシエラも、そして女帝も――その場に居た全員が、軽く首をひねる。
来たるべき時。
少なくともまだ訪れていないであろうそれが一体なんなのか、暫くの間各々が考え込んで――
「……一つだけ、思い当たる事が有るわ」
――口を開けたのは、クラリッサだった。
アシュタールも思い当たる事があったのだろう、クラリッサに小さく頷いて。
「――恐らくだが、時期に魔族の間で戦争が起こる。それが来たるべき時ではないか?」
「魔族の間で、戦争じゃと……?魔族と人ではなく、か?」
「ええ、魔族同士の戦争よ」
アルカンの言葉に、クラリッサははっきりと頷いた。
「今残ってる魔族の勢力は、私達アルケミラ様の陣営と忌まわしいアルルーナの陣営、それにバロバロイの陣営になっているわ……アリス様は、まあ戦争に参加するわけもないから除外するわね」
「その間で戦争が起こる、ということか?」
「正確には、アルケミラ様とアルルーナの間で、恐らく」
――クラリッサ曰く、六魔将の内2つが欠けた事で、今魔族の間には大きな動きが出始めているらしく。
欠けた座に上り詰めようとする者や、この混乱に乗じて他の六魔将を討とうとする者まで居る始末で。
そして、その動きは既に六魔将の間にも広がっているの、とクラリッサは口にする。
元より六人の秀いでた魔族である六魔将は、常々自分の理想の統治をするために――一部の六魔将を除いて、互いに小競り合いを続けてきた。
しかし六魔将の数が減った今であれば、外部からのイレギュラーもほぼ気にすることが無くなり、大手を振って相手を潰せるようになったのだ――と。
「……魔族風情、私が全て喰らって差し上げましょうか」
『戯け。私にも勝てぬ奴が大口を叩くな』
「――も、申し訳有りません、姉様」
「ルシエラは妹が無茶するのが心配なんだよな」
『やかましい!全く、もう……少なくとも六魔将に関しては、今の私とエルトリスでも勝てるかは怪しいのじゃ、甘く見るな』
「は、はい、姉様」
魔族同士の戦争。
それ自体は、存外人間にとっては福音になりうる出来事だろう。
問題が有るとすれば、それの勝者がどこになるか、という事くらいか。
バルバロイは未知数。
アルケミラは、人間側の交渉次第ではその後は争いすら無く平和に解決出来るかもしれない。
――だが、アルルーナは違う。
仮に最後に残ったのがアルルーナであったのであれば、後に残るのは人にとっても、魔族にとっても地獄同然の緑の世界だ。
しかも仮にそうなったとしても、更に魔王まで控えているというおまけ付き。
「……そういう意味じゃ、確かに来たるべき時、か」
エルトリスは小さくそう呟くと、胸に僅かに感じる違和感に首をひねる。
……だが、果たして本当にそれがそうなのだろうか?
もしそれが、本当に来たるべき時だというのであれば、疑問が残り――
「――あ、あの、姉様」
『む……何じゃ、藪から棒に』
――その思考は、女帝の言葉に遮られた。
エルトリスが女帝の方を見れば、彼女は何やらルシエラに少しだけ縋るようにしており。
「私は、ここに残ります。ですから、姉様に私が妹である証を、頂きたいのです」
『いや待て、だから妹では――ああ、いや、もういい、判った。で、何じゃ』
「――私に、名前を頂けませんか。姉様と同じ名前ではなく、私自身の名前を」
女帝のその真っ直ぐな言葉に、ルシエラは小さく唸る。
少しだけ悩むように、考えるようにした後……ルシエラは女帝の頭を軽く撫でた。
『……それは、主が付けた名を手放すという事じゃぞ』
「主様もきっと、姉様が居ると知っていたらつけなかったでしょうから」
『全く、強情な奴じゃ』
そんな、女帝の言葉にルシエラは苦笑すれば――
『――ミカエラ。今後は、そう名乗れ。この世界の私――いや、妹よ』
「……はい、姉様」
――ミカエラは、その名前を愛おしむように噛み締めた。




