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魔王少女、世にはばかる!  作者: bene
第一章 少女と辺境都市
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閑話:エルフの従者のとある一日

 ――エルトリス様の意向で、クロスロウド大森林に向かう事になってから何日かが過ぎた。

 レムレスから夜明けとともに、まるで夜逃げのように竜車で飛び出す事になった時は何事かと思ったけれど、まあきっと何か有ったのだろう。


 それに特に文句があるわけでは無い。

 寧ろ、今を考えるならば有り難いとまで思えてしまう。


「……では、宜しくおねがいします」

「ああ」


 竜車から降りて昼食をとった後。

 私は昼食を作った対価として、エルトリス様と食後に一度だけ手合わせさせて貰える事になった。

 どうやら私を買う以前は、エルトリス様もルシエラ様もその辺りの動物を焼いて食べていたらしく。


 ……未開の地の蛮族か何かですか、と口にしそうになったのはおいておいて。

 奴隷として教育を受ける以前にも両親から料理を教わっていた事もあって、私の料理は二人にいたく気に入られていた。


 結果として、私の復讐に一歩近づいた……のだと、思う。

 何しろ、魔族という存在は余りにも埒外の存在だ。

 私が撃てるだけの魔法をぶつけたとしても、恐らくは魔族の障壁を破る事すら叶わないだろう。


 しかし、エルトリス様は私とは違い、単独で――有り得ない!と叫びそうになるけれど――魔族の障壁を打ち砕き、更には討伐までしてのけた人間だ。

 外見からは想像できない程の強さを持っている彼女に師事できたのであれば、もしかしたら私にも――なんて。


「三重奏――」

「いや、おせぇって」


 ……そんな甘ったるい考えを抱いていた私を、少しだけ殴りたくなった。


 今、エルトリス様は最大限手加減するためにルシエラ様の形を柄だけにしている。

 つまり、あの変幻自在な刃もない、手にはリーチすら無いただの棒をもった少女が、今のエルトリス様で。


 ――だというのに、私は詠唱を準備すらさせてもらえないままに、脚を軽く払われれば、ぐるん、と空中を一回転していた。


「――っ、氷結晶の槍!」

「ん、それもちょっとワンパターンだな」


 体が地面に叩きつけられる最中、それでも私はエルトリス様に向けて魔法を放つ――が、それもことごとくが空を切る。

 氷結晶の槍は、地面から鋭い氷の槍を発生させる魔法だ。

 発生までに若干の時間はあるものの、一度生成が始まれば瞬く間に鋭い槍が相手を穿つように形成される。

 三重奏――つまり、それを三発同時に放ったなら、それが三方向から別々の角度で襲いかかる訳で。

 しかし、エルトリス様はそれをいとも容易く、ひょいと飛んで躱してみせた。


「殺気があるのは良いけどなぁ。目で解っちまうよ」

「……っ、か、ふ……っ、目……です、か?」


 背中から地面に落ちて、肺から空気が抜けていく。

 悶絶している私を見下ろすようにしながら、エルトリス様は柄だけなルシエラ様をクルクルと指先で回すと、私の息も絶え絶えな声に小さく頷いた。


「生成先を目で見るな。あと、出来れば、そうだな……詠唱と別の魔法を扱えるようになれ」

「え……?」


 詠唱と、別の魔法?

 私はエルトリス様が何を言っているのか理解できず、首をひねる。


「例えば、氷結晶の槍を放つ素振りを見せつつ別の魔法を発動させるとか。魔法での戦闘ってのは間合いもだが、騙すってのも大事だろ?」


 ――何か、とんでもないことを言われたような気がする。

 詠唱というのは、謂わば自らへの条件付け……或いは、暗示に近い。

 自らの内にある魔力を特定の形で変換して放つ、その複雑な工程を詠唱という自己洗脳で簡略化し、安定して発動させる……その為にある、ものなのに。


「……ま、待って下さいエルトリス様。それは……可能、なのですか?」

「んぁ?前の俺の――ああ、まあ知ってるエルフはそうしてたぜ。詠唱と別の魔法を発動させる、なんてのは魔法戦じゃ常識じゃあないのか?」


 常識、と言われるともしかしたら私がおかしいのだろうか、なんて思ってしまう。

 けれど恐らく、いや間違いなくおかしいのはそのエルトリス様の知り合いだ。

 詠唱とは別種の魔法を発動させる、という事はつまり本来なら簡略化出来る筈の複雑な工程を短時間で、しかも口ずさんでいる言葉に惑わされる事無く正確に発動させている、という訳で。


 ――そんな頭が二つないとできなさそうな事ができたら、化け物ではないだろうか?


「……っ」


 湧いた考えを、不安を、後ろ向きな感情を、頬を叩いて消す。

 ……少なくとも、エルトリス様はそれくらいは出来て当然だ、と思っているのだ。

 魔族を単独で殺せるこの方が当然と思っている事が出来ずに、どうして魔族への復讐が果たせるだろうか?


「もう一度、お願いします」

「おう。あと3回くらいは付き合ってやるよ」


 そうして、もう一度。

 後3回も相手をしてくれる事に感謝しつつ、私はエルトリス様と再び向き合い――








「……あー、上手い上手い、そこそこ……」

『エルちゃんはすっかりリリエルに洗ってもらうのがお気に入りだのう』

「うるせー……あー……」


 ――結局、一度も言われたような事は出来ないまま。

 やろうとした所で不発するわ暴発するわで、実に散々な結果だった。


 まあ、一日で結果が出るなんて私も思っていない。

 エルトリス様に買われた以上、これからそれなりに長く、彼女たちと共に居る事になるのだろうから、その中で何とか身につければ良い。


 そうすれば、きっと――あの悍ましい、醜い化け物を殺す日に、一歩ずつでも近づける筈だから。


「流しますね、エルトリス様」

「うわっぷ……うう、冷たいな……」

『ほーれこっちに来いエルちゃん♥お姉さんが暖めてやろうではないか♥』

「誰がお姉さんだ、誰が。俺の何百倍も――……あ゛」


 ……まあ、その代わりとして。


『よーしリリエル、パスじゃパス。悪い子をこっちに寄越せ』

「はい。同じ女性とは言えど、年齢の事は気をつけましょうね、エルトリス様」

「ま、待て!後でまた手合わせしてやるから……っ」


 私は私なりに、彼女たちの為に働くとしよう。

 私の事を復讐鬼だと知りながら、その上で何事も無いように接してくれるとてもとても有り難い――


『小さい子供にはこうするものだと決まっておるからの。ほーれ、お尻ペンペンじゃ!』

「ひんっ!?ばっ、やめ――きゃんっ?!た、助けろリリエル――ひゃぅぅっ!!」


 ――そして、常識の若干欠けたご主人さま達の為に。


 私は二人が戯れているのをどこか微笑ましく思いながら、今夜は何を作ろうかと、今度は別の意味で頭を悩ませた。

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