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魔王少女、世にはばかる!  作者: bene
第十章 地の底に眠る廃棄物
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19.そして、両者は相見える

「……ふむ。まだ生きておるのか」


 廃棄地の最奥、一際巨大な構造物の頂上に住まう彼女は、尖兵からの報告を受けて興味深げに呟いた。

 黒髪を棚引かせつつ、口元に指を当てて目を細め、口元を軽く歪める。

 その素振りには焦りや怒りと言ったものは微塵もありはしない。


 如何に同胞を砕かれようと、喰われようと、彼女は微塵も心を揺らす事はなかった。

 それは、彼女がこの廃棄地の統べる女帝であるから……というだけでは無い。


「殺す物が殺され、喰われるとは。実に滑稽な話だな、久しぶりに笑えそうだ」

「縺イ縺――ッ」


 むしろ、それをさも愉快そうに笑いながら。

 彼女は報告しに来た尖兵をクシャリと、紙くずでも握り潰すかのようにすれば、部屋の隅に投げ捨てた。


 それが、廃棄地の女帝という存在そのものだった。

 暴虐と殺戮の化身。

 気に食わぬことが有ればそれを殺し、気に入ったものが居ればそれに寵愛()を与える、そんな理不尽の塊。

 しかしてそれをするに足る、絶対的な力を持っているが故に彼女は廃棄地を統べる者として君臨していたのだ。


「……なあ、主様。いつになれば私達は地上に出て良いのだ?」


 ただ、彼女にも一つだけ例外があった。

 物を言わぬ、彼女の腰掛ける椅子の隣にあるそれを見れば、彼女は愛おしむように言葉を紡ぐ。


「お前がただ、一言言ってくれるだけで良いのだ。全てを滅ぼせと言ってくれたのなら、私は喜んで地上に出て全てを滅ぼそう」


 愛をささやくような声色でそんな事を口にしながら、彼女は小さく息を漏らす。

 彼女は知っているのだ。

 それから言葉が帰ってくる事はないと理解していながら、しかし、或いは、もしかしたら――何か言ってくれるのではないか、と。

 叶うことはないと自覚しながらも、そうする事を彼女は辞められずにいて。


「……まあ、良い。どうせ今度も変わらない。何も、な」


 大きくため息を吐き出せば、彼女はそれの隣に腰掛けて、愛おしむように指先でその形をなぞった。

 そう、どうせ何も変わらない。

 今回も私のところまでたどり着く者は居ない。


 今まで幾度となく尖兵が反乱を起こしてきた。

 暴虐の化身である女帝を幾度となく殺そうと、鏖殺しようと迫ってきて。

 だがその尽くは、彼女のもとにさえたどり着くことすらなくただの塵になった。


 時には人間が廃棄地に攻め入ってくる事もあった。

 女帝は目を輝かせたが、しかし人間は酷く脆弱で、また彼女の元に辿り着けなかった。


 女帝は、最早何も期待していなかった。

 今回も変わらない。

 どうせ自らのもとに辿り着く者など誰一人居らず、自らの知らぬ内にすべてが終わっているのだ、と。


「……?なんだ、騒がしい」


 ――そう考えていた女帝の耳に、何やら地響きにも似た音が届く。

 地底であるが故に、地響き自体は時たま起こる事ではあったが、今回はそれとは大きく異なっていた。


 巨大な構造物が揺れ、外から壊れるような音が鳴り響く。

 彼女は天井から降る細かな砂から隣にあるソレを守りつつ、小さく息を漏らした。


 今度は一体何があったのか。

 門番として使ってやっている巨大な尖兵が転びでもしたか。

 どうせ、侵入者に依るものではあるまい。


 そう、彼女は努めて期待をしないようにしてきた。

 全てを殺す。

 人間も、魔族も等しく殺す為に作られた彼女は、その実その役割と一度たりとも果たしては居ない。

 彼女が殺したのは、壊したのは同胞である筈の尖兵だけで。

 本来の役割を果たすことが出来るかも知れない、という期待を幾度となく踏みにじられてきた彼女は、もう期待を裏切られたくは無かったのだ。


 だが、そんな彼女の部屋の外が騒々しくなってくれば、その表情は次第に喜悦に歪み始める。


「……いや、どうせ来ぬ。来るわけがない」


 外から尖兵達の悲鳴が響き渡り、砕け散る音が鳴り響く。


「期待をするな、ああ――」


 外から明らかに尖兵のものではない足音が響き渡る。


「――ああ、ついに、来たのか」


 そして、彼女はまるで花が開くかのように表情をほころばせた。

 頬を微かに赤らめ、まるで愛でも囁かれた乙女のような表情を浮かべれば、隣りにあるそれを愛おしむように撫でる。


「ついに、ついに主様の命を果たせる時が来たぞ……ああ、私は人間と魔族を鏖殺するもの。であれば、来る者には溢れんばかりの寵愛をくれてやらねばな――」


 ――音を立てて、彼女の居る部屋の扉が開け放たれる。

 そこに立っていたのは、黒い鎖を両腕に纏った少女と枯れ木のような老人、それに黄金色の女性にその従者二人。

 外見だけを見るのであれば、決して強者には見えないであろうその面々を見て、女帝は椅子から立ち上がり、称賛するように手を叩いた。


「――良くぞ、私の所まで来た。人間か、或いは魔族かは知らぬが歓迎しよう」

「――……」


 だが、侵入者――少女たちは、女帝を見れば足を、動きを止める。

 まるで信じられないものを見たかのような表情を浮かべながら女帝を注視して、言葉を失い。


 そんな彼女たちの様子に、女帝はふむ?と軽く首をひねった。

 一体何を侵入者達は戸惑っているのかと、思考を巡らせる。


「……ルシエラ、貴女に親戚や姉妹は?」

『おらんわ、そんなもの。じゃが、こやつが何なのかは大凡察せる』


「――ふむ、奇遇だな。()()()()()()()()()()なのか」


 ――女帝はそう言うと、少しだけ興味深そうに。

 そして、女帝のその言葉にルシエラはため息まじりに――エルトリスとの同化を解くと、その姿を晒した。


 まだ元の姿には遠い少女の姿でこそあったが、女帝とルシエラの姿はとても良く似ていた。

 黒い髪も、その妖艶さも。

 その全てが、本来のルシエラとまるで鏡写しで。


「ああ、そうだ。こういう時は名乗るものだったな――私はルシエラ。この地の王であり、全てを殺戮するものである」


 ……女帝ルシエラは、ルシエラと全く変わらぬ声色で、しかし酷く酷薄にそう言葉にすれば、真っ直ぐな――好意にすら似た殺意を、少女たちにぶつけてきた。

 女帝のその言葉にルシエラは小さく息を吐きだしつつも、エルトリスと再び一体化して――


『――気を付けよ、エルトリス。アレは私ほどではないが、尖兵とは比較にならんぞ』

「ああ、何となくだが解る……ありゃあ、確かにルシエラ(お前自身)だ」


「懸命に足掻き、羽撃く事を許可する。さあ――寵愛をくれてやろう」


 ――それと同時に、女帝はその全身から黒い鎖を解き放った。


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