18.導かれるままに、最奥へ
「~~……♪」
『この欠けたのは貰っていっても構わんかの』
「ええ、遠慮なくどうぞ。この子には必要ない部分ですもの」
エルドラドが鼻歌交じりに作業している横から、ルシエラがその辺りに散らばっている破片を手にして戻ってくる。
ホクホクとした表情でガリゴリと破片を噛み砕くルシエラを見ながら、俺はほんの少し、ほんの僅かにあの尖兵に同情してしまった。
奇怪な音を鳴らしながら断末魔をあげる尖兵に、エルドラドの刃は容赦なく走る。
立方体は既にその大部分が削り取られ、刃のような足は全て斬り落とされ、残った部分をエルドラドはまるで彫刻でも作るかのように削りながら整えていた。
とっくの昔に元の形を失った尖兵は、未だに悲鳴じみた声を上げていたけれど――その声さえも、既に元の無機質なものから様変わりしていて。
「――ヤメテ、ヤメロ、ヤメ――ッ」
「ん、いい声になってきましたわね。背はもう少し削りましょうか、ノエルの妹分ですし」
「あわ、あわわ……ごめんなさい、ごめんなさい……っ」
とうとう人のような声まであげるように変えられてしまった尖兵に、ノエルは心底申し訳無さそうに頭を下げていた。
まあ、そんな事をした所であの尖兵が元に戻るわけでもないのだけれど。
『んむ、うまい。やはりよく出来たモノほどうまいんじゃな、これ』
「よく出来た?」
『うむ、完成度が高いというべきかの。出来れば全部食べてしまいたいが――』
「それはダメですわ。この子を倒したのは私なのだから、それだけは譲れません」
『判っておるわ、流石に横から掠め取ろうなどとは思っておらん』
ガリガリと尖兵から削り出された欠片を平らげつつ、ルシエラは呆れたように小さく息を吐き出して、頬杖をつく。
完成度が高い、というのは恐らく尖兵の強さに関して、か。
先の奇妙な尖兵は、たしかにほぼ一方的に倒されこそはしたが決して弱い相手じゃあなかった。
アルカンやアミラが相手にしたあの門番たちと比較するのであれば、数段上だったと言っても良い。
見えない手の平はそれだけで十二分に驚異だったし、それの持つ力だって尖兵を容易く握りつぶせる程度には強かったのだ。
仮にクラリッサやリリエルが相手にしていたのであれば、もう少し戦闘も長引いたことだろう。
「……アルカン、今のオルカとメネスはアレくらいはやれんのか?」
「二人でならば、かのう。単独ではまだ厳しかろうな」
オルカとメネスも、二人がかりであれば勝てる――といった程度には強いであろう尖兵を、いとも容易く正面から倒したエルドラドは、俺やアルカンを除けば頭一つ分は抜けていると考えても良いのかも知れない。
……よくよく考えてみれば、以前俺がロアと戦う前――少なくとも半日以上は前に、エルドラドはロアと単独でやりあっていたのだ。
無論ロアも手を抜いていた節はあるが、それでも単独でアレとやり合えた時点で相当なものなんだろう。
「――よし、完成ですわっ。今日から貴方はノエルの妹分なのですから、私は勿論ノエルの言う事にも絶対服従。良いですわね?」
『あれで、性格さえまともならのう』
「……まあ、あの性格だからこそだろうし、うん」
――これで性格さえ真っ当であったなら、今頃はどこぞで国でも興してたのかもなぁ、なんて思いつつ。
しかしそれじゃあこれほどにはならなかっただろうと自分を納得させて、俺はアルカンと一緒に作業を終えたらしいエルドラドの元へと歩いていった。
さて、一体あの尖兵はどうなってしまったのか、と思えば――
「……コロセ。コロシテクレ、コンナブザマ……」
「これは、また……」
『……なんとも、まあ』
『可愛いけど、可哀想』
――そこに居たのは、ノエルよりも頭一つ分は小さい、下半身がむちりとした全裸の幼い少女だった。
文字通り全身を黄金に変えられた上で形を整えられてしまったのだろう、肌から髪の毛まで全て黄金のそれは、しかし金属とは思えないほどに柔らかく身体を動かし、屈辱に震えていて。
「貴方にはもう死ぬ自由もありませんわ?さあ、挨拶なさい」
「ヒンッ!?……ア、ァ……ッ、ワタシ……ワタシハ、エルドラドサマノ、シモベ……ノエル、オニイチャンノ、イモウト……バウム、デス……」
しかし、エルドラドにぺちん、と軽く尻を叩かれれば、甲高い声を上げながら。
元尖兵――バウムは、ぷるぷると身体を震わせながら、ペコリと俺達に頭を下げた。
……なんともはや、可哀想としか言いようがない哀れみを誘うその姿に、俺は小さく息を漏らしつつ視線を合わせる。
「おい、廃棄地で一番強い奴は誰だ?」
「ダ、ダレガキサマナドニ――」
「ちゃんと答えなさい、バウム。エルトリスは私より格が一つ上なのですから、逆らう事は許されませんわ」
「――ッ、ギ、ギギ……ッ!!コノ、チヲ……オサメル、オウガ……イマ、ス。コチラ、デス」
心底悔しそうに歯軋りを鳴らしながら、バウムは俺達を案内するかのように歩き出した。
子供同然の幼い手足を慣れないように動かしながら、バウムはたどたどしい歩調で廃棄地を進んでいく。
「さ、それじゃあ行きましょうか、エルトリスにお爺さま?」
「カッカッカ、お嬢ちゃんは怖いのう。儂も怒らせんようにせんとな」
『……飛ばされた、人達、は……どうする?』
『何、あやつらなら問題なかろう。ここの連中に遅れを取る事などそうそうあるまい』
「それもそうだな。んじゃ、一足先にご対面といこうか」
ほんの少しだけリリエル達の事を心配しつつも、結局俺達もバウムの後をゆっくりと付いていくことにした。
薄暗く広い地底に乱立する塔の間を抜けて、抜けて、歩くこと十数分。
壁が見えてくれば、地底の果てにでもぶつかったのかと思い足を止めて――
「……ココ、ガ。ワレラガオウノ、スミカ、デス」
――それが、巨大な構造物の一部だと気付いたのは、バウムにそう言われてからだった。
見上げてみれば、たしかにただの壁ではなく。
周囲にある塔を束ねたかのような、ひときわ立派な構造物を前にすれば、俺はそれを見上げて……思わず、くらりと頭が揺れそうになってしまった。
「これまた、随分だな。わかりやすいっちゃわかりやすいが――」
額を軽く抑えるようにしつつ、ため息を漏らす。
まあ、良いか。どうせルシエラの栄養にするだけなんだし、あまり細かい事を気にしている訳にもいかないだろう。
俺はそれじゃあ中に入ってみるか、と扉を探して……不意に、ズン、と重たい足音が周囲に鳴り響いた。
「……ッ、エエ、ソシテアナタガタハ、ココデオワリデス!!イカニアナタタチガツヨクトモ、ココニハアレガイルノデスカラ――ヒンッ!?」
「全く、跳ねっ返りですわねこの子は」
その足音を聞いた途端、バウムは俺達を嘲るように叫びだし――パチン、と尻を叩かれると甲高く声を上げ、蹲って。
そうこうしている内に、ズシン、ズシン、と重たい足音が俺達の元へと近づいてきたかと思えば、それは巨大な構造物の影からぬるりと姿を表した。
今までの尖兵達とは違い、刃や武器と言ったものが一切無い、つるりとした身体。
頭のない人型、とでも言えば良いのだろうか。
凹凸がないそれは、地面を踏み鳴らしながら胸元にある丸い空洞を目の代わりにするかのように、俺達の方を向いて――
「ま、いいさ。ちょうど良い肩慣らしだ、なあ」
『うむ。いい加減私も身体を動かさなければ、錆びてしまいそうだからの』
――俺とルシエラはそう口にすれば、互いに手を繋いでからその巨大な尖兵に視線を向けた。




