17.地の底に映える黄金②
黄金の腕と不可視の掌が、空中で激突する。
エルドラドはノエルからの言葉を聞くのと同時に腕を創り出しぶつけ、奇妙な尖兵は只管にエルドラドが放つそれを握りつぶし続けていた。
「これはまた、大したもんじゃな」
「どっちがだ?」
「言うまでもないじゃろう」
アルカンの言葉に、エルトリスはそうだな、と小さく呟いて目の前で戦うエルドラドに視線を向ける。
……エルトリスの中で、エルドラドは決して強い存在ではなかった。
確かに魔剣に取り憑かれた――もとい、魔剣そのものが肉体を得たエルドラドは他の仲間たちとは明らかに別の存在ではあった。
一応は格付けが済んだという理由でエルトリスの元に付いている彼女ではあったが、その実エルトリスに対して忠誠を誓っているだとか、どこかからエルトリスの監視を命じられている訳ではない。
そもそも最初に出会った時は、完全な敵同士だったのだ。
そういう意味ではクラリッサも敵として出会いはしたが、まだ彼女のほうが幾分か穏やかでは有った。
エルドラドは自らを手にした哀れな犠牲者を即座に自らのものとして、血と肉を得た文字通りの魔性の武器。
エルトリスは初対面の時に酷い辱めにあった事を思い出せば、顔を赤く染めながらもプルプルと頭を振った。
「……しかし、あそこまでやるとはなぁ」
『あれもあれで一廉という事じゃろう。何より、奴は人ではないからの』
「人ではない――まあ、そりゃあそうだが」
ルシエラの言葉に、エルトリスは軽く言葉を捻る。
エルドラドの本体はあくまでも魔剣だ。
そういう意味では、どんなに豊満な美女の姿をしていたとしても、それは彼女自身の本来の姿ではない。
ただ、どうやらルシエラが言っているのはそういう意味ではないらしかった。
少しずつ金色を地面に広げながら、奇妙な尖兵へとじわりじわりと近づいていくエルドラドを見ながら、エルトリスは考える。
人であり魔性の武器を扱う自分たちと、魔性の武器が人を扱うエルドラドの一番の違いは、一体何なのか。
「……ああ、そうか」
魔性の武器その物が能力を扱うのだから、十全に力が扱えるというのは確かにあるだろう。
他人に自らの力の扱い方を教えたとしても、十全に使えるまでには中々時間がかかるものだからだ。
ただ、ルシエラの言葉の意味はきっとそれではない。
恐らく、ルシエラがエルドラドを人ではないと口にしたその一番の理由は――
「……さて、そろそろ万策尽きたといった所かしら?」
カツン、と足音を鳴らしながら、エルドラドは奇妙な尖兵に軽く笑みを零す。
奇妙な尖兵はそんなエルドラドを目の前にして、キリキリとどこか悔しげに金属音を鳴らしていた。
奇妙な尖兵が最初に見せていたような余裕など、既に無い。
不可視の掌で幾度となく攻め立てようと、エルドラドの黄金の腕による守りは破ることが出来ず、また彼女の歩みを止めることさえ敵わなかった。
投擲した無機物さえも、彼女が創り出した黄金に触れてしまえばその途端に彼女の支配下に入る。
不可視の掌で握りつぶすことは出来たとしても、それで出来るのは彼女の歩みを僅かに遅らせることだけで――何より、黄金の腕を無視する事がどういう事なのかを奇妙な尖兵が理解してしまった事こそが、彼の不幸だった。
「縺翫?繧後?√%繧薙↑鬥ャ鮖ソ縺偵◆蜉帙r――!!」
「あ、今悔しがりましたわね?ふふ、ええ、ええ……そういうのはどんどん見せて構いませんわ」
からかうように、エルドラドが言葉を口にする。
最初は彼女の周囲だけに広がっていた金色は、すでに奇妙な尖兵の近くにまで広がっており。
奇妙な尖兵は少しずつ後退しながら攻撃を繰り出しているものの、エルドラドはそれをまるで子供の癇癪でも楽しむかのように、一笑に付した。
だがそれでも――もし言葉を発せられるのであれば、奇妙な尖兵はこう考えたことだろう。
まだ、万策がつきた訳ではない。
アレがもっとも油断したその瞬間に、必殺の一撃を与えたならば、それで自らの勝ちなのだと。
「さあ、それじゃあそろそろ終わりに致しましょう。安心なさいな、私の下僕として、ノエルの妹分として、大事に大事に扱って差し上げますから――」
その表情にあるのは、言葉通りの慈悲では断じて無い。
それこそが、エルドラドの本性であり彼女が人ではないとルシエラに言われた理由だった。
彼女には、倫理観というものがない。
彼女は、ただ一人を除いて他者の気持ちを理解も、優先もしない。
それが、敵ならば尚更に。
エルドラドは今、目の前の奇妙な尖兵をどんな造形にしようかという事で頭が一杯で――
「――謐峨∴縺溘◇??シ」
――そして、奇妙な尖兵はそれこそはエルドラドの隙だと理解していた。
一瞬。
ノエルがエルドラドに不可視の腕を伝えるよりも早く伸ばした、複数の掌を束ねた大きな掌が、エルドラドを握りしめる。
「あ、ら」
エルドラドはそれを少しだけ意外そうに眺めながら――次の瞬間、ゴキ、とその身体を歪められた。
ゴキ、ベキ、ボキン。
聞くに堪えない音を鳴らしながら、エルドラドもノエルも歪み、拉げ、潰れていき――
「縺ッ縺ッ縲√←縺?□?∫ァ√?蜍昴■縺??!!」
「あら、凄い凄い。八本あった腕を束ねれば、そんな事も出来ますのね」
――勝ち誇った奇妙な尖兵の、その足元。
既に広がっていた金色領域から、聞こえるはずのない声が響き、奇妙な尖兵はその音を途切れさせた。
まるで沼に潜っていたかのように、金色の領域から上がってきたのは、先程――否、今握りつぶしているはずのエルドラドと、ノエル。
奇妙な尖兵が自らが握りつぶしたものを見てみれば、たしかに握りつぶしたものは血の一つさえ流さぬままにそこにあって。
「――さあ、それじゃあ始めましょうか。ノエル、どんな子が良いとかあったら遠慮なく言って頂戴ね?」
「は……は、はい。ごめんなさい……っ」
――奇妙な尖兵は、トスッ、と自らの身体に突き立てられた金色の刃と。
笑顔で、理解できない言葉で死刑宣告を告げた黄金姫と、申し訳無さそうに自らに頭を下げた、その従者に。
その異常性と絶望に――そして何より、音を立てて作り変えられていく自らに、断末魔にも似た叫び声をあげた。




