16.地の底に映える黄金①
――先んじて動いたのは奇妙な尖兵だった。
動いた、とは言っても飛んだり跳ねたりしたわけではない。
それを察知できたのは、図抜けた経験を持つエルトリスとアルカン、それに千里眼を持っていたノエルのみ。
「――エルドラド様、横に跳んで下さい!!」
「ええ、解りましたわ」
エルドラドには何が起きているのか、何が起ころうとしているのかはまるで見えていない。
だが、ノエルに全幅の信頼を置いているエルドラドは、その言葉に疑問さえも挟む事無く、言われるままに思い切り横に跳んだ。
エルトリスとアルカンも、見えない何かを避けるように跳んで――
「……っ!?これ、は……っ!」
「何だ……身体が、動かん……っ」
「馬鹿な、何をされたというのだ……っ!?」
――そして、そう出来なかったリリエル達はまるで見えない何かに握られたかのように、ふわりと宙に浮かび上がった。
ミシミシと勝手に軋む身体に、まるで自由が効かない身体に彼女たちは困惑して。
「――縺薙■繧峨?縺?i縺ェ縺?〒縺吶?」
「なん、で――翼が、開かない――っ!?」
「……っ、アルカン様!私達のこトは気にせず――!!」
次の瞬間、まるで矢のような疾さで、リリエル達は広い広い塔の立ち並ぶ空間の東西へと吹き飛ばされた。
声を上げる間も無く飛ばされていくリリエル達に視線を送る事さえ無く、エルトリス達は目の前の奇妙な尖兵を見る。
奇妙な尖兵はまだ殺意らしい殺意も見せず、ただ選り分けただけだという事を、エルトリス達は直感で理解していたのだ。
さて、不可視の攻撃を持つ手合にどうやって攻め入ったものかと二人は思考を巡らせて――
「……随分と奇妙な技を使いますのね、貴方」
――そんな最中、エルドラドは悠々とエルトリスとアルカンの前に歩み出た。
二人とは違い、ノエルの千里眼を以て不可視の何かを避けたエルドラドはその金糸の如き髪を掻き上げつつ、妖艶に微笑んで。
そんなエルドラドの姿を見れば、奇妙な尖兵はキリキリ、と小さな金属音を鳴らし、身体を仄かに光らせた。
まるで歓迎でもしているかのような、そんな仕草。
「縺オ繧?縲√∪縺壹?雋エ譁ケ縺ァ縺吶°」
「何を言っているのかは判りませんけれど、気に入りましたわ。未知の技、未知の経験――ええ、貴方を私の下僕にして差し上げます」
「……カカッ、何じゃまた随分愉快な娘っ子じゃなぁ!!」
エルドラドが金色の切っ先を煌めかせながら、奇妙な尖兵にそう宣告すれば、アルカンは心底愉快そうに笑い。
エルトリスもその言葉に頭を掻けば、仕方ないな、とルシエラと共に塔に寄りかかるように腰掛けて。
『そういう事ならば、私らは一切手助けはせんぞ小娘』
「ええ、私とノエルで十分ですわ。そこで指を咥えて見てらっしゃいな、お嬢さん」
『ぬが……っ!?』
ルシエラの言葉にからかうようにそう返せば、エルドラドはヒュン、と金色の剣を軽く振るい、周囲の地面を黄金へと変えていく。
薄暗い地底に輝く黄金で軽く周囲を照らしながら、エルドラドはノエルを軽く抱き寄せた。
「――来ます、エルドラド様!!」
「それではまずは、種明かしをして貰うと致しましょうか」
音もなく、姿もなく。
再び不可視の何かが来たことをノエルが告げれば、瞬間、エルドラドは切っ先を真上に跳ね上げた。
ピュン、と風を切る音を鳴らしたかと思えば、エルドラドの周囲に有った黄金がごぽり、と波を立てていく。
波を立てた黄金は、勢いよく音を立てながら湧き上がるように壁を造り――
「縺サ縺??√%繧後?髱「逋ス縺」
――その壁が、ベコン、と音を立てて凹んでいく。
ベコン、ベキ、ボキン、と大きな音を鳴らしながら、まるで大きな手の平に鷲掴みにされているかのような手形が幾つも、いくつも黄金の壁に出来上がって――……
「縺ァ縺吶′縲∵沐繧峨°縺吶℃縺セ縺吶?」
「……成程。わかりやすい答えといえば、そうなのかしら」
そして、黄金の壁が文字通り握りつぶされれば。
そのまま迫りくる不可視の掌からエルドラドは身を翻し、小さく息を吐き出した。
続いて追撃が来ると考えたのだろうエルドラドは、再び黄金の剣を振るって黄金の壁を創り出し、それが既の所で大きな掌を遮っていく。
「良いですわね、貴方は荷物持ちにとても便利そうですわ。ノエルの妹分にして差し上げましょう」
「え、えっ!?」
「ぷ……っ、あはっ、きゃはははっ!!」
「カッカッカ!妹分か、それは良い!」
だが、彼女の余裕は崩れない。
未だ攻勢に転じる事が出来ていないエルドラドのその言葉に、ノエルは戸惑い、遠くから戦いを見ていたアルカンやエルトリスは軽く噴き出した。
「髫丞?縺ィ菴呵」輔′縺ゅk繧医≧縺ァ縺吶′――」
それを見て、言葉を解せずともどんな態度をとっているのかだけは理解したのだろう。
奇妙な尖兵はキィ、と少し甲高い音を鳴らすと――エルドラドが創り出していた黄金の壁は、瞬く間にベキン、と握りつぶされ、圧縮されて。
まるで拙い矢か、あるいは槍のようにただ鋭く形を整えれば、幾つも作り上げた歪な武器は宙に浮かび上がり、エルドラドにその穂先を向けた。
「――荳肴ч蠢ォ縺ァ縺吶?縲よュサ繧薙〒荳九&縺」
キュン、と風切音と言うにはあまりにも鋭い音が鳴り響く。
恐らくは不可視の掌で歪な武器を投擲しただけなのだろうが、それだけの事が余りにも疾い。
金色の軌跡を微かに残しながらエルドラドに殺到したそれは、寸分違わず彼女に叩きつけられて――
「あらあら、随分と手癖の悪い子ですわね?」
――しかし、その尽くはエルドラドに突き刺さるその直前で、静止していた。
エルドラドが不可視の掌を有しているわけではない。
歪だった武器の形が、見る見る内に、水飴でも捏ねるかのように変貌していく。
鋭く尖った刃に、華美な装飾が施された槍に、突けば折れ曲がりそうな細身の剣に。
そうして形を変えた装飾品のような武器を自らの周囲に浮かべれば、エルドラドは薄っすらと、妖艶な笑みを浮かべて見せる。
「……先ずは、軽く調教して差し上げますわ。私の下僕、ノエルの妹分として、ね?」
「縺吶$縺ォ謐サ繧頑スー縺励※蟾ョ縺嶺ク翫£縺セ縺励g縺??りi縺ョ蝪翫↓縺ェ繧翫↑縺輔>」
ごぽり、ごぽりと波打つ金色の床から靭やかな黄金の腕が伸びてくるのを見れば、奇妙な尖兵もどこか楽しむように笑い。
――そして、不可視の掌と黄金の腕が激突した。




