21.1章エピローグ 少女の名、広まる
「――だから、エルトリスという冒険者はどこに行ったのだ!?」
辺境都市、レムレス。
それなりに大きなその都市の一角にある冒険者ギルド、その二階から野太い罵声が響き渡る。
ギルドの長であるギリアムは、その罵声を指で耳栓をしながら聞き流しつつ、今日何度目かもしれない溜息を漏らした。
「ですから、さっきから言っているでしょう。彼女なら大分前にレムレスを発った、その後は知らない……と」
「そんな筈はあるまい!ギルド長であるお前ならば、冒険者の足取りは把握している筈だ!」
呆れたようなギリアムの言葉に、ダンッ、とその大きな拳を机に叩きつけながら、ガタイの良い大男は威圧するように彼を睨みつける。
並の人間なら萎縮して震え上がり、隠し事などあれば直ぐに吐いてしまうであろう程の威圧。
だが、そんなものなどつい先日魔族と対峙したギリアムにとっては、そよ風のようなもので。
「……それが、彼女に関してだけはすっぱりと抜けておりまして」
「んな……っ、貴様、私がランパードの軍人だと理解しているのだろうな!?」
暖簾に腕押し、と言った様子のギリアムの反応に、男はとうとう威圧だけではなく自らの肩書きを使った脅しまで行使し始めた。
ランパード。
軍事大国として名高い三大国の一つであるその名は、確かに普通の相手であるのならば脅しとしては有効だろう。
三英傑の中でも最強の名を冠している武神アレクシスを擁しているランパードは、こと武力においては三大国の中でも最強に位置している。
そんな国の軍人が、情報を吐け!と脅しをかけているのだ。断れば何をされるのか分からないその恐怖は、実際大抵の人間には有効だった、のだが。
「――それが、何か?」
「き……っさまぁ……っ」
ただ、レムレスの冒険者ギルドの長であるギリアムには、何一つ意味を為す事はなかった。
そもそもの問題として、仮にギリアムが何かをこの男に秘匿していたとしても、ランパードという大国が動くことは有り得ない事をギリアムは知っている。
だから、この男の脅しはそれを理解している者にとっては、寧ろ失笑さえ誘う文句であり――それに対して真顔で、笑うことも無く対応しているだけギリアムは有情とさえ言えた。
だが、今までそれで情報を強引に集めてきた男には、そんな有情さなど、優しさなど伝わろう筈もない。
「良いだろう、ならば貴様の体に聞いてやる――!!」
あろう事か、男はまだ傷も癒えていない、体の所々に包帯を巻いている怪我人を拷問――というよりは、暴行する事で情報を聞き出そうとしたのである。
男は、ギリアムの事を知ってはいたものの所詮は現役を退いたロートルであり、しかも怪我人だからと完全に下に見ていた。
仮にも男は軍人であり、日頃から鍛えているのだから、負けようはずがないと。
「……はぁ。折角紳士的に対応してやったってのに」
「え――」
――無論。
魔族ともある程度渡り合えるギリアムが、その程度の手合に遅れを取るなど、あろうはずもなく。
掴みかかろうとした男にうんざりとした口調でそうボヤいた瞬間、男の視界はぐるん、と回った。
次いで、部屋に響くのは何か重たいものが床に叩きつけられ、床が破砕する音。
「~~~~~~……っ!?!?」
「げ、クソ重たすぎるだろこの馬鹿……!」
ただぶん投げて黙らせるだけのつもりだったギリアムは、割れた床板を見て眉をひそめながら、大きく肩を落とした。
何しろつい最近大金を支払ったばかりなこの冒険者ギルドは、今現在素寒貧と言ってもいいほどの資金難に陥っているのだから、仕方がない。
「……クソッ、また怒られちまうなぁ。おーい、お客さんがお帰りだ!」
部下から叱責を受けるんだろうなぁ、と軽く頭を抱えながらも、ギリアムは気絶した男を引きずりながら、階下へと降りていく。
全く、もうこんな来客がなければいいんだが――なんて言外にはしなかったものの。
男の背中を階段にゴン、ゴン、と叩きつけながら運んでいくその姿からは、溜まっているストレスを十二分に察する事が出来た。
ぽいっ、とギルドの裏口から外に放り出せば、ギリアムはついこの間まで居た少女のことを思い出す。
――魔族を倒した、なんて話がすっかり広まってしまったあの少女、エルトリスは今や大国から付け狙われる身となってしまっていた。
祝勝会の翌日に送り出さなければ、もしかしたら都市を出れたとしてもその先のどこかで今のような連中に捕まっていたかも知れない。
無論、その場合はその連中が大変なことになるのだろうが――そうなってしまえば、大国の連中はより執拗に、そして強引にエルトリスを確保しようと動いていただろう。
「……アイツらに、少しでも恩が返せたんなら良いんだが」
誰に言うわけでもなく。
その容姿に似合わず傍若無人で戦闘狂な少女が面倒事に巻き込まれていませんように、なんて心の中で願いつつ、ギリアムは大きく伸びをするとギルドの中へと戻っていった。
また壊しましたね、なんて耳の痛い言葉を受けながら階段を登ろうとした最中。
ギリアムの目に、ごく最近――先日から張り出された貼り紙が映る。
――魔人殺しエルトリス。情報求む。本人を連れてきた場合、金貨1000枚を――
「ったく、どれだけ必死なんだか。そんなに英傑を抱えてどうしようってのかね――」
その貼り紙は、ランパードからの物だけではなく。
もう一つの大国、テラスケイル公国からも同様の貼り紙がなされているのを見れば、ギリアムは心底呆れたような――そして、侮蔑を含んだ言葉を吐き出した。
「――っくちゅんっ」
『なんじゃ、どうした。風邪か?子供は風の子じゃろうに』
「誰が子供だ……ぶん殴るぞ馬鹿剣」
一方、その頃。
自分たちに法外な懸賞金が掛けられているなど知る由もないエルトリス達は、竜車に揺られながら誰も通らず少し荒れている街道を走っていた。
幸いというべきか、半ば閉鎖状態にあるクロスロウド大森林へ向かうなどと予想した者は誰一人として居らず。
「いやー、しかし竜車ってのは良いな。ルシエラ持って走らないで良いのは楽だ」
『おーい、リリエル。まだ大森林には着かんのか?』
「あと一日ほどかかるかと。もう少ししたら休憩になさいますか?」
「ああ、頼む。テメェの料理は美味いから楽しみだ」
『うむ……丸焼きとオサラバ出来たのが、ここまで幸せな事だとはのう……』
……その御蔭で、一行は半ばピクニックのような気分でのんびりとした旅を楽しんでいた。
クロスロウド大森林まで、あと一日。
そこで待ち受けているものを、エルトリスたちは未だ知る由もない。
これで一章、辺境都市編はおしまいです。
二章を書き始める前に閑話という名のどうでも良いお話を少し挟んだりする、かも。