14.門を守るもの④
「く……っ」
「縺偵?繧??繧??繧??繧?シ?シ∵スー繧後m貎ー繧後m貎ー繧後m縺会シ?シ!!」
洞窟の中に、耳障りな異音と共に鎚が打ち付けられるような音が鳴り響く。
盾の尖兵が振るう鎖鎚は、決して破壊力が高いという訳ではなかった。
打ち付けられた箇所の岩は砕け散りはするものの、だからといって大地が割れると言った凄まじさが有るわけでもない。
ある程度の戦士であったならば、それこそ受ける事さえできそうな程度。
射出するかのように放たれるが故に速くはあったものの、特徴といえば精々それくらいだったのだ。
「は、ぁ……っ、くそ、動きづらい……っ」
――問題が有るのだとすれば、それ以外の部分。
アミラは額から汗を垂らしつつ、何とか鎚から身体を翻して逃れ続け、攻撃らしい攻撃をすることができなくなっていた。
本来の彼女であれば、それは有り得ない事だ。
弓という武器でありながら、至近での戦闘さえも問題なくこなしてみせる彼女にとって、盾の尖兵は有象無象の一人に過ぎない筈だった。
彼女の唯一のミスは、掠めただけ――そう、手傷にさえなりえない程度の接触。
ただそれだけで、アミラは取るに足らない相手に汗をかかされてしまっていた。
まるで子供のような、短い手足。
寸詰まりにされてしまった胴体。
スラリとした、それなり背の高かったはずの肢体は今や盾の尖兵よりも僅かに小さく。
そして、何よりそれらが大人の時と変わらぬ太さで、重さで変化したせいで、アミラは思うように動く事ができなくなってしまったのだ。
矢を握ろうとする指先は短く、太く。
地を蹴ろうとする脚も短く、太く。
着地する度に弾みそうになる身体で必死にバランスを取るその姿に、盾の尖兵はただ只管に嘲り笑う。
――それが、盾の尖兵が持つ異能だった。
長さを損なわせる、即ち短くする、ただそれだけの異能。
短くなったものは質量が変わる事もなければ、また命が損なわれる訳でもない。
盾の尖兵は相手を殺す能力を殆ど有していない、尖兵としては決して強くない部類の存在である。
だから、盾の尖兵は相手を殺す事ではなく屈辱の内に叩き込む事こそを是とし、楽しみとしていた。
いかなる強者であれど、一度短くされてしまったのであれば、その強さは大きく損なわれる。
だからそこまでは、いかなる無様を晒そうとも、嘲笑を浴びようとも、盾の尖兵は何一つ気にする事さえなかった。
……一度その鎚が触れたのであれば、その瞬間から立場は逆転するのだから。
「縺輔≠?√&縺ゅ?√&縺ゅ?√&縺ゑシ∝ケウ縺ケ縺」縺溘¥辟。讒倥↓縺ェ縺」縺。縺セ縺茨シ?シ!!」
事実、二度触れられてしまったアミラはその力を大きく減じてしまっていた。
アレほど手玉に取っていた筈の盾の尖兵に一方的な攻撃を許し、アミラの方は攻撃をする事さえ叶わない。
盾の尖兵は笑いながら、鎖鎚を振るい続ける。
あと一度、何処かに触れたのなら今度こそアミラは戦う事さえ敵わなくなるだろう。
腕に触れたなら、その腕は赤子の如き短さになり、物を持つ事さえできなくなる。
脚に触れたのなら、その脚は曲げる事さえ叶わぬ短さになり、歩く事さえできなくなる。
頭に触れたのであれば、その背丈は更に減じて最早身動きすらできなくなるだろう。
そうなってしまえば文字通りお終いだ。
平たくなるのか、或いは球状になるのか。
どうなるにせよ、アミラを待っているのは滑稽な、屈辱的な敗北だろう。
それでもアミラが死ぬ事はない。
盾の尖兵が振るう鎚には決して殺傷能力は備わっては居ない。
身動きさえも叶わぬ無様な姿になりながらも、生き続ける無様なオブジェ――盾の尖兵は幾つも持っているそのオブジェの一つに、アミラを加えようとしていた。
「縺昴♀繧峨?√>縺、縺セ縺ァ騾?£縺ヲ繧薙□繧医♂!!」
「何を、言っているのかは判らないが……っ」
――盾の尖兵は知らなかった。
今まで相手にしてきた上層の尖兵、それに極々稀に現れた人間はこの時点で既に戦意を、戦うすべを失っていたが故に。
それ故に、まだアミラが何一つ諦めておらず、勝つ算段を練っていたとは思っても居なかったのだ。
「菴補?ヲ窶ヲ鬥ャ鮖ソ縺鯉シ!!」
横薙ぎに振るわれた鎖鎚から身を逃れさせるように、アミラが跳ぶ。
その跳躍はその短い脚では決して出来るものではなく――矢に込められた風を解き放った反動によるもので。
その動きに一瞬だけ盾の尖兵は呆気にとられはしたものの、すぐさま空中に居るアミラに向かって鎖鎚を振るった。
逃れる事はできない。
空中では身動きなど出来はしないし、ましてやアミラは馬鹿げた事に盾の尖兵に向けて矢を番えており――故に、盾の尖兵は勝利を確信した。
「――皆の前で恥をかかせた報い、受けてもらうぞ」
――刹那。
アミラの底冷えするような声とともに、矢が放たれる。
それでも盾の尖兵は自分の勝利は揺るぎないと思っていた。
アミラの矢を幾度となく受け、一度でそれが自らの堅牢な身体を破壊出来ない事をよく理解していたからだ。
「縺弱c縺ッ縺ッ縺ッ窶補?輔??」
ガクン、と何かに引っ張られるような感覚に、盾の尖兵は姿勢を崩す。
何が起きたのか理解できないのか、何度も身体を捻りながら鎖鎚を振るおうとするものの、それが叶う事は最早ない。
「縺ッ窶ヲ窶ヲ縺ッ縲?ヲャ鮖ソ縺ェ縲?ヲャ鮖ソ縺ェ!?」
「……っ、つ……っ!ああ、くそ……っ、お前を破壊すれば元に戻れるんだろうな、全く」
着地した反動で転び、小さく声を漏らすアミラは完全に隙だらけだった。
だが、そんなアミラに追撃することさえ、盾の尖兵には叶わない。
鎖鎚の、その鎖。
高速で動いているはずのその小さな小さな穴が、アミラの放った矢によって穿たれ、地面に縫い留められていたのだ。
ぽよん、と軽く跳ね、転び。
羞恥に顔を紅く染めつつも、アミラは底冷えするような声で盾の尖兵に死刑宣告をすれば、ゆっくり、ゆっくりと近づいていく。
「譚・繧九↑縲∵擂繧九↑譚・繧九↑譚・繧九↑――!!!」
「ああ、それは何となくだが解るぞ。来るな、と言ってるのだな」
苦し紛れに振るったもう片方の鎖鎚も岩に縫い留められてしまえば、盾の尖兵は今度こそ抵抗するすべを失い。
そんな盾の尖兵にアミラは近づけば――にっこりと、柔らかく笑みを浮かべ。
「……ふ、ぅ。良かった、元に戻れて本当に良かった……」
――幾度となく鳴り響いた轟音の後、元の姿に戻ったアミラは心底安堵したように胸をなでおろしていた。
その足元に散らばるのは、先程までは盾の尖兵であったもので。
アミラはそれを軽く拾い集めれば、門番を失ったからか開き始めた巨大な扉を尻目に、それを袋に入れてエルトリス達の元へと戻っていく。
「お疲れ、ちょっと油断したな」
「う……言わないでくれ、恥ずかしい」
エルトリスの言葉に、アミラは耳まで顔を赤く染めて俯きつつ、手にした破片をルシエラに手渡した。
そんなアミラの様子に、少しだけ可笑しそうに笑いながら、エルトリスはぽんぽん、と軽く肩を叩き――
「……おいエルドラド、それは何だ」
「あら?先程の貴女の勇姿を残して差し上げようかと……ぷっ、ふふっ」
「やめろ!!思い出させるんじゃない、さっさとそんなもの無くしてしまえバカ――ッ!!!」
――からかうようなエルドラドの笑みと、その手に乗せられた黄金色の……手足の短く寸詰まりで、太い女性の像を見れば。
アミラは涙目になりながら、洞窟に響き渡るような大声で叫んだのだった。