11.門を守るもの①
カシャン、カシャン、と金属音が地の底に鳴り響く。
身の丈4mはあろう長身は、アルカンが自分に敵意を向けるのと同時にその細長い身体を獣の如く四足に屈めてみせた。
「ほう、獣じゃったか。良い、良い――中々楽しめそうだの」
四足になって尚アルカンよりも遥かに高い背丈をしたその獣の如き尖兵に、アルカンは笑ってみせる。
それは果たして余裕か、或いは心からの言葉か。
それを判別する間もなく、一頭が駆け出した。
細長い手足をまるでバネのようにしならせながら、獣の尖兵が駆ける。
甲高い金属音を鳴らしながら、洞窟に火花を散らしながら駆けるその動きは、正しく獣だった。
ただ、その疾さだけは獣というには余りにも速い。
それこそ、目にも留まらぬ疾さというべきか。
残像さえも生まれる程の疾さで縦横無尽に駆け回れば、天井、壁、床に次々と火花が散っていき――
「謌千ィ九?∝ュ伜、紋セョ繧後〓」
――しかし、獣の尖兵はアルカンの間合いに踏み込む事はなかった。
隙を伺うように周囲を跳ね、跳び、そして駆ける。
そんな獣の尖兵の様子を見れば、アルカンはクク、と小さく喉を鳴らし。
「……ふむ、そちらから来ぬのであれば、儂から行ってやろう」
その構えをゆるりと解けば。
そのままゆっくりと、悠然と駆けている獣の尖兵の元へと歩き出した。
獣の尖兵は困惑する。
獣の尖兵はすでにアルカンが油断ならない存在だと理解していた。
だからこそ、今アルカンがやっている行動がまるで理解できない。
腰に帯びた刀を手にすることさえ無く、ただ縦横無尽に駆ける自らに近づこうとする、その自殺行為の意図が判らなかった。
しかし、意図は判らずとも好機は好機。
獣の尖兵は一際強く地を、天を蹴り、跳ねればアルカンへと疾走する。
まるで風の如き疾さで迫る獣の尖兵に、アルカンはようやく刀に手を伸ばし――
「縺舌?√≧窶ヲ窶ヲ??シ!?!?」
「――甘い、甘いのう。隙にでも見えておったか」
――獣の尖兵の、馬上槍が如き脚が貫くその刹那。
激しく散った火花に、そして突然起きた衝撃に、獣の尖兵の身体が跳ねた。
そのまま転がりこそしなかったものの、四足のままアルカンから距離を取れば、獣の尖兵は戦慄する。
アルカンの膂力は、断じてずば抜けている訳ではない。
アルカンは外見通りの老人であり、無論老人とは思えぬ程の身体能力を有してはいるものの、4mもある金属の塊を弾き飛ばす事など決して出来る筈が無かった。
……獣の尖兵は、自らの最硬度を持つ脚を幾重にも、幾重にも打たれ破壊された事に気付けば、キリキリと音を立てながら身構える。
油断をしては居ない。
それでも尚足りないというのであれば、こちらも全力を出さざるを得ない――と。
「遘ー雉帙@繧医≧縲∵椡繧梧惠縺ョ螯ゅ″莠コ繧」
「……む」
獣の尖兵の言葉を、アルカンが理解することはない。
ただ、その纏う雰囲気が変化したことを察して、アルカンは軽く身構えた。
アルカンの構えを見て、獣の尖兵は笑うように金属音をかき鳴らす。
「縺昴@縺ヲ險ア縺帙?ゅ%縺薙°繧峨?蜍晁イ?縺ァ縺ッ縺ェ縺」
――その瞬間、ガクン、とアルカンの身体が傾いた。
体勢を崩したわけではない。
ましてや、ダメージを負うなどある筈もない。
アルカンの脚が、まるで底なし沼にでも浸ったかのごとく、硬い地面に沈み込んでいく。
文字通り底が無いかのように、アルカンはその半身までを沈み込ませ――
「――カカッ、成程のう。見てくれだけではなく魔性じゃったか。良い、付き合ってやろう」
――それを心底楽しげに笑えば。
アルカンはとぷん、と硬い岩の中に沈み込んでいった。
「迢ゥ縺」縺ヲ繧?m縺??りイエ讒倥?蜑・陬ス縺ッ縺薙%縺ォ蜷翫k縺励※繧?k」
それを追うように、獣の尖兵も水面に飛び込むかのように岩に沈んでいく。
……それこそが、獣の尖兵の持つ力だった。
ルシエラがありとあらゆる物を喰らうように。
ワタツミはあらゆる物を凍りつかせるように。
サクラが事象に形を与えて舞い散らすように。
魔性そのものである尖兵もまた、そういった力を持っていたのである。
今までエルトリス達が相手にしてきた尖兵達は、下位も下位。
門を守るモノであるこの尖兵達は、それらとはまるで違う存在だったのだ。
……ただ、無論だからといって、エルトリス達は岩に沈んだアルカンを見ても尚、慌てるような事はなかった。
知っているのだ。信頼しているのだ。
アルカンがこの程度でどうこうなる手合ではないことを。
「……やっぱ俺が行けばよかったかなぁ」
「先に進めばもっと手強い手合も居るでしょうから。我慢なさって下さい」
「ぐむぅ……」
まあ、それはそれとしてエルトリスは唇を軽く尖らせながら、小さく息を漏らしていた。
理由としては、単に面白そうな相手だから自分がやりたかったという我儘で。
それを従者であるリリエルに諭されてしまえば、小さく唸りながらも軽く頬杖をつき、もう片方の戦いに視線を向けた。