9.それが築くモノ
食事を終え、更に廃棄地の先へと進む。
最初はおそらく初めから用意されていたのだろう通路ばかりだったけれど、先に進めば次第にその様相は変わり始めていた。
「……これは、何かしら」
「扉、か……?いや、それにしてはまた随分と歪だな」
まるで掘削したかのような広い空間の左右に並ぶ、歪な鉄の塊。
不格好な取手らしいものもあり、エルドラドがそれに手をかけてはみるものの、開くことはなく。
ただ、軽く叩いてみればコンコン、と響くような音がするから恐らくは中には部屋か何かがあるのだろう。
周囲を見れば、歪な鉄の塊はいくつも立ち並んでいて――まるで、何か、こう。
牢獄だとか、或いは宿かなにかを彷彿とさせるような……そんな造りをしていた。
『さながら、まちかの』
「町、か。言い得て妙じゃな」
ルシエラの言葉に、アルカンが相槌を打つ。
……町。
なるほど、廃棄地は地の底にある場所だから、当然ながら空なんて有るわけがない。
そんな場所に家を建てるとなれば、こうやって掘削した所に扉を付けるのが一番早くて手っ取り早い、のか。
「でも、という事は――やはりあの尖兵達は」
「まあ、そうでしょうね」
少しだけ悼むようなアミラの言葉に、クラリッサは小さく頷いた。
つまりはそういう事なのだろう。
あの尖兵達は、独自の言語と独自の文化を持った、人間、魔族とも違う新たな種族なのだ。
「いきなり殺しにかかってきた連中だぞ。気にするだけ無駄だ無駄、やめとけ」
「そうですね。如何に知性があれど、敵対するのであれば容赦すべきではないかと」
「……ん、そうだな。済まない、少し日和った」
「うーん覚悟の決まり方がすごいっていうか……まあ私達も変わらないけどねー」
「えエ、少なくとモ尖兵達は外に出れば、間違いなク人に害を為すでしょうカら」
……まあ、だからといって。
それで、『可哀想だからもう戦えないよぅ』なんていう輩がここに居るわけもない。
尖兵達は魔族、人間の差別なく殺しにかかってくるような連中だし、俺達はそれを目の当たりにしている。
これでもし、平和に暮らしていて暖かく接してくるみたいな連中だったなら話は違ったんだろうが……まあ、そんな事を考えても意味のない事だろう。
「まあ家探しとかする必要もないだろ。とっとと先に――」
――先に行くぞ、と口にしようとして。
唐突に、地面が、壁が、天井が震えるように揺れ始めた。
天井の破片が音を立てながら落ちてくる中、俺達が進もうとした先から異音が響き渡る。
まるで、何かを削っているかのような……削り続けているかのような、異音。
頭が痛くなるようなその音に軽く眉を顰めながらも、通路に散った火花で微かに見えた姿を見て――俺は、思わず笑ってしまった。
今までの尖兵達は、少なからずまだ生き物らしい形をしていたが、ソレは最早生き物の形さえしていなかったのだ。
長い胴体に、歪に突き立てられたような剣が回転しながら通路を刻み、火花を散らし。
顔……と言っても良いのかわからない先端には、いくつもの刃が前に立つ物を切り刻もうと蠢いている。
「よし、動けるかルシエラ」
『む?まあ、まだばんぜんではないがの』
「行ってらっしゃいませ、エルトリス様」
「おう」
今までに相手にしたことがないタイプに、思わず心が躍ってしまう。
ぐるんぐるんと腕を回しながら、だぷんっ、と重たく揺れる胸元を気にする事無くルシエラと手を繋ぎ――そして纏えば。
「雋エ讒倥i縺御セオ蜈・閠?°?∝、ア縺帙m繝√ン縺娯?補?包シ?シ!!」
「ははっ、何言ってるか全然判らねぇよ――!!」
その回転している剣と、切り刻もうと蠢く刃、その間を思い切り蹴り上げた。
長い身体がグニャリと曲がったかと思えば、天井に激突し、土埃を巻き上げる。
俺は落ちてきた所を更に追撃しようと身構えて――
「繝√ン縺後?√ざ繝溘′縲√け繧コ縺鯉シ?シ∽ソコ繧呈ョエ繧翫d縺後▲縺溘↑窶ヲ窶ヲ??シ」
「……へぇ、面白いじゃん」
――しかし、その巨体が天井から地上へと落ちてくる事はなかった。
ギャリギャリと火花を散らし、粉塵を巻き上げるようにしながら巨体は凄まじい疾さで天井を掘削していく。
もしかしたらコイツがこういう拓けた場所を作ってるのかな、なんて考えつつも、俺は小さく息を漏らすと身構えた。
周囲から聞こえるのは、決して柔らかくはない岩盤を削り砕く音。
地響きのように廃棄地は揺れて、揺れて――
「豁サ縺ュ縺?シ√ざ繝溘け繧コ繝√ン縺後≠縺ゅ≠縺ゅ≠??シ?シ!!」
――唐突に、地面が盛り上がる。
天井、壁、そのどちらからでもなく正確に俺の真下から奇襲を仕掛けてくる辺り、視覚に頼る事無く相手を察知する術でも持っているのか。
……いや、そもそも目も耳も無いような存在だし、そんな事を考えるだけ無意味なのかも知れないが。
砕け散った地面は瞬く間に裁断され、消えて無くなった。
果たしてこの巨大な尖兵が食事という物をするのかはわからないが、どうやら俺もバラバラに刻んで飲み込むつもりらしい。
「――あはっ、ははははっ!!」
「菴輔<縺」!?」
面白い。
今まで相手にしたどんな相手とも違う思考、違う殺意、違う攻撃。
強さでは物足りなくても、未知の相手というのはやはり心が躍る――!!
「ほらっ、ほらほらほらほらほらぁ――ッ!!もっと頑張らないと無くなっちゃうよぉ!?」
「菴輔□縺ィ??シ滄ヲャ鮖ソ縺ェ縲∝セ?※縲∵ュ「繧√m――!!!」
『ちいとかたいが、しょせんはおかしとかわらんなぁ……!!!』
一撃、二撃、三撃。
蠢く刃に、回転する剣に拳を幾度となく叩きつけ、砕いていく。
果たして顔なのかも解らないが、まあ問題はない。
刃を砕き、胴体であろう鉱石を破砕すれば、途端に巨大な尖兵は全身から軋むような音を鳴らしてのたうち回り始めた。
「どう、ルシエラ?」
『うむ、こやつのがうまい!もっとじゃ、もっとくわせい――!!』
「よーっし……!!」
まるでお菓子か何かを口にしているかのように、ルシエラは無邪気に喜んでいて。
俺はそのまま巨大な尖兵の身体を全てルシエラに喰わせてしまおうと、嬉々として拳を振るっていく。
最近まともに拳を振るってなかった事もあって、取り繕う事無く言葉を発するのは気持ちよくて――
「逡懃函?∬ヲ壹∴縺ヲ繧阪ざ繝溘メ繝薙′縺ゅ=縺√=縺!!!」
「って、ちょっと――っ、逃げんじゃねぇこの……っ!!」
――だから。
胴体の剣が逆回転して、凄まじい勢いで地中へと潜っていくのに、反応することが出来なかった。
胴を半ばまで砕いた辺りで、巨大な尖兵は瞬く間に地中に潜ってしまえば、地響きは遠く、遠く。
「……っ、くそっ」
中途半端な所で戦いを中断された事に舌打ちしながら、俺は地面に空いた大穴を軽く蹴り崩した。
追い掛けてもいいが、地中は完全な暗闇だ。
それにあの様子を見ると、穴もいくつ有るか判ったもんじゃないし追いかけた所で追いつけるかは怪しいだろう。
俺は溜息を漏らしながら、辺りに散らばった破片を見れば――
「……ルシエラ、これくらいで足りそうか?」
『んーや、たりん。つぎあったらぜんごろし……ならぬ、ぜんくだきじゃな』
――しゅるり、と人型にもどったルシエラが、それを口に咥えるのを見て軽く苦笑してしまった。
まあ、良い。
どうせ廃棄地にはまだ先があるのだし、奥へと進めばさっきのデカブツと会う機会はきっとまだ有るだろう。
もしかしたら、もっと……もっと、楽しめるやつも居るかも知れないし。
そう思うだけで、俺はさっき少しだけ胸にいだいた苛立ちを消し去る事が出来た。




