8.少女たちの小休止
廃棄地をある程度進むと、少し拓けた場所に出た。
幾度となく尖兵を砕き、壊し……俺とアルカンはそれを後ろから眺めながら、欠伸混じりに歩く。
幸いというべきか、何というべきか。
俺とアルカン抜きであっても、廃棄地を進む分には特に問題はなさそうだった。
……しかし、後ろから見ていると少し気になる事が一つ。
「なあ、アルカン」
「何じゃ、お嬢ちゃん?儂に惚れでもしたかの?」
「バーカ。オルカはあれ、どうしたんだ?」
アルカンの軽口に返しつつ、オルカの動きを見る。
オルカは以前からそれなりに戦える奴だったが、アルルーナの分体との一戦で割と取り返しのつかない怪我を負っていた筈だ。
正確に言うのであれば、片目と……その奥にある、人間の中枢と言えるその部分。
その2つを損傷したオルカは、例え日常生活には戻れても、こうして戦うことなど出来ないだろうと思っていたんだが。
アルカンは俺の言葉の意図を察したのだろう、ああ、と短く声を漏らせば近くの丁度いい高さの岩に腰掛けた。
「オルカの努力の結果……というだけでは納得できんかの?」
「まあ、納得してやらないでもねぇけどさ」
『たぶんじゃが、あのやりのちからかの』
俺がアルカンの言葉に苦笑していると、パリポリと、まるでクッキーか何かのように尖兵の破片を口にしていたルシエラが口を挟む。
やり……槍というと、成程。
そう言えば確かに、オルカは魔槍を持っていたっけか。
「カカッ、流石に同じ魔性の武器ともあれば解るか」
『ずいぶんとうでをあげたものだのう、あのこむすめ。しっかりとアレをつかいこなしておるわ』
「使いこなすって、つまり――」
「うむ。オルカは儂やお嬢ちゃんと同じく、人魔合一を体得したのじゃよ」
……成程。
ようやく、どうしてオルカがあんなに動けるのかを理解できた気がする。
つまり、アリスと特訓していた時と同じだ。
あの時の俺がルシエラを扱ってアリスの手から逃れたように――ルシエラを使って動いたように、オルカもまたあの魔槍を扱って動いているのだろう。
よくよく見てみれば、オルカの身体は薄く……本当に薄くだけれど、まるで皮膜か何かのように薄紫色の何かで覆われており。
タイツか何かかと思ったが、どうやらあれを操ることで本来ならば動かす事もままならない身体を動かしているのだろう。
「って事は、つまり治っては居ない、のか?」
「いいや、ある程度は治っておるよ。歩く、喋る、そういった日常動作は問題はない」
『……つまり、それいがいはだめじゃったか』
ルシエラの言葉に、アルカンは押し黙りつつ小さく頷いた。
……そこまで治すまででも、オルカは凄まじい努力をしたのだろう。
それだけ、頭の中のダメージっていうのは根深く、重いのを俺は何となくだが理解している。
頭を強く打たれれば朦朧とするし、下手をすれば何日も後を引くことだって有るのに、オルカの場合は直接中にダメージを受けたのだ。
日常生活を送れるようになっただけでも万々歳。
多少の不自由は受け入れて然るべきだろう。
そこで諦めずに、人魔合一を体得して再び戦士として返り咲いたのは、正直言って驚嘆せざるを得ない。
多くの弟子を抱えているらしいアルカンが、オルカ達を特に連れているのもきっと、単に女性だからというだけじゃあないんだろう、きっと。
「――おーい、そろそろ休憩すんぞー」
俺は改めてアルカン達を評価しつつ、尖兵との戦いを終えたリリエル達を呼び戻した。
外がまるで見えない地の底だが、少し小腹も空いてきたしいい頃合いだろう。
ルシエラの餌を調達してくれてるこいつらを多少なりとねぎらったって、悪いことはあるまい。
リリエル達がもどってくると、少し周囲を片付けてから軽く食事を摂る事にした。
今朝宿屋で作ってきたらしいパンに野菜などを挟んだ物を口にすると、小さく息を漏らす。
「エルトリス様、お茶をどうぞ」
「んむ……ん、ありがとな、リリエル」
「勿体ないお言葉です」
お茶を口に含めば、ぷはぁ、と息を吐き出しながら……隣でパリパリと尖兵を齧るルシエラに視線を戻した。
ルシエラは廃棄地に来てからというもの、ずっと尖兵の破片を口にしている。
お腹はぽっこりと膨らんだままで、しかしルシエラはまだ食い足りないのか、食事の手を止める事もない。
「……そんなに食べて大丈夫なのか?」
『あむ、ん……んむ?』
「私も思った。幾ら何でも食べ過ぎじゃない、お腹壊すわよ?」
……どうやらそれを不安に思ったのは俺だけではなかったのだろう。
アミラもクラリッサも、心配するようにそう口にしながら屈み込めば、ルシエラに視線を合わせて。
ごくん、とルシエラは口にしていた破片を飲み込めば、呆れたように二人に視線を向けた。
『……ばかもの、わたしがおなかをこわすわけないじゃろう。そもそも、まだまるでたりんのじゃ』
「……食べすぎは、太るのではないか?自分も食べる方では有るが、節度は弁えるぞ」
「そうですわね、あんまり食べるとブックブクに肥えますわよ?」
『~~~~っ、だ、か、ら!ひつようだからたべてるといっとるじゃろーが!!』
アシュタールとエルドラドの追い打ちに、ルシエラの顔が紅く染まる。
とは言え、こうしてずっとお腹を膨らませているルシエラをみるとちょっと心配だ。
普段のルシエラも大食いだけれど、こんなにずっと食べ続けたりなんて無かったし。
……まあ、仮にルシエラが太ったとしても別に俺は良いんだけども。
『だから、ふとらんといっとろーが……っ、でも、うむ、えるとりすはやさしいのう』
心を読みでもしたんだろうか。
ルシエラが嬉しそうな反応をすると、少しだけ気恥ずかしくなる。
ルシエラは指先をもじもじと少しだけ絡み合わせた後、仕方ないのう、と口にすれば人型からゆっくり、ゆっくりと武器の姿へともどっていった。
欠けた刃。
千切れた鎖。
その有様は、あいも変わらず無残なものだったが――
「……少しは治ってきた、か?」
『うむ。まだまだたりんがの、このちょうしならばそうとおくはなかろうて』
『うっわ。おチビ壊れすぎ……よくいきてる、びっくり』
『ふふんっ、きさまとはねんきがちが――ひんっ!?や、やめ、こわれてるところはびんかんなんじゃ、やめ――!?』
――少なくとも、ロアに破壊された当初よりは幾分か、明らかに修復が進んでいた。
やはり、ここの尖兵どもはルシエラの餌として申し分ない素材らしい。
サクラに欠けた部分をツンツンとされる度に悶えるルシエラに苦笑しつつも、俺達は食事を終えれば再び廃棄地の中を進み始める。
効果がある、とはっきり判ったのなら後は早い。
廃棄地に居る尖兵どもを、それこそ根こそぎルシエラの養分にしてやるとしよう――




