7.廃棄地にて見えるもの
『んむ……んっ。はふ、たべたたべた』
「……本当にあの量を全部食べてしましましたわ」
リリエル達が倒した尖兵達を平らげたルシエラを見て、エルドラドは呆れたように息を漏らす。
一体何体居たのか、数えていないからわからないが……少なくとも二桁は居たであろう尖兵は、その尽くを砕かれた挙げ句、全てルシエラの腹の中に収まっていた。
ぽっこりと膨らんだお腹を軽く撫でながら、ルシエラは満足げに息を漏らすと立ち上がり、暗がりの先を見る。
……尖兵達の攻勢は、一時だけかも知れないが収まっていた。
品切れか、或いは何か策を弄しているのか。
何か言語らしい物を口にしていたのだし、或いは後者なのかもしれないな、なんて思いつつ、俺はルシエラの手を軽く握ると、奥の方へと歩き出した。
それにしても、随分食べたっていうのにルシエラのお腹はあまり――いや、大分ぽっこりとはしているけど――膨らんでいない。
「それで、どうだ?直りそうか?」
『ん……まだまだたりんのう』
『おチビ、大食い。横に大きくなりそう』
『やかましーわこむしゅめ!!』
サクラとまた喧嘩し始めたルシエラは、とりあえずおいておいて。
効果の是非は兎も角、まだルシエラの修復には材料が足りていないらしい。
となると、気になるのはあの尖兵どもの在庫……もとい、数だが。
「ワタツミ、あいつらはどれくらい居るんだ?」
『どれくらい……って言われてもね。私もここに住んでいた訳ではないし』
『でも、凄い数居るのは、解る。まだ、一杯いる』
「カカッ。オルカ達の修練にはもってこいじゃな」
どうやら、その心配は杞憂だったらしい。
ヤトガミの洞窟は奥に進めば進む程質の代わりに数は減っていた印象だったから、もしそれだとルシエラの修復を他にも考えないとな、と思ってたんだが。
ともあれ、軽く安堵しつつ俺達は廃棄地の奥へと進んでいく。
しっかりとした造りの通路は特に罠が仕掛けられているだとかそういう事はなく、ただ尖兵達が屯していたのだろう跡だけが残されていた。
つまりは、刃を突き立てたような跡や鎚を打ち付けたような跡。
恐らくはあの不揃いな脚で歩いた時に付いた跡なのだろう、通路の石畳はそこかしこが傷ついており、まだまだ尖兵が多くいるのだという事が察せられた。
『まだまだ、しょくじにはこまらんのう!』
「だな。良かった」
嬉しそうなルシエラの声に、俺も軽く頬を緩めながら言葉を返す。
今のままでもそれなりには戦えるが――いや、それ以上にやっぱりルシエラにはいつもの姿になってもらわないと困る。
まあ、勿論今のルシエラも可愛いとは思うが。
ほっぺたがムチムチしてたり、手足もぷにぷにしてたり……
「……」
「どうかしたのか、リリエル」
「いえ、少し気になる事が。サクラ様、少しよろしいでしょうか?」
『……?私が、答えられる事なら』
……そんな事を考えていると、不意にリリエルが訝しむようにして声をあげた。
サクラが首をひねりつつコクリと頷けば、リリエルは有難うございます、と軽く返し。
「――廃棄地、と言われていましたが。この奥には何があるのですか?」
「奥……って」
唐突に、そんな言葉を口にした。
廃棄地は、ワタツミ曰く手に負えない存在を封じた、投棄した場所。
いわゆるゴミ捨て場だとか、そういう物に近い場所の筈だ。
……そう考えてしまうと、ルシエラがゴミを口にしてるようになってしまうけれど、それはおいておいて。
その奥に、何が有るのか――……?
『私は、ここが恐ろしい場所としか、しらない。ごめんなさい』
「いえ、答えて下さり感謝します」
サクラもそれは知らないのだろう。
そもそも廃棄地に居たわけでもなければ、そこを忌避して近づきすらしなかったのだから当たり前だ。
サクラの答えを聞けば、リリエルはふむ、と小さく声を漏らしながら考え込んで。
「……何だ、急にどうしたんだリリエル?奥に何が有るか、なんて」
……リリエルは無駄な事はしないクチだから、そういう事をされるとつい気になってしまう。
俺が問いかければ、リリエルは少し迷うようにしながらも、言葉を選ぶようにして、少しためらいがちに口を開いた。
「私の気のせいであれば良いのですが……どうも、この場所には奇妙な生活感があるように思えるのです」
『せいかつかん……のう』
「街道を人が行き交うように。道端で下らない話を口にし合うように……有り得ない話だとは、思うのですが」
「……ふ、む」
リリエルの言葉に改めて、床や壁に残っている傷跡に視線を向ける。
生活感。
リリエルが口にしたそれは、要するにそこで人々が暮らしている――文明、文化を築いている、という事。
見てみれば確かに、壁や床の傷跡には一定の規則らしいものが見えた。
まるで、そこに誰かが屯して話していたかのような跡。
これは獣道かもしれないが、通路にある傷でさえも行き交う時の寄る側が決まっているかのような跡。
『……気味が悪いわね』
「あら、私はむしろ楽しくなってきましたわ?つまり、あの尖兵とやらはここで文明――芸術を築いているかもしれないのでしょう?」
「……芸術でさえあれば何でも良いのか。自分には理解できん」
「歌とかあればちょっと聞いてみたいけれどねぇ」
エルドラドはノエルを抱き寄せると、少し嬉しそうに。
アシュタールは特に興味がなさそうに。クラリッサは軽く冗談めいた言葉を口にして。
そしてワタツミは、心底それを嫌悪するかのように、体を震わせていた。
ともあれ、俺達は廃棄地を奥へ奥へと進んでいく。
その先に何が待っているのか、知ることもなく――
「――邇九h縲∵?繧峨′邇九h」
――廃棄地の奥。
未だ人も魔族も踏み入ったことがないその場所に、異音が響く。
金属音を鳴らしながら、まるで何かに傅くかのように体を低くしたソレは、口からしきりに音を掻き鳴らしていた。
それはまるで、誰かに何かを報告しているかのようで――その動きは、決して理性や知性のないモノのソレではない。
「縺?°縺後↑縺輔>縺セ縺吶°」
「……ふん」
ソレの音を耳にした何かは、軽く笑うように言葉を口にすればその艶めかしい脚を軽く組む。
――それは、周囲に在るモノとは明らかに違う造形をしていた。
美しく妖艶な美貌。
背中まで伸びた黒髪。
そして、頭ほどはある――否、それでは足りない程の大きな、大きな胸。
それに見劣りすることのない、見るものを魅了するかのような豊満さを、美貌を讃えたそれは自らの隣に腰掛けるそれを、愛おしむように撫でれば、目を細める。
「私の命令がなければ動けぬ愚昧か?違うだろう――私達の存在理由は、殺戮だけだ。入ってきた者は殺せ、ただ殺せ」
冷たい声色で黒い美女がそう告げると、傅いていたソレは音を鳴らしながら彼女の前を後にした。
そうして、一人になった後。
黒い美女は隣に在るそれに視線を向ければ、ほう、と息を漏らす。
「――もし此処まで仮に辿り着けたのなら。その時は私の寵愛をくれてやっても良いかもしれんな」
そんな言葉を、誰に言うわけでもなく口にすれば――黒い美女は、眠るように瞳を閉じた。