6.廃棄地の住民
暗闇の中からぬるりと姿を現したそれは、生き物かどうかも怪しい何かだった。
刃のように――ではなく、刃そのものが形作る不揃いの五本の脚。
砕けた鉄が寄り集まってできたかのような、ゴツゴツとした胴体。
そして、多分頭と腕……なのだと思う、その胴体の先から伸びている剣に鎚、そして槍。
「……魔導人形か?」
「いえ、それにしては小さすぎます。魔導人形には動力や必要ですから、こんな小型のものはかの魔導国でも無い筈です」
アミラの言葉を、リリエルは頭を振って否定した。
以前魔導国で相手にした、ヘカトンバイオンが乗り移った魔導人形とは明らかに違う。
キチキチと音を立てながら関節を動かし、カリカリと耳障りな音を立てて歩いてくるその姿は、外見とは裏腹に生物そのもので。
「――懐かしいのう」
しかしその形容し難い何かを見て、アルカンは少しだけ感慨深そうに小さく呟いた。
……成程、廃棄地に居るモノという事はつまり、そういう事か。
コイツこそが、廃棄地が廃棄地たる所以。
廃棄地に投棄され、封印せざるをえなかったモノ。
「――鬲泌殴縺?」
「ぬ……喋る、のか」
「喋ったと言って良いのかしらね、これ」
ソレが、口を――刃を上下に開いたかと思えば、奇妙な音を鳴らしだす。
言葉のような、声のような、しかし異音にしか聞こえないそれを聞いて、アシュタールもクラリッサも顔を軽くしかめつつ――
「鬲疲酪縺??∵ョコ縺輔↑縺阪c?」
「……どうやらあなた方にご執心みたいですわよ?」
「自分は、こんなモノに知り合いなど居ない筈だが」
――ソレは一際甲高く異音を掻き鳴らしたかと思えば、ガチャンガチャンと音を立てて、俺達の方へと突進してきた。
不揃いな脚を鳴らしながら、壁に、床に突き立てるようにして文字通り縦横無尽に駆けてくるその動きは、野生の動物を彷彿とさせる。
「鬲疲酪縺ッ豁サ縺ュ鬲泌殴繧よュサ縺ュ豁サ縺ュ豁サ縺ュ豁サ縺ュ豁サ縺ュ豁サ縺ュ豁サ縺ュ――!!!」
とは言えど、その疾さはそこらの動物と比べても段違いだ。
成程、並大抵の魔族だったならコイツは軽く凌駕するかもしれない。
そんな奴が洞窟の外に溢れ出したら、それこそコトだろう……封印されている理由が、よく分かる。
……まあ、それも並大抵の魔族なら、という話だ。
クラリッサは当然として、アシュタールもあのアルケミラの腹心みたいなものなんだから、こんな奴に遅れを取る事もない。
「ふん、自分に向かってくるか」
アシュタールは擬態を解き、三対の腕に武具を握れば突撃してくる奇っ怪なソレに武具を振り翳し――火花が散ったのも一瞬だけ。
三合ほど打ち合った後、ソレはガラスが砕けるような音を鳴らしながら、バラバラに砕け散った。
流石はアルケミラの腹心、上位の魔族というだけあって、この程度の相手なんて苦戦する要素も無い。
「……む」
「どうかしたのか、アシュタール」
「いや……少し驚いただけだ」
……だが、アシュタールは自分の腕を見ながら目を細めると、小さくそう呟いた。
一体何事かと思ってアシュタールの腕を見てみれば――
「――嘘。アシュタール、貴方障壁を切ってたの?」
「いや、そんな事はない。だが、障壁を潜り抜けられた」
――その腕には、小さいけれど確かな切り傷が出来ており。
それは舐めれば血が止まる程度のモノだったけれど、クラリッサもアシュタールも随分と驚いているようだった。
確かに驚きだ。
魔族の持つ障壁っていうのは最早種族としての優位性と言っても良い。
全ての魔族が大小に関わらず持っているであろうそれがあるからこそ、魔族は人間にとって脅威なのだ。
無論、肉体的な強度といった問題も有るには有るが……兎も角、それを砕くことすら無くすり抜けた、というのは明らかな異常と言えるだろう。
「ルシエラ、お前はそういうのは――」
『――んぐ。あぐ、ん』
ふと、ルシエラにも出来るのかと思い、声をかけてみようとすれば。
ルシエラは砕け散ったソレを手にして、バリボリと噛み砕いてる真っ最中で。
……魔剣の状態でやってる時は気にも留めなかったけど、これ結構凄い絵面だな、なんて思いながら――
「……ふむ、どうやら今の音を聞きつけたようだの。オルカ、メネス、お前達も前に出るといい」
「はイ、アルカン師」
「はーい、頑張っちゃうよ!」
――廃棄地の奥からガチャン、カシャン、という金属音が響いてくる。
アルカンの言葉に、オルカもメネスも躊躇うこと無く、自然体で前に出て。
「ふむ、それでは私達もやるとしようか」
「そうですね。二人に任せておくのもよく有りませんし――ワタツミ」
『ええ、肩慣らしをしておきましょう?こいつらは尖兵のようなものだから』
「良し、自分もやるとしよう。次は傷は負わん」
ソレに呼応するように、アミラにリリエル、そしてアシュタールが前に出た。
「それでは私は後ろから見物を。ノエル、私の傍から離れてはなりませんわよ?」
「私もパス。こいつら程度なら補助も要らないでしょうし」
エルドラドとクラリッサはやる気が無いみたいだが……まあ、これでも十分に過剰戦力だろう。
俺はもぐもぐと口を動かしているルシエラの隣に腰掛ければ、暗がりから続々と姿を現してくるソレ――ワタツミ曰く、尖兵を眺める事にした。
『んぐ……ん』
「お茶とかはいるか?」
『んーん……らいじょぶじゃ』
まるでパンかなにかを齧るように、ルシエラは尖兵の破片をガリゴリと噛み砕いて飲み込んでいく。
ちょっと心配になって声をかけてみたけれど、うん、この感じなら大丈夫なのだろう。
ルシエラは時間をかけながら、尖兵を食べて、食べて、お腹をぽっこりと膨らませて。
『……しかし』
「ん?」
『やはり、よくなじむのう……いや、おくまでいかねば、わかりゃんか』
そして、不意に小さく、そんな言葉を呟いた。
……そう言えば、ルシエラはどうしてこの場所の事を知っていたのだろう。
少なくとも、俺はこの場所のことは知らなかった。
この体になる以前はそういった興味が薄かったし忘れてる可能性も無い訳じゃないけれど、多分こんな場所は訪れては居ないはずだ。
そもそも、俺達が居た時からどれだけの時間が過ぎたのかもわからないし……だとすれば、ルシエラはどうやってこんな場所の事を知ったんだろう?
「なあ、ルシエラ」
『あむ……ん、く。なんじゃ、えるとりす』
「お前、どうしてここの事を知ってるんだ?」
『ああ。べつに、ここのことはしらんさ』
ふと浮かんだ疑問に、ルシエラは舌っ足らずな声で、当たり前のようにそう返す。
……知らない?あんなにはっきり、当てがあると口にしていたのに?
『おくまでいって、かくしょーがもてたら、えるとりしゅにもはなすから、あんしんせい』
「……ん、そっか。落ち着いて食べろよ?」
『わぷ……こ、こどもあちゅかい、しゅるでないっ』
疑問を口にすれば、また疑問が浮かんでくるけれど。
でも、ルシエラがそう言っているのであれば、ルシエラが教えてくれるまで待つべきだろう。
俺は視線の先で戦う面々を眺めつつ――アルカンもオルカとメネスの成長に頷いているのを見つつ、戦いが終わるまでの間、ルシエラの頭を撫でてのんびりとした時間を過ごした。




