5.一行、地の底へ
翌日。
早速俺達はその廃棄地とやらに向かう事にした訳、なのだが。
「……何でお前らも着いてくるんだよ、アルカン、オルカ、メネス」
「何、オルカの調子戻すにも丁度良かろうと思ってな」
「邪魔にはなりまセンので」
「邪魔になりそうだったらささっと帰るから、ね?」
『まるでぴくにっくきぶんだの』
俺達の後から着いてくるアルカン達に、ルシエラは大きく溜息を吐き出した。
まあ、実際問題アルカン達が着いてきたところで足手纏いになるとは考え辛いから、別に良いっちゃ良いんだけども。
アシュタール達もアルカン達が着いてくる事に関しては、特に何も――
――ああいや、アシュタールはアルカンと手合わせ願ってたけど、クラリッサに叩かれて止めてたっけか。
兎に角、特に変な軋轢だとかそういうのは生まれそうにないし、問題らしい問題も無いだろう、多分。
道中に居た成れの果て達も特にこの面々なら問題はない。
以前は苦戦していたリリエルも涼しい顔で相手をしている所を見ると、成長したなぁなんてちょっと年寄りめいた事を考えてしまった。
「それで、廃棄地への入り口ってのはどこにあるんだ?」
『入り口……って言われると、ちょっと違う気はするけれど』
ヤトガミの洞窟も最深部が近くなってきたのを見て、俺はワタツミにふと問いかけてみる。
ワタツミは何やら少し悩んでいるというか、考えているようだったけれど……やがて最深部が見えてくれば、見たほうが早いわね、なんて口にしながらサクラと共に当人が安置されていた場所へと歩き出した。
二人が立ち止まったのは、ワタツミが安置されていた場所の少し奥。
特に何の変哲も無い、壁の前で。
「その廃棄地とやらは、私も実際見た事はありませんのよね。何となくそんなのが有るのは知っているのですけれど」
『当たり前。廃棄地に一番近い場所に居たのは、私とワタツミ。それ以外は、見たこと無いの、当然』
『まあ、見て気持ちいいものでもないし――っと』
――その、壁の下。
白く霜で覆い尽くされたその部分を、二人が足先で軽く削れば……その下から、金属製の何かが姿を現した。
霜で隠されていたその金属製の何かは未だ朽ちる事無く、錆びる事無く堅牢さを保ったまま。
取手の付いているその姿は壁に無いというだけで、正しく扉そのもので。
『――む』
それを目にした瞬間、ルシエラはキラリと目を輝かせた。
ととと、と軽い足取りで扉の前に向かえばぺたぺたと手のひらで触って、何かを確かめるようにして。
『これ、たべてもいいかのう?』
『……駄目、駄目っ!これじゃないと、中のが駄目なんだからっ』
『言うとは思ったけれど……中まで我慢して頂戴な』
口元を軽く緩ませながら、少しうっとりとした表情を見せたルシエラを、サクラが慌てた様子で制止する。
ワタツミは予想してたのか、軽く額に手を当てながら溜息を漏らして。
そんな二人の様子を見れば、ルシエラは唇を軽く尖らせながらも、仕方ないのう、と床に積もった霜を軽く蹴り上げた。
……ルシエラが欲しがる、って事は、つまり。
「ん……なんだ、もしかしてこの扉もそうなのか?」
『そう。廃棄地から外に中のものが出ないよう、封印』
「……確かにそうですわね。私達の同類……というには、ちょっと単調な造りですけれど」
「魔性の武器と同じ、という事ですか」
リリエルの言葉に、ワタツミ達がこくりと頷く。
成程、これは随分とまた厳重だ。
サクラの先日の怯えようを見て、少し大げさだなぁなんて思っていたけれど、案外サクラの反応の方が正しかったのかも知れない。
「……これは盾としても扱えるのか?なら欲しいんだが」
『だから、これがないと駄目っていってる!バカ!筋肉!!』
『諦めなさい、壊せない事も無いでしょうけど――万に一つ壊したら、内側から一気にやばいのが溢れてくるわよ』
「それはそれで楽しそうだがの……冗談じゃ冗談。そんなに泣きそうな顔をするでない、サクラ」
アシュタールとアルカンに涙目になりながら抗議するサクラを見て、少し微笑ましい気持ちになりつつも。
俺はルシエラの手をきゅっと握れば、そのままゆっくりと扉の前に立てば、小さく息を吐き出した。
「――まあ、それじゃあ。行くとするか」
『うむ、そうじゃな』
『開けるのは任せて。私とかなら、問題ない』
「私とかなら、とは?」
『私達みたいな魔性の武器以外じゃ開けられないようになってるのよ。壊せば別だけれど』
「壊すのも骨が折れそうだし、開けられるならそれに越したことは無いわね……残念そうな顔をしないのアシュタール」
サクラとワタツミの小さな手が、扉にふれる。
地面に置かれた扉は、重苦しい音を立てながら――まるで自分から開いたものを招き入れるかのように、音とは正反対に容易くその口を開いた。
「よし、行くぞ」
短く言葉を口にして、地の底へと続いているであろうその道に、脚を踏み入れる。
幸いというか、何というか。
光源自体はあるらしく、常に明かりを焚かなければならないという事はなさそうだった。
カツン、カツン、カツン。
廃棄地、とは行ったものの、別に整備も何もされてない自然洞という訳ではないらしい。
ワタツミ達が居た階層と左程変わらない様子の回廊を歩いて、歩いて。
「そう言えば、アルカンはここに来たことが有ったんだったか。どんなだったんだ?」
「ふむ……とは言っても、まだ儂が若かった頃の話だからのう。何年前じゃったか……」
『何十年、の間違い。百では無かったと思うけど』
……アルカンは一体何歳なんだ、と頭に浮かんだ疑問は取り敢えず脇に置いておこう。
アルカンは少し考えるようにした後、思い出したように軽く手を叩いた。
「そうじゃったそうじゃった。確か、入って少し後に襲われた後、這々の体で逃げたんじゃったか」
「――逃げた?お前が?」
「カッカッカ、儂も昔は青かったからのう。慢心して奥まで行ってやろうとしたら中々に苦戦してな――」
アルカンは何歳かも窺い知ることが出来ない老人だけれど、幾ら若い頃だとは言えどアルカンが逃げた、なんて。
強さで言うならまあ、今が全盛なんだろうが……今の性格を考えるに、負けず嫌いで勇猛果敢なアルカンが撤退を選択した、っていう事実は中々に面白い。
ルシエラを修復するための作業だと思っていたけれど、楽しめそうだ。
――ソレがぬるりと暗がりから姿を現したのは、俺がそう考えた瞬間だった。




