3.サクラ、廃棄地に怯える
「――ふむ、なるほどのう」
少し落ち着いて、ルシエラもすやりすやりと寝息を立て始めた頃。
サクラも流石に眠っている相手をからかうのは良しとは思わなかったのか、アルカンの隣に腰掛けながら、俺の話に耳を傾けていた。
「廃棄地、か。確かにヤトガミの洞窟にはまだ先があるのは知っておったが……」
『正気?あんな所に行くなんて、無謀』
「……ワタツミも似たような事言ってたな」
恐らくは俺達よりも良くヤトガミの洞窟について知っているであろうアルカンとサクラは、俺の話を聞いて軽く顔をしかめていた。
与太話を信じられない、と言った様子ではない。
ただ、その場所についてある程度の知識がある上で心配している、と言った様子で。
「あそこは、ヤトガミの洞窟のように整備された場所ではないぞ。文字通りの廃棄する場所、と言えば分かりやすいか」
『……私は、少なくとも行きたくない。行ったら、戻ってこれないかもしれない』
二人の言葉にふむ、と口元に指を当てる。
……サクラの口ぶりからすると、余程危険な場所なのだろうか。
ワタツミも確か、そう……手に負えないモノを封じた場所、とか言っていたけれど。
少なくとも、アルカンとサクラの実力は図抜けていると言っていい筈だ。
それこそ、今の俺が連れ立ってる連中の誰よりも、多分アルカンは強い。
……そのアルカンとサクラが危惧する、って事は今回は連れてく人選はちゃんとしておかないと危ないのかも知れないな、なんて思ってしまう。
「まあ、儂も遠い昔に少し覗いただけだがの。今の儂なら然程問題はないかもしれん」
『う……わ、私は嫌。あそこは、怖い』
「……怖い?」
が。
どうやら、サクラは実力云々よりももっと別の所で、廃棄地を恐れているようだった。
少し顔を青褪めさせている辺り、本気で恐れているようで首をひねる。
『……全く。私達には関係ない話でしょ、サクラ』
そんなサクラに呆れたように、リリエルが腰に帯びていたワタツミが人の姿になれば、ベッドの縁に腰掛けた。
『そ……それはそう、だけど。でも……』
「……ふむ?」
「何だ、ワタツミは何か知ってるのか?」
「何か知っているのであれば話して下さい、ワタツミ」
サクラはワタツミの言葉に尚、少し怯えている様子で。
何故そこまでサクラが廃棄地を恐れているのか、皆目検討もつかない俺達は――リリエルも含めて、ワタツミに視線を向ける。
ワタツミは、はぁ、と大きなため息を吐き出せば、仕方ないわね、なんて口にしながら頬杖を付いた。
『廃棄地。って名前で何か想像付かない?』
「名前で……って」
「……廃棄される場所、ですか?」
リリエルの言葉に、ワタツミは小さく頷く。
まあ、それはそうだろう。
廃棄地だなんて名前がついている以上、それ以外の場所とは考え辛い。
……と、そこまで考えて、気付いてしまった。
そうか、そこに廃棄されているのは――
「……お前らの兄弟、姉妹が捨てられた場所、って事か?」
『一応言っておくけれど、血縁とかそういうのは私達には無いわ。私とサクラは対の刀として作られたから姉妹みたいなものだけどね』
――そう、そこに廃棄されているのは紛れもなく、ワタツミやサクラと同じくヤトガミに打たれた魔性の武器達。
要するに、人間で言うのであれば墓地……いや、死体が山積みにされている場所、という事になるのだろう。
成程それはゾッとしない話ではある。
死体が山積みにされた、穴の底に潜るというのは誰だって忌避感が浮かぶものだ。
『……ああ、一応言っておくけれど別に廃棄地に居る奴らは死んでないわよ?』
『死んでたら、私だって嫌がらない』
「……んん?」
そう、思っていたのに。
どうやらサクラが廃棄地を忌避しているのは、全く別の理由らしい。
「では、何故?」
『そうね……んん、口で説明するのは難しいのだけど』
リリエルの問いに、ワタツミは少しの間悩むように首を捻り、唸り。
サクラに視線を向けても、サクラは応える様子もなく……仕方ないかと暫く待っていると、ああ、とワタツミが何かを思いついたように口を開いた。
『――例えば。貴方達が親に裏切られて、ゴミ箱に捨てられたらどう思う?』
ワタツミが口にしたのは、そんな問いかけ。
親に裏切られて、ゴミ箱に。
……はっきり言うのであれば、俺はそんな感じの境遇だったから、特別何かと思う事はなかった。
ふむ、と軽く思い返してみるけれど――その時に有った感情なんて、今となっては風化して残っていない。
覚えているのは、ただ思うままに、必死になって生きたという事だけ。
「……いい気分のしない問いかけですが、そうですね。私ならばもしかしたら、親を憎むかもしれません」
『じゃあ、その親に可愛がられている他の兄弟が居たら』
「それは――」
ただ、ワタツミの続く言葉でやっと俺はサクラが廃棄地を恐れている、怖がっている、その理由を察することが出来た。
ワタツミやサクラ、それにエルドラドのような、ヤトガミの洞窟に居る魔性の武器達が、ヤトガミに寵愛された兄弟だというのであれば。
廃棄地に捨てられたその魔性の武器達は、間違いなく――
『つまり、廃棄地は私達への憎悪の坩堝、って事。そんなの気にしても仕方ないと思うのだけれどね』
『……ワタツミは鈍感、鈍亀』
『ちょっと、今関係ない事言わなかった?』
憎悪の坩堝、とは成程言い得て妙だ。
ヤトガミの打った手に負えない魔性の武器が、ワタツミ達を憎悪しているというのであれば――
「……ん?」
――そこまで考えて、不意に奇妙な違和感を覚えてしまい、俺は首をひねった。
廃棄地。
廃棄地に捨てられた、手に負えないモノ達。
ワタツミとサクラのような魔性の武器達を憎悪する、手に負えないモノ達――こうして並べてみれば、特におかしい部分はないそれら。
「何じゃ、何かあったか?」
「んー……いや、何でも無い」
その問題のない筈のそれらに、何か引っかかりを感じはしたものの。
アルカンが首を軽く捻るのを見れば、俺は軽く頭を振ってからその考えを追い出した。
別に、その部分は考える必要はない。
廃棄地に行ったなら、どうせそいつらはルシエラの餌になるんだから。
「――お待たせしましタ」
「ただいまー」
そうこうしている内に、先に湯浴みに行っていたオルカとメネスが戻ってくる。
『空いたみたいね。それじゃあ行きましょ』
「ええ、そうですね。エルトリス様も行きましょう」
「ああ、そうだな」
「ほれ、サクラも行ってこい。儂は後で入るからの」
『……ん。判った』
さて、話も一段落したことだし俺達も湯浴みするとしよう。
ゆっくり入って、温まって――これからの事は、それからだって遅くはない。
俺はリリエルと軽く手を繋げば、サクラとワタツミを連れて、この寒い空気の中ではさぞ心地よいであろう湯船に心を浮つかせた。




