2.思わぬ再会
ルシエラとともに毛布に包まりながらぬくぬくとしていると、やがて外からがやがやとした喧騒が聞こえてきた。
外を見てみれば、そこには以前にも見た景色。
『なんだかずいぶんとひさしぶりなきがするのう』
「だな。言ってもまあ、そんなに昔でも無い筈なんだが」
ルシエラの言葉に苦笑しながら、小さく息を漏らす。
――地方都市アマツ。
以前にも訪れた、霊峰アンテスの麓にあるその街を懐かしみながら、俺達は衛兵に軽く審査された後に中へと入っていった。
アマツの様子は、以前とまるで変わりない。
魔性の武器を夢見てやってきた冒険者に、そんな冒険者たちを相手に商売をする地元の連中でそれなりの活気で溢れていて。
「宿は以前と同じ場所で構いませんか?」
「ああ、大丈夫だ。勝手の判ってる所のが過ごしやすいしな」
リリエルの言葉に二つ返事で返せば、俺は小さく欠伸をしながら軽く伸びをした。
さて、取り敢えず今日はギルドで受け付けをして、後はのんびりと湯船にでも浸かろうか。
何しろこの寒さだ、目的の場所に向かうのだとしても、少し体を慣らしてからにしたいし。
「――あちこちで火の手があがっているように見えるんだが」
「馬鹿ね、アシュタール。あれは湯を沸かしているのよ」
「湯……?何故だ、意味が判らん」
「そう言えばここには立ち寄りませんでしたわね……何か良いものは有るのかしら」
「この近くに来たことが有るんですか、エルドラド様?」
「う……え、ええ。まあ結構近くまでは」
……何より、クラリッサ達もエルドラド達も、この街には興味津々と言った様子だし。
ルシエラの修復自体は急ぐつもりだけれど、それ以外の時間は観光に当てたって、別に罰は当たらない筈だ。
宿に竜車を預ければ、俺はそれぞれ夕方まで自由行動で、と告げてからルシエラと手を繋ぎながらリリエルと共に街中を歩き出す。
微笑ましい視線をやたら向けられてる気がするのは、あれか。
俺とルシエラが姉妹かなにかで、リリエルが母親とでも思われているんだろうか。
……いや、流石に三人それぞれ髪の色も目の色も違うんだから、それは無いか。
そんな取り留めのない事を考えながら、ギルドに入る。
あいも変わらずギルドは観光客やら冒険者やらでごった返しており、中々俺達の順番が回ってきそうにはなかった。
『くぁ……たいくつだのう』
「どうしましょうか。私だけで手続きを済ませても構いませんが」
「ん……や、まあ今回はルシエラの為だしな。ちゃんと俺も並んどくよ」
リリエルの言葉に軽くそう返しつつ、周囲を見る。
幸いというべきか、何というべきか。
今回はどうやら以前のように質の悪い冒険者――いや、あれは冒険者じゃなかった気がするが――みたいなのは居ないらしい。
そう言えば、アイツらに出会ったのも此処だったっけか。
そう思うと、ほんの少しだけ懐かしくなりながら――
「――かかっ。前にあった時より実ったかのう?」
――瞬間。
胸元を、最近少しきつくなってきたその部分を鷲掴みにされれば、一気に顔は熱くなって。
それが誰がやったのかは直ぐに理解したが、反射的に拳を振るい――しかし、拳は空を切った。
だぷんっ、と手から開放されて弾む胸元を抑え込みつつ視線を向ければ、そこに立っていたのは予想した通りの老人。
「久しぶりだのう、エルトリス。元気そうで何よりじゃ」
「……テメェもな、爺」
アルカンは相変わらず嗄れた声で、しかし愉しげに笑えば指先をワキワキと動かしてみせる。
……全く、最初に会った頃のもうすぐ死ぬから、と言っていたアイツは何処に行ったのか。
最初に出会った頃よりも気配もなく静かに、洗練された動きで――それでやったのが俺の胸を揉むとかいう最低な行為だけれど――アルカンは明らかに、以前よりも強くなっているようだった。
「何をしているんでスか、この馬鹿師匠ハ――ッ!!こういう場ではやめテ下さいと、何度言えバ――」
「げぅっ!?」
『……む?』
「貴女は――」
そして、そんなアルカンを背後から打ち据える女性が一人。
割と本気で打ち据えたのだろう、アルカンはピクピクと軽く痙攣していて。
「もーまた迷惑かけたの?駄目だよおじいちゃん……って」
ひょっこりと人混みから顔を出したもう一人の女性を見れば、彼女も俺達を見て固まってしまった。
よもや、こんな場所で再び同じような再会をするとは思っても居なかったのだろう。
「お久しぶりです、メネスさん、オルカさん」
「はい。お久シぶりです、リリエルさん、エルトリスサん」
「わー、すごい偶然だねー!お久しぶり、エルトリスちゃんにリリエルちゃん!それ、と……?」
少し片言ながらも、しっかりと自分の足で歩いている隻眼の女性――オルカと、あいも変わらず人懐っこい笑みを浮かべているメネス。
『……だからやめといた方が良いって言ったのに。アルカンのバカ』
そして、前回とは違い今度は本当に気絶しているアルカンを尻目にふわり、と人型になったサクラは、軽く俺達に頭を下げてから――
『――ところで、そのおチビ、誰?』
『だ、だ――だれが、おちびじゃあ――っ!?』
――以前とは違い縮んでしまっているルシエラに、多分悪気はないのだろうけれどそんな言葉を口にした。
「ほー、流石だのうお嬢ちゃんは」
あれ以上騒ぎを起こすのは不味いだろうと、俺達は受付を済ませると宿まで戻っていった。
まだ日も高い時間だ、当然ながら宿に戻っている奴は誰もおらず。
俺はアルカン達と別れた後のことを軽く話せば、アルカンは愉しげに笑って軽く酒を煽って。
「六魔将の内の2つを落とした、か。お嬢ちゃんじゃなければ与太話としか思わん所じゃ」
「落とした、つってもまあ両方とも完勝したとは言えねぇけどな」
「カカッ、生きて戻っただけでも英雄じゃよ。それを、痛み分けまでもっていったんだから大したもんじゃ」
どうじゃ、と勧められた酒をやんわりと断りつつ、リリエルに淹れてもらった茶に口を付ける。
……元の体だったら是非酒を貰いたいんだけどなぁ。
以前飲んだ時は一口でも結構とんでもなかったから、流石に自重しなければ。
「それで、アルカン達は……」
「うむ。オルカの療養も終わったのでな、軽く湯治でもしようかと思っての」
「オルカさんが快復なされて良かったです」
「ふふ、有難うごザいます」
リリエルの言葉に、オルカが嬉しそうに笑みをこぼす。
まだ多少舌が回らないのか。
少し片言にはなっていたものの、オルカの動きには既に翳りらしいものは見えなかった。
いや、というか気のせいじゃなければ、以前よりも――
『えーいやめんか、この――』
――その思考は、ベッドの上から聞こえてきた叫びに中断された。
視線を向けてみれば、そこに居たのはルシエラと……
『ふふん。やめない、おチビは今日から私の妹分』
『だーれがいもーとぶんじゃ、このこむしゅめがーっ!!』
『これがいわゆる下剋上。大人しく姉に従うの、おチビ!』
「……どっかで止めてくれないか、あれ」
「う、む。行きすぎん内に止めるかの」
……以前散々小娘扱いされたのを気にしていたのだろう。
縮んたルシエラに優越感を覚えながら可愛らしくマウントを取るサクラの姿があった。
体格的にも今のルシエラはサクラよりも小さいから、中々抵抗出来ないのか。
ほっぺたをもちもち引っ張られたり、撫でられたり、抱きつかれたり。
サクラも本気ではないのだろう、きゃっきゃと楽しんでいる様子で――
――俺もアルカンも、リリエルもオルカも、そしてそんな二人に横からちょっかいを出しているメネスも。
少しの間、微笑ましい気持ちになりながらそんな二人のじゃれ合いを眺め続けた。




