1.少女、再び霊峰に赴く
暖かな日差し、街道の上。
カタンカタン、と竜車に揺られながら小さく欠伸を漏らす。
ロアとの一戦から暫く療養した俺達は、ルシエラに言われるままにとある場所を目指していた。
目的は、ルシエラの修復。
最初は鍛冶師の元にでも連れて行ってみるかと思ったものの、ルシエラ曰く並の鍛冶師では手が出せるモノでも無いらしく。
ルシエラの修復自体は俺もちゃんとしてやりたいと思っていたから、今回はルシエラに言われるままに一路、北の方へと向かっていた。
『あぐっ、んむ……はむっ、ふぅ……』
「……しっかし本当によく食べるな」
『んぐ……っ、すこしでもたべて、もどさんといかんから、の』
しかし、幸せの国で山程――それこそ今回の旅程を三度繰り返しても余るほど――買い込んだ食料はどうするつもりなのかと思っていたけれど。
既にその半分が消えている辺り、成程どうやらこの量が適正だったらしい。
その原因は言うまでもなく、目の前の大飯食らいだ。
俺よりも小さくなった体で肉や魚、パンをそれはもう凄い量食べるものだから、食料も普通の量だったらあっという間に枯渇していたに違いない。
『……けふ。これくらいにしておくかの』
「ルシエラ様、こちらを」
『うむ、りりえりゅはきがきくのう』
パンパンに膨らませたお腹をぽんぽんと撫でつつ、ルシエラが小さく息を吐き出せば、リリエルは直ぐにルシエラに茶を淹れて。
それをくぴくぴと飲み干せば、ルシエラは満足げに息を吐き出した。
……しかし、何というか本当に凄まじい食欲だ。
元より何でも喰らう悪食な所もある魔剣ではあったけれど、ルシエラは今ではまるでタガが外れたみたいに朝昼晩の三度、俺の倍じゃ効かない量を貪っている。
その都度お腹はパンパンに膨らんでいるし、投げ出すように両足も開いて大の字で転がる様は、何ともはや。
それでも数時間すれば元通りお腹が凹んでいるのだから、なんとも不思議なものである。
ルシエラ曰く、この食事もまた修復に必要な事らしい。
実際問題、破損っぷりを考えるなら並大抵の栄養では足りないんだろうという事は、俺も何となく察する事が出来た……いや、栄養で治るモノなのかは知らないが。
そう言えば普段から相手の攻撃や体を喰らっている時も味の寸評をしたりしていたけれど。
もしかしたら、アレも何だかんだで必要なことだったんだろうか。
そんな事を考えている内に、外の景色に白が混じり始める。
外から入り込んでくる空気も冷たくなってくれば、エルドラドはノエルを膝の上に抱えるようにして毛布で包まっていた。
「……あら、もしかしてエルトリスも入りたいんですの?構いませんわよ、ちょっと可愛らしくおねだりしてくれたら喜んで――」
「馬鹿。バーカ」
エルドラドの世迷い言をバッサリと切り捨てれば、小さく息を吐き出しつつ毛布を荷物から引っ張り出す。
もう少ししたら服も着替えたほうが良いかもしれない。
まあ、この服でも平気と言えば平気だけれども、これから行く場所は雪の深い場所だ。
この格好じゃあ目を引くだろうし、こう、もふもふした物を着ても問題ないだろう。
「ほら、ルシエラ」
『んー……?なんじゃ、えりゅとりす……』
「腹出して寝てると風邪引くぞ。こっちこい」
むにゃむにゃと眠たげなルシエラを軽く引っ張ると、エルドラドがしているようにルシエラを膝の上に……
……膝の上に乗せるにはちょっと大きかったので、俺の前に座らせた。
ぽよぽよとしている体は冷たい空気の中では程よく暖かく、心地いい。
『んふふー……だいたんじゃの、えるとりすぅ……』
「馬鹿なこと言ってないで寝とけ。全く」
ルシエラの嬉しそうな声に苦笑しつつ、ぽっこりと張り出したお腹をぽん、ぽん、と軽く撫でると、程なくしてルシエラは小さく寝息を立て始めた。
……ルシエラの消耗は、損耗は、俺が思っていた以上にもしかしたら重いのかもしれない。
ここまで損耗している状態であっても、それなり程度には戦えるのは良かったが――ルシエラはこの状態になってから、よく眠るようになった。
よく食べて、よく眠る。
このサイクルを繰り返しているのを見ると、壊れた自分自身を治そうと必死なのが、何となく伺い知れてしまって。
「……ワタツミ。お前はどう思う?」
『どう思う……って、ああ、あの場所の事ね』
ルシエラが深く眠りに就いたのを見計らってから、ワタツミに声をかける。
ワタツミは少しだけ悩んでいたようだったが、言葉の意図が察せたのか。
んー、と小さく唸ると、軽く頬杖をついた。
『そうね、確かにアリだとは思うわ。私達魔性の武器を修復するなら、あの場所以上に適した場所は無いと思うし』
「そっか」
『……ただ』
俺の安堵の声に、ワタツミは軽く目を伏せる。
『私の居た場所が最深部だった理由を考えるとね』
「ん……?」
『つまり、ヤトガミの洞窟とされている場所はあそこで確かに終わりなのよ。あの奥が何なのか、教えてあげる』
『――廃棄地。傑作ではなく、手に負えないモノを封じた場所。それが、これから目指す先よ』
――手に負えないモノ。
元よりこれから向かう先……ヤトガミの洞窟は、魔性の武器が幾つも転がっているような危険地帯だった、筈だ。
それは、魔性の武器を手にした者たちが狂い、体を奪われ、或いは絶命するが故。
でも、その廃棄地と呼ばれる場所は――少なくとも、先駆者は居ない筈だ。
ルシエラが口にするまではワタツミさえも忘れていたような、そんな場所に冒険者が入り込んでいる訳がない。
唯一可能性があるとすれば、アルカンくらいだが……それは、おいておいて。
魔性の武器とは言えど、使い手が居ない以上それはただの武器でしかない筈。
だというのに、手に負えないというのは一体どういう事なんだろうか。
『むにゃ……ぷひゅる……』
「……まさか、な」
――一瞬だけ、遠い遠い、過去の情景が蘇る。
ルシエラと出会い、手にした時。
あの時ルシエラが、どのように扱われていたのかを、思い出す。
処刑道具。
ルシエラはただ存在するだけで多くを喰らい、殺めるようなソレだった。
もし、廃棄地がワタツミから危険視されているその理由がそれならば――と、ほんの少しだけ湧き上がった不安と期待に、俺は軽く、大きく膨らんでいる胸元を抑え込んだ。