閑話:黄金姫は、目論んだ①
ロアとの戦いが終わって、少しが過ぎた頃。
エルドラド様も他の方々も怪我が多少なりとは癒えた、そんなある日の事。
「……ふむ」
「エルドラド様?」
……この所、エルドラド様の様子が少しおかしい気がする。
何というか、こう。
エルトリス様とルシエラ様を見て、何かを考え込んでいるというか。
僕はエルドラド様の事を尊敬しているし、自分の主はエルドラド様だけだとも思っているのだけれど。
それはそれとして、今のエルドラド様の顔は何だか悪いものを感じてしまう。
「これなら……今なら……ふふ」
にんまりと口元を緩めてみせたエルドラド様に、僕は止めた方が……と言おうとも思ったけれど、結局その言葉を口にする事は出来なかった
……だって、あんまりエルドラド様が楽しそうだったから。
水を差すのも悪いかな、なんて思ってしまったのだ。
「――手合わせ?」
「ええ、怪我も治りましたし」
宿屋でのんべんだらりと過ごしていると、突然エルドラドがそんな言葉を口にしてきた。
ぷらぷらとさせている手を見れば、確かに既に怪我は既に癒えているのだろう。
少し前までは包帯でぐるぐる巻きだったその両腕は、少なくとも見た目は綺麗なもので。
『……なーんかあやしーのう。へんなことをたくらんでおらんじゃろーな』
「企むなんて滅相もありませんわ?それに、貴女達も少し体が鈍っているのでは無くて?」
「まあ、そりゃあな」
エルドラドにそう言われてしまうと、俺は否定する事が出来なかった。
ロアと戦ってから暫く、他の面々が快復するまではのんびりしようという事で、戦うどころかろくに運動すらしていなかったし。
「それにほら――少しは動きませんと太りますわよ」
「ぐ」
……はっきりとそう言葉にされてしまえば、言葉に詰まってしまう。
ちょっとくらい太る、なんて別段気にするような事ではない気もするのだけれど、気もするのだけれど。
でも何というかこう、何だか、酷く恥ずかしい事のような気がしてしまって。
最近、ちょっとこう、腰にぷにっと何か乗るような感じもしてたし――
「……はぁ。判った、判ったよ」
俺は少し熱くなった顔を溜息を漏らして冷ましつつ、俺はエルドラドからの提案を受け入れた。
さて、となれば場所をどうするかだ。
アルケミラが居れば、それこそ俺達の体を小さい器にでも突っ込んで貰えばそれで済んだんだが――
「それなら私のお家で遊ぶ?」
「ひゃっ!?」
――そんな事を考えていると、不意に隣から聞こえてきたその声に、俺は思わず声を上ずらせてしまった。
視線を向ければ、そこには何時からそこにいたのか、アリスが俺の隣に腰掛けていて。
アリスは笑顔のまま、じぃっと俺の顔を覗き込んでくると……ああ、うん、成程。
そう言えばアリスとも暫く遊んでなかったし、丁度いいか。
「それじゃ、アリスの家でやるか。迷惑じゃなけりゃあ、だが」
「迷惑なんかじゃないよっ。えへへ、楽しみ♥」
『まあ、ありすのりょーいきなら、めいわくになることもないかの』
「ルシエラちゃんもちょっと見ない内に可愛くなっちゃって……ね、抱っこさせてっ♥」
『たわけ、わたしをだっこしていいのはえるとりすだけ――こ、こりゃっ、やめ――』
折角だから、リリエル達も呼んで皆で軽く体を動かすか。
それじゃあ久方ぶりの運動をするとしよう、と……俺はアリスにぎゅうっと、まるでぬいぐるみのように抱っこされてもがくルシエラを尻目に、軽く伸びをした。
さて、そんなこんなでやってきたのはアリスの永遠のお茶会、その中心部にあるであろうアリスの家。
恐らく全てがアリスの意のままであろう家の中は今、一面が薄桃色のだだっ広い空間に変わっていた。
所々に異様にでかいぬいぐるみやらが置いてあるのが、如何にもアリスらしい。
「……後でちょっと触ってみるかな」
……あれに思い切り抱きついたら気持ちいいかな、なんて考えつつそんな事を口にして、俺はふるふると頭を振った。
いかんいかん、そんな事は今考えるべきじゃあないだろう。
「随分と余裕ですわね?」
「全くだ」
「いえ、エルトリス様ならば当然です」
「……しかし、本当に良いのか?流石に悪い気がするんだが」
「あー、別に構わねぇよ。キツい方がいい運動になるしな」
そう、そんな事を考えている余裕は多分無い。
ちゃんと、俺の目の前に立っている面々にしっかりと向き合わなければ。
俺に声をかけてきたエルドラドは元より、その隣には擬態を解いたアシュタールに、ワタツミを手にしているリリエルの姿。
そして少し離れた所にはアミラまで立っており――クラリッサは、私は遠慮しておくわー、なんて言ってアリスやノエルと同じテーブルでお菓子をつまんでいたけれど。
要するに、一対四。
いや、ワタツミを入れるのであれば一対五か。
傍から見れば圧倒的な不利だけれど、まあ俺とルシエラならさほど問題はない――
『まーもんだいないじゃろ』
「あんまり油断してると怪我しそうだけどな。本気でやるぞ」
『うむ、わかっておる』
――もし万全なら、だが。
今のルシエラの状態は、正直言って万全には程遠い。
以前は内部に溜め込んだ魔力が枯渇しただけだったが、今回はルシエラの本体そのものが壊れた状態だ。
一度、いやがるルシエラをおして武器の状態に戻ってもらったが……まあ、酷いものだった。
鎖は砕け、千切れ。円盤は欠けて、割れて。唯一無事だったのは持ち手の部分くらいといった有様で。
こんなはずかしいところをみたせきにんはとってもらうからなー!なんて、後で顔を真っ赤にしたルシエラに怒られてしまったけれど。
ともあれ、ルシエラがこんな状態になってしまったのは俺も初めての経験だった。
俺は――そしてルシエラは、今どれくらいの事ができるのかを知る必要がある。
少なくとも、魔力が枯渇した時のように完全に無力になる訳ではないのは、これまでの生活で判っていたからこうして居るわけだが……少なくとも、万全な時ほどは戦えないだろうから。
「……それに」
『む?どーした?』
「ううん、何でも無い」
――それに。
こんな状態とはいえ、リリエル達と刃を交えるなんていうのは、やっぱりドキドキしてたまらない。
折角の機会なのだから、存分に試しつつ、楽しませてもらうとしよう――!
「……ふふふ」
全ては、私の目論見通り。
別にエルトリスに今更下剋上をしてやろうという訳ではないけれど。
それでもやはり負けっぱなしというのは、私のプライドが許さないし……何より、こんな好機が訪れたのだから、やらないわけには行かないだろう。
「んふふ……ちょっとくらい辱めてもOKですわよね……♥」
エルトリスにそんな事をできる機会なんて、早々ない。
うまいことアシュタールやリリエル達も乗せられた事だし。
しっかりとリベンジを果たしつつ、ちょっぴり――そう、ちょっぴりエルトリスを可愛がってしまうとしよう。
「……」
「な、何も考えてませんわよ?何にも」
……ええ、リリエルに怒られない程度に、ですけれど、ね?勿論。




