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魔王少女、世にはばかる!  作者: bene
第九章 虚構に満ちた、幸せの国
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22.終わって、残ったもの

 ――宿屋の窓から、外の町並みを眺める。

 ほんの少し前まで、ロアと死を覚悟する程の戦いがあったとは思えない程の穏やかさを、賑やかさを目にしてしまうと、ほんの少しだけロアの気持ちが理解できてしまった。


 目の前の光景に、現実味(リアリティ)がない。

 自分自身と余りに乖離しているそれを、俺は少しの間現実として見る事が出来ずにいて。

 まるで夢の中か、或いは本の挿絵でも見ているかのような――そんな、奇妙な錯覚まで覚えていた。


『……はぁ』

「ん、大丈夫か?」

『だいじょーぶじゃ。こまってはおるがの……こ、これ、やめんかっ』


 俺の隣に腰掛けているルシエラの頭を、くしゃりと撫でる。

 ルシエラは撫でられると嬉しそうに、しかし恥ずかしそうに顔を赤く染めていて。

 そんなルシエラの様子に、ああ、これはちゃんと現実だ、と俺は当然のことを再確認した。








「――休む、って」

「人も怪我をしたら休むでしょ?そういう事」


 ――そんな言葉を口にしながら、ロアはふらふらと、少しおぼつかない足取りで立ち上がり、体の調子を確かめるように軽く動かした。

 ビキ、ゴキン、と音がなるのを確認すれば、ロアはぐむむ、と顔をしかめつつ溜息を吐き出して。


「……再生とか、するものじゃあないのか?」

「いやいや。そんな事出来る訳ないでしょ……いやまあ、アルルーナとかなら出来るんだろうけどさ」


 アミラの言葉に呆れたように返しつつ、ロアは苦笑する。


 ……ロアの言っている事は、至極当然の事だ。

 怪我を負って、それが僅かな間に治るなんて事は異常でしかない。

 俺だってまださっき負った怪我は癒えていないし、他の面々だって傷はそのまま。


 それでも尚、ロアの言動が意外だと思ってしまったのは、やはりロアという六魔将がそれ程までに強かったから、なのだろうか。

 少し時間が立てば、まるで何事も無かったかのように元に戻っているだろうと思っていたロアのそんな言葉に、俺達はすっかり言葉を失ってしまっていて。


「そりゃあ、ボクもアリスも、それにアルケミラにアルルーナ、バルバロイだって強いけど、生き物だ。怪我をすれば痛いし、大怪我をしたら休まないとね」


 そんな俺達に、ロアは当然のように――自分たちもまた、ただの生き物なのだと口にした。


 生物としての次元が違えど。

 そもそも住んでいる次元が違うのだとしても。

 それでも、そういう所は変わらないのだ、と。


 ロアの言葉に、俺は確かに俺もそうだったしな、なんて変な風に納得しつつ。

 ふと、ロアの視線が俺の方に向いている事に気がついた。

 視線が合えばこくりと頷いた辺り、何か話でも有るのだろう。

 既に敵意も戦意も感じないロアに、俺はルシエラとともに近づいて――


「――ちょっと、失礼」

「え」


 ――反応出来なかった。

 もにゅん、とロアの小さな手が俺の胸の谷間に入り込んだかと思えば、俺はビクッと体を震わせてしまい。


「ちょ……っ!?」

『な――な、なっ、なにをしておる、きしゃま――ッ!!』

「ん、これでよし。ちょっとした贈り物をね」


 顔を熱くしてしまった俺に、激昂するルシエラに特に反応する事もなく。

 ロアは胸の谷間の奥――薄く肋骨にふれられるその場所に指を当てれば、軽く指を滑らせて、手を引き抜いた。

 だぷんっ、と重たく揺れる胸を俺は両腕で抱えつつ、顔の熱を抑える事もできずにいて――そんな俺を、そしてルシエラを見れば、ロアはクス、と笑みを浮かべて。


「――それじゃあ、得難い経験をありがとう。多分、さようならだ」


 そして、潰れていない方の腕で軽く腕を振りながら、そう言葉にすれば――次の瞬間には、俺達の前から姿を消していた。

 気付けば、俺達が居たのは宿の中。

 わずかに残っていた砂嵐のような残滓もすぐに消えてしまえば、ロアが居たという痕跡は、俺達が負った傷と――


「……さようなら、か」


 ――後は、俺の胸にわずかに残っている、ロアに触れられたという感触だけ。

 十年か、或いは百年とか言っていたか。

 それがどれだけ本当の事かは分からないけれど……まあ、もし次会う機会があったのであれば。


「じゃあな、ロア。次は、もっと楽しませてやるから」


 次は、もっとアイツを楽しませてやろう。

 今回のように捨て身でかかってやっと大きな傷を負わせられた、みたいな情けない戦いじゃなく、もっと互角の戦いを。

 戦いだけじゃなく、もっと楽しいこの世界の事を。


 そんな風に考えながら、俺は小さく息を吐くと、ベッドに寝転がって――……








 ……そして、今に至る。

 俺達はロアから受けた傷を癒やしつつ、幸せの国でのんべんだらりと過ごす日々を送っていた。

 俺は元より、ロアからの拳打を盾越しにとはいえ受けたエルドラドにアシュタールは、どうやら両腕と両手の骨が多少なりと砕けていたらしく、暫くは療養しないと移動すらままならない。

 病も無いと噂が流れていただけの事はあって、優秀な医者が居た事だけが、唯一の救いだろうか。


 しかし、それも飽くまで俺達普通の――とは言えないが、血肉を持った者たちの話。


『しー……っかしちんまくなったわね。ほーらほーら』

『んみゃっ!?や、やみぇんか、こにょ、こむひゅめぇ……っ!!』

『ほっぺたもモチモチねぇ。ほーらほーら、伸びる伸びる』

『や、やみぃええぇ……っ!!』


 ……ワタツミにもちもちとした頬を引っ張られるルシエラを見て、苦笑する。

 ルシエラは人型になる事が出来るとは言えど、その実体はあくまでも魔剣だ。

 医者じゃあルシエラを見た所で何も出来やしないだろうし、兎も角エルドラド達の傷が癒えるのを待ってからじゃないと、どうにも出来ない。


「……ワタツミ?」

『ぴっ』

「ルシエラ様に失礼は許しませんよ。申し訳ございありません、ルシエラ様」

『う、ぐうぅ……りりえるのかおに、めんじてゆるすが……』


 こうしてみていると微笑ましくは有るけれど、その実自体は割と深刻だ。

 今までどんなに力を使い果たしてもその姿までは変わる事がなかったルシエラがこうなってしまった理由は、まあ明白ではある。


 ――ルシエラの本体そのものの、破損。

 あの、全員が時間を稼いでくれたお陰で出来た、ありったけを込めた一撃をロアに相殺された時。

 それと同時に、確かに何かが壊れるかのような感触はあったのだ。


『……そうしんぱいそうなかおをするな、えるとりす』

「ん」

『なーに、だいじょーぶじゃ。わたしをなおすほーほーも、めどは、ついてるからの』


 俺は、そんなに不安げな顔をしていたのか。

 小さくなってしまったルシエラに逆に慰められてしまえば、ぱん、と軽く頬を叩いて、小さく息を漏らし。


「……必ず、元に戻してやるからな。ルシエラ」

『うむ』


 決意を新たにすれば、そっとルシエラの小さな体を抱き寄せる。

 腕で抱き寄せたルシエラの小ささを軽く実感しつつ、俺はその柔らかい体を抱きしめた。


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― 新着の感想 ―
[一言] ( ゜д゜)ハッ!つまりはこれからしばらくはエルトリスちゃんとルシエラちゃんのスヤスヤシーンが見られる!?
[一言] エルちゃんより幼いルシエラ... かわいい。 この展開は全く予想していなかった。 エルちゃんへの魔力供給は大丈夫なのかな。 この状態で武器になったら、どうなるのだろう。 いつかの体内迷宮…
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