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魔王少女、世にはばかる!  作者: bene
第九章 虚構に満ちた、幸せの国
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21.戦いは、終わり――

「――っ、は、ぁ……っ」

『お……おわった、のか……?』


 ロアは拉げ潰れた腕から、そして口から黒い体液を吐き出すと、そのまま尻餅をついて――そして、そのまま動かなくなった。

 死んではいない。

 未だにロアからは威圧感を感じるし、その薄い胸板が小さく動いているのも見える。


 ……ただ、それでもロアは動かなかった。

 ぼたぼたと黒い液体を垂れ流しつつ、床を黒く染めながら。

 白い肌を黒く濡らしつつ、小さく息を吸い、吐いて。


「……あ」

「これ、は……世界が、剥がれてますの……?」


 そして、少しすると歪んだ女神像が、チェック柄の床が、まるで張り紙でも剥がすかのような音を立てながら、ペリペリと捲れて消え始めた。

 裏から現れるのは、ただただ殺風景な、白い壁に白い床。

 窓どころか扉さえもない無地の立方体へと空間が変わっていけば――俺達は、まるで吸い寄せられるようにロアの傍に立たされて。


 そこでようやく、俺達はロアが既に戦闘不能である事を悟った。

 拉げ潰れた腕は勿論、肩口から先まで深く、深く傷は刻まれており。


「――ああ。うん、ボクの負けで良いよ。少し、無茶が過ぎたみたいだ」


 ロアは思い出したかのように顔を上げれば――未だにその顔は幼いまま。

 ただ、どこか満足気にそう口にして、どっこいしょ、と尻餅を付いたままだった身体を楽にするように崩してみせた。


 ――何が勝ちなものか。

 そんな言葉を、俺は既の所で喉元で抑え込んだ。


 確かにロアは見るからに重傷だけれど、こちらだって決して無傷ではないどころか大概だ。

 リリエルもクラリッサも疲弊しきっているし、アミラは自らに向けられた攻撃の余波だけで傷だらけ。

 エルドラドとアシュタールに至っては、軽く振られた拳を防いだだけで既に立つので精一杯といった有様で。

 ……俺も、腹部に深々とめり込んだ瓦礫の痛みがさっきから酷くて、正直立っているのさえキツいし、ルシエラに至っては最後の一撃を破壊された余波で、こんな有様だ。

 唯一無傷なのはノエルだけれど……ノエルはもともと戦える奴ではないから、戦力には数えられないし。


 こんな大人数で挑んでこの有様で、しかもロアは生きているのに勝ったなんて、俺はそんな事を言える程厚顔じゃ居られなかった。


「納得行かないって顔、してるね。ボクが負けだって、言ってるのにさ」

「……いや」


 ……でも、それでも文句を言おうとした口を噤んだのは。

 今の俺達からすれば、それは十二分すぎる程の戦果だという事を、重々に理解していたからにほかならない。


 だから、たとえ納得が行かなくとも。

 たとえ、ちゃんとした形の勝利を望んでいたのだとしても。


「俺達の、勝ちだ……今回はな」

「今回は……あ、は。いい言葉だね、嫌いじゃない」


 俺はロアにそう口にすれば……ロアに合わせるように、ぽてん、と。

 その場に尻餅をついてしまった。








「――つまり、この町自体はお前の能力とは無関係、なのか」

「うん。まあね」


 ロアが戦意を無くした後。

 俺達はロアの周りでくつろぐように座りながら、ロアに疑問をぶつけていた。


 少年のような姿をしたロアは、質問をぶつけられる事自体も嬉しいのか、楽しいのか。

 体液こそ止まっていたものの、未だに拉げ潰れたままの腕を、頭に出来た傷を、体中に負っている傷をそのままに、笑顔を浮かべていて。


 始めこそ警戒し続けていた俺達だったが、その様子を見せられてしまえばすっかり毒気を抜かれてしまっていた。


「ボクの書いた記述を他の人間が広めて、広めて――そうやって出来たのがこの幸せの国。キッカケは兎も角として、この町の形自体は人に望まれた出来たものだよ」

「……よく判りませんわね。貴方が切っ掛けなら、それは貴方の能力によるものでは有りませんの?」

「んー……ちょっと待ってね、金のお姉さん(エルドラド)


 よっこいしょ、と。

 先程は拳一つで有り余る暴威を見せつけたロアは、白く殺風景な空間に四角く切り出されたような石を作り出した。

 差も当然のように行われる非現実にもいい加減慣れてきた俺は、それに驚く事もなく視線を向けて。


「これは、ボクが創り出した石だ。それじゃあ――」


 そんな視線に、ロアはくすぐったそうに笑みを浮かべると――その石を、指先で軽く弾いた。

 途端に石が粉のように砕け、割れて、崩れていく。


「――さて。石がこうなったのは、果たしてボクの能力によるものでしょうか?」

「それはそうでしょう。だって貴方がたった今砕いたじゃありませんの」

「ブブー。不正解なエルドラドにはこれをプレゼントするね」

「わぶ……っ!?」


 ロアは唇を軽く尖らせながら、エルドラドの頭にパラパラと砕けた石を浴びせかけて――ああ、とアミラが小さく呟いた。


「――叩くまでは兎も角、その後は自然に起きたこと……という事か?」

「そういう事。ボクがやったのは噂を作るまでで、それを信じるかどうかはボクの介在する余地はないのさ」

『へりくつじみたのーりょく、だのう』


 そう言いながら、ルシエラは小さく溜息を吐き出すと小さく短い足をぱたぱたと動かして、頬をふくらませる。

 そんなルシエラの様子にロアは元より、俺達も少し微笑ましく思ってしまった。

 普段から不遜な、自分勝手な態度を取ることが多いルシエラだけれども。

 それも、今の――俺よりも小さく、むちりむちりとした幼い幼女の姿になってしまえば、ただ可愛らしいだけだ。


『……な、なんじゃ、そんなめでわたしをみおって』

「いや、何でもねぇよ」

『な、な、な……っ、あ、あたまをなでりゅ、なぁ……っ』


 俺がぽんぽんとルシエラの頭を撫でれば、ルシエラはぷしゅぅ、と音が聞こえてきそうな程に顔を真っ赤に染めながら、俯いて。

 ……あ、これがいつもルシエラが俺をからかう理由か、なんてちょっぴり理解してしまいながら、俺は改めてロアに視線を向ける。


 噂を記述し、拡散して――その後は人任せとは言えど、世界そのものをその通りに導いてしまう能力。

 そう言えばここに来てから何日目かに、俺も迷子の女の子だとか噂されてたし、あの自覚さえ出来なかった奇妙な時間はそういう事なんだろう。

 幸せから逃れようと――この国を否定しようとして出てきたアレは、差し詰めこの町の門番と行った所なんだろうか。


 ……そう言えば。


「なあ、ロア」

「ん?何だい、エルトリス」

「もし……その、なんだ。ここに来る前に現れた奴に負けたら」

「ああ、その時は表裏がひっくり返るだけさ。死にはしないよ」

『……表裏がひっくり返るって何?』


 ワタツミの問いに、ロアは少しきょとんとしつつ。


「秘められていた本心と、普段の意識が裏返るって事。まあそんなに危なくはないさ、相手を殺そうとさえしなければね」

「秘められた――」

「……本心」


 そんなロアの答えに、ぴくり、とクラリッサとリリエルの肩が震えた。

 みるみるうちに二人の――そう、珍しい事にリリエルの顔も――赤く、赤く染まっていって。


「相手を殺す……ん。万が一そうしていたら?」

「廃人になってたね。自分の心を砕くわけだから」

「うーわ悪辣、悪趣味ですわ……ノエルはこうはならないで頂戴ね?」

「は、はい」


 エルドラドはぎゅうっとノエルを胸元に抱きながら、ちゅ、ちゅ、とその頭に唇を落とす。

 ノエルは顔を真っ赤に染めていたけれど……うん、まあ、この二人はこういうものだと受け入れよう。


 すっかり戦いは終わり、和やかな雰囲気の中。

 ……しかし、俺には先程からずっと気になっていた事があった。


「――ロア。その傷は治らないのか?」

「ああ、これ?」


 ロアが俺の言葉にがくん、と拉げ潰れた腕を持ち上げる。

 見てみれば、その腕は元より頭の傷も、それ以外の傷も、まるでふさがっている様子はなく。


「うん。だから、ボクはこれが終わったら当分は休む事にするよ――十年か、百年くらいかな、多分」


 ――そして、ロアは事も無げにそんな言葉を口にした。

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[良い点] ルシエラはエルトリスよりもちんちくりんに( ˘ω˘ )!
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