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魔王少女、世にはばかる!  作者: bene
第一章 少女と辺境都市
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19.宴の終わり

「ん、もう街を出るのか?」

「ああ、このまま残ってると面倒な事になりそうだしな」


 騒がしかった祝勝会もすっかり静まり返り、大体の参加者が酒で酔いつぶれたり、満足して帰った後。

 後片付けを始めている職員たちを横目に、まだ酒を煽っていたギリアムと軽く言葉を交わす。

 ギリアムから金を貰わなければいけないし、何より――


「面倒事……ああ、確かに。もうお前さんが魔族を倒した事を知ってる行商人とかが出ていってるし、時間の問題か」

「うへ、やっぱりそうか」


 ――こいつは会話がしやすい。

 年の功と言うか、何というか。俺が何を言わんとしているのか、皆まで言わないでも察してくれる。

 行商人が街を出たのは多分今朝か、或いは昨晩か。

 となれば、後半月もしない内に連合の――というよりは、英傑を抱えたいであろう何かしらがこの街にやってくるだろう。


 まあ、そういった連中を蹴散らしてしまっても良いんだが。

 そうするとギリアム達にも無用な迷惑をかける事になるし、流石にそういう面倒を進んで起こすつもりにもなれなかった。


「となると、そうだなぁ……エルトリスは飲み食いは好きか?」

「まあ、それなりには。でもどっちかと言えば、そうだな……」


 少し、考える。

 次の目的地が決まっているという訳ではない。

 元より俺もルシエラも土地勘なんてものは存在しないし、その辺りはリリエルに任せてしまってもいいか、なんて思ったりもしていたんだが――


「……魔族が居る、みたいな噂の有る場所はないか?」

「おいおい、そんな物騒な所有るわけ無いだろ」

「まあ、そうか」


 ファルパスとの一戦の後。

 どうにも俺は、魔族という連中が少なからず気になってしまっていた。

 強さ、というのも有るけれど……俺ではない魔王に創られた存在であるとか、そういう所も含めて、今どういう状況なのかを知るに丁度いい手合だと、そう思えてしまって。


 ただまあ、魔族は連合……というか人間そのものと敵対している存在っぽいから、そんな情報をそう容易く手に入れられる筈も――……


「……まあ、噂程度で良いなら無くもないが。そもそも街じゃないぞ」

「あるのかよ!?」


 ……ギリアムの言葉に、思わず噴き出しそうになった。

 どれだけ幸運なのか、都合が良すぎるのか。

 思わず大きな声を出してしまった俺にギリアムは苦笑しつつ、まだ酒が残っているグラスをクルクルと回す。


「辺境とは言っても行商人達が結構な数入ってくるからな。そういう話自体はそこそこ入ってくるんだよ」

「……なあ、情報屋にでもなったらどうだ?」

「あっはっは、アイツらみたいに立ち回るのはゴメンだな」


 そう言いながらギリアムは酒を飲み干すと、受付をひょいと飛び越えて奥の棚をごそごそと漁りだした。

 1分もしない内に一本の巻物(スクロール)を手に戻ってくれば、それを俺の前のテーブルに広げていく。


「近頃、とは言ってももう二ヶ月程になるか。行商人達が決して使わなくなったルートがある」

「あー、熊殺しだか熊狩りだかが居たから無理だった、みたいな奴か?」

「あっちは原因がはっきりしてたが、こっちは原因不明でな。調査に出た冒険者たちも誰一人戻ってきてない」

「……ふ、む」


 ――広げられた巻物には、クロスロウド大森林と記されていた。

 辺境都市と大国の一角を繋ぐ街道の間にある、この都市を包み込んで有り余る広さを持った森林――というよりは、これは最早樹海というべきか。


「ただの遭難、って線は?」

「無いな。確かにクロスロウド大森林は広大だし街道から外れたら危険だが、そうでもしない限りはただののどかな一本道だった筈だ」

「って事は、何かしらが居るってことか」

「ああ。ここには既に達人級(マスター)達も何人か行ってるが、全員犠牲になってるからな。賞金首にしたって並じゃあない」


 また聞き慣れない単語が出てきたが、当たり前のように口にしたって事は多分割と常識的な言葉なんだろう。

 達人(マスター)、というんだから相当な実力者って事、だろうか。


「……達人級って言うのは、国から認められるような功績を残してる連中って事な。純粋に戦闘だけで測る訳じゃあないが、今の俺くらいの連中も多い筈だ」

「へぇ、そりゃあ――」


 ――殺し合ってみたいな、と言おうとして。既の所で押し留めた。

 流石にそれが不味い事は何となく判る。


 ギリアムはそんな俺の様子に苦笑しつつ、程々にしておけよ、なんて言いながら俺の頭を軽く撫でると席を立ち、軽く伸びをしながら肩を鳴らした。


「あー……ったく、歳は取りたくないな」

「よく言うぜ。他の連中見た感じ、まだまだ現役張れるだろオッサン」

「年寄がいつまでも出張ってるのは良くないんだよ。ほら、そんな事よりちょっと来い」


 ギリアムに軽く手招きをされれば、首をひねりつつも椅子から降りる。

 ルシエラは職員たちの後片付けを手伝っている――わけもなく、片付けをしている職員にちょっかいを出したりセクハラをしたりしているようで。

 まあリリエルがちゃんと手伝ってるみたいだからその辺はトントンだろう、なんて考えながら、俺はギルドの裏に向けて歩き出したギリアムに着いて歩き出した。


 裏口から出れば、外はすっかり日も暮れていて。

 真っ暗な夜空には無数の星が煌めいており、街の灯りは殆ど無く。


「本当は、明日見せるつもりだったんだがな」

「……ん?」


 そんな暗闇の中。

 ギルドの裏手にある大きな何かを前に、ギリアムは足を止めた。

 それは暗くてよくは見えなかったけれど、この都市に来るまでの間に何度か目にしてきたもので――……


「走り蜥蜴は厩舎に繋いである。大森林に向かうなら、コイツを使うと良い」

「……竜車か、これ」

「ああ。お前さん一人なら突っ走って行けるだろうけど、あのエルフのお嬢ちゃんの事を考えたら有ったほうが良いだろう?」


 ……竜車。

 竜、とは言っても本物の竜ではなく、ソレに似た走り蜥蜴と呼ばれている二足歩行の大蜥蜴に荷車を引かせるようなモノで、行商人達が結構重宝しているのは俺でも知っている。

 それなりに速度も出る、便利な乗り物で――これに客を載せて走るだけでも金を取れる辺り、決して安いものではない、筈だ。


「良いのか?」

「何、お前さんがしてくれた事を考えればこれくらい安いもんさ」


 だが、どうやらギリアムはコレを気前よく俺にくれるらしい。

 金銭感覚に関しては決して俺は人のことを言えないという自負はあるけれど、このオッサンも相当だな。まあ、ありがたい話だが。


 ……いや、或いは。


「――なあ、オッサン」

「ん、どうした?まさか俺に惚れたか?」

「バーカ、バカ、バーカ。ちげぇよバーカ」

「あっはっは、冗談だ冗談、俺は小児性愛者でもないしな。何だ?」

「オッサンは、そんなにこの街が大事なのか?」


 もしかしたら、ギリアムにとっては今回の事は、それくらいの価値が有ることだったんだろうか。

 俺の言葉にギリアムは――暗闇の中で良くは見えなかったが――少しだけきょとんとしてから、破顔して。


「――ああ。俺が生まれ、俺が育ち、俺が守る事になった街だ。大事じゃない訳がないだろ?」

「そうか、そういうモン、か」


 ギリアムのその答えは、相変わらず俺には良くは判らないものだったけれど。

 ただ、少なくとも――ああ、前に聞いた時よりは、少しだけしっくりときた。


 きっとギリアムのいうこの街っていうのは、この街に住んでいる人間だとか、そういう話ではなく。

 コイツの居場所そのものなんだろうな、と。


 それは。

 かつての俺には、恐らくは無かったであろうもので――……








『――っはっは、良いではないか良いではないか!!』

「……あー」

「く、くく……っ、まあ、戻るか。出るにしても明日だろう?」

「まあ、な」


 ……そんな考えも、中から聞こえてきたルシエラの声に中断された。

 俺は小さく溜息を漏らせば、ギリアムと共にギルドの中に戻る。


 さて、それじゃあ明日でこの街ともお別れだし。

 バカ剣が大人しくなったら、明日に備えてたっぷりと眠っておく事にしよう――

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