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魔王少女、世にはばかる!  作者: bene
第九章 虚構に満ちた、幸せの国
239/365

20.ありったけ、全てを

 世界が、色づいて見える。

 空気というものを胸いっぱいに吸って、人というモノを初めて見て、ボクは心の底から歓喜に打ち震えた。

 ああ、もっと見たい。

 もっと。

 もっと、この世界の全てが見たい。


 恩人(エルトリス)達に軽く手を振りながら、笑顔を向ける。

 ありがとう。

 心の底からの感謝を、キミ達に送りたい。


 キミ達の全てを見る。

 キミ達の色も、匂いも、音も、それこそ中身まで全て、全て、全て。


 そうしてしまえばキミ達が動かなくなることは、判っていたけれど。

 それでももう、ボクの好奇心は止められなかった。








『――っ、撃て――ッ!!!』


 ルシエラの恐怖の入り混じった叫びとともに、少年の――ロアの頭部に矢が着弾した。

 衝撃波と共に轟音が鳴り響き、炸裂した矢はロアの頭を()()()


 ……そう、揺らしただけ。

 無効化された訳ではない。

 ましてや、アミラの矢が弱かった訳でもない。

 アミラの矢が弾けた余波は、ビリビリと空気が震える程で――それこそエルトリスとて、ルシエラとて直撃を受けたくはない程だった。


「……ああ、良いなぁ」


 それを受けて、ロアは嬉しそうに笑っていた。

 着弾した部分からは黒い体液を流しながら、しかし楽しそうに、本当に嬉しそうに、笑顔を浮かべて。


「こうかな?」


 そして、徐に指先を矢の飛んできた方角へと向ければ――


「――っ、逃げて、アミラ――ッ!!!」


 ――いつの間に、声が戻ったのか。

 取り繕う余裕さえもなく、エルトリスの甲高い声がその空間に響き渡った。


 刹那の後にロアの指先から轟音とともに放たれたのは、純粋な魔力の塊。

 空間すら歪める程のその力の塊は、指の指し示した方角へと、寸分たがわずに飛んでいき――そして、横っ飛びに躱したアミラの真横を、通り抜けた。


 魔力の塊が通り過ぎた跡は、床がまるでくり抜かれたかのように抉れており。


「……ん。まだ、上手く行かないな。でも楽しいや」


 それを、ロアは首をひねりながらも楽しそうに、楽しそうに笑って眺めていた。


 その様子を確認するよりも早く、再び動けるようになったエルトリスが、エルドラドが、リリエルが――そして、力を取り戻したクラリッサ達が、駆ける。


 この場に居る全員が悟ったのだ。

 この少年は――ロアは、今ここで倒さなければならない。

 ロアが、この世界に慣れる前に倒しきらなければならない――そう、言葉にする事さえ無く、理解したのだ。


「四重奏――氷華葬送!!」

「私とリリエルで動きを抑えるわ!!突っ込みなさいアシュタール――ッ!!」

「言われずとも判っている!!!」


 ロアの周囲に、氷の刃が柱のように聳え立つ。

 そこから放たれた冷気は、ロアの肌を白く染めて――ロアはそれを不思議そうに眺めながら、パキ、パキ、と身体を鳴らしてみせた。


「これが、冷たい……寒い、なのかな。あは、面白い」


 空気までもが凍てつくような冷気の中で笑うロアに、クラリッサはすかさず歌声を響かせていく。

 先程まではまるで届かなかったソレも、今ならば届くのだろう。

 ロアは目を細めながらそれに聞き入り――その眼前にアシュタールが、そしてエルドラドが来てもなお、目を開く事は無かった。


「私に合わせなさい、デカブツ!!」

「オオオオォォォォ――ッ!!!」


 金色の煌めきが、そして斬撃、打撃、刺突の嵐が、ロアを滅多打つ。

 その攻撃は、確かにロアに届いていた。

 少年の白い肌には傷は付いていたし、攻撃をする度にロアの身体は揺れて、二人の手にも確かな手応えがあったのだ。


 ――だが。


「――……」


 それでも、ロアの笑顔は絶える事はない。


 ロアにとって、その何もかもが新鮮だった。

 エルトリスに殴られた時も感じた感触ではあったものの、それが武器によってまた違う事を知った。

 身体から力が抜けていくその奇妙な感覚ですらも喜ばしかった。

 変形し美しく煌めきながら自らを裂くその刃を、美しいと思った。


 ロアは初めて得るそのすべての感覚を愛おしみ、喜び――そして、また新たな感覚を求めていく。


「……こう、かな」


 それは、ゆるゆるとした動きだった。

 子供が、大人の練武を見て真似をするような、たどたどしい動き。

 ……少なくとも、この姿になる前までは無軌道に、ただ適当に拳を振るっていたロアとは、まるで違う何か。


 エルドラドもアシュタールも、戦いの最中に行われたそれが何のつもりなのか、一瞬だけ理解できず――


「防いで下さい、エルドラド様――!!!」


 ――だがそれを見て……遠くから千里眼を以てロアを見ていたノエルは叫んだ。

 エルドラドもアシュタールも、その声に咄嗟になって盾を構え。


 ロアの、そのゆるゆるとした動きから放たれた拳が触れれば、瞬間、二人の意識は明滅する。

 盾がまるで紙屑か何かのように拉げ、砕け、二人はまるで冗談のように吹き飛ばされた。


「ん……難しいね。読んでる時は出来そうだったけど、見るとやるのとじゃ全然違うんだ。面白いなぁ」


 二人を文字通り吹き飛ばしたロアは、首をひねりつつそう言いながら、ひゅん、ひゅん、と。

 まるでアシュタールが盾を以て放っていた拳打を真似るように、拳を虚空に振るい。


「――キミもそう思わない?エルトリス」

「……っ」


 そして、頭上を見た。

 そこに居たのは、ロアの頭上、空高くに立ち、ルシエラと共に構えていたエルトリスの姿。

 リリエル達が稼いだ時間を全て用いて作り出したルシエラの拳は、大きく、巨きく。

 ただ破壊力のみを求めた、渦巻く黒い鎖の塊と化しており――


「――喰ら、ええぇぇッ!!!」

「ああ、やっぱりキミが一番だ」


 ――今正に振り下ろされるそれから、ロアは逃れようともせずに。

 ただ軽く腕を構えるようにすれば――黒い力の塊に合わせるように、その拳を振り上げた。








 轟音が、鳴り響く。

 力がぶつかりあった衝撃で、床が砕け散る。

 土埃が舞い上がり、視界は失われ。


『――ぐ、あぁっ!!』

「きゃ、うっ!?」


 そして、その中から弾き出された小さな影が二つ。

 片方は流れるような金糸の髪に、その身体とは余りに不釣り合いな双球を持った少女、エルトリス。


「……ああ。そっか、そうなんだ」

『ぐ……く、そ……とんだばかぢから、めぇ……っ』


 ……そして、土埃の中から聞こえるロアの声に、辿々しい声で悔しそうに拳を床に叩きつける、黒髪の少女――否、幼女。

 ややむちむちとしたその身体を何とか立ち上がらせて、エルトリスを支えつつ……幼くもどこか生意気な顔を顰めながら、その幼女は荒々しく息を吐きだしていた。


「……っ、ルシエラ……!?」

『……すまん、しょうもー、しすぎた……っ。じゃが、あたしはまだ、たたかえるぞ……っ』


 ――先程の衝突で、ついに力を使い切ったのか。

 大人の姿さえも保てなくなった黒髪の幼女――ルシエラは、舌っ足らずにそういいながらも、晴れていく土煙の先を見る。


「忘れてたなぁ――うん、そうだった」


 その先にあった影は……ロアは。


「……うん。ボクもまた、壊れるんだったね」


 黒く渦巻く力の塊を殴りつけて霧散させた、その拳は――腕は、見る影もなく捻じれ、潰れ、砕けており。

 ふらり、ふらりと身体を揺らしたかと思えば、その場に尻餅をついて……ごぽり、と。

 口からおびただしい量の黒い液体を吐き出せば。


「――残念。ちょっと、動けないか」


 まるで他人事のように。

 しかし、酷く哀しそうに、そんな言葉を呟いた。


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― 新着の感想 ―
[良い点] しばらくはルシエラもエルトリスと一緒に可愛がられるのかな( ˘ω˘ ) [気になる点] ロアも後に幼女になって登場したり? [一言] ひとまず倒せたのか?
[一言] うひゃぁ... ドラゴンボールみたいになってる...これは確かに次元が違う。 余計に打つ手がなくなってしまったように見えるけど、果たして...? 幼女化したルシエラ... 戦えるのかな
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