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魔王少女、世にはばかる!  作者: bene
第九章 虚構に満ちた、幸せの国
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14.三日目③ -具現した偶像-

「――なあ、テメェももう判ってるんだろ?」


 黒い影が、私の前で笑う。

 明滅する意識の中でも、不思議と紛い物(エルトリス)の声は良く頭に響いた。


 呼吸が、キツい。

 肺がまともに機能してないのか、幾ら空気を吸っても吐いても、まるで呼吸を整える事ができない。

 手足は鉛のように重たくて、まるで力が入らない。

 頭もぼんやりとして、全身に走っているはずの痛みを感じる事さえも、私には出来なくなっていた。


 紛い物の大きな手が、私の頭を掴んで、持ち上げる。

 幾度も攻撃を叩き込んだはずの相手の身体には、傷らしい傷は残っておらず――でも、不思議とそうだろうな、なんて納得できてしまっていた。


「俺が、本来のエルトリスで――今のテメェの方が、本来エルトリスとしちゃあおかしいんだって事に」

「……あ、あ」


 紛い物の言葉に、短く言葉を紡ぐ。


 ――そんな事は、言われるまでもない事だった。

 幼い、幼い女の子の身体。

 その身体に侵食されている精神。

 勿論、そういったモノもあるけれど――でも、それ以上に、私は既に、以前のエルトリス(わたし)から大きく逸脱している。


 仲間を得た。

 仲間とともに居る時間が、心地よく感じてしまった。

 友達というモノが、思いの外暖かなものだと知った。


 信頼を、親愛を向けられる事が――それが、どんなに幸せな事なのかを、知ってしまった。


「だから、俺がテメェになってやる。余分なものを殺して、殺して、殺して――そうしたら、きっと昔の俺のままで居られるだろ?」

『……っ、ふざけるな!紛い物めが――ッ』

「ったく、傷つくぜ。俺は昔からこうだったって、テメェだって判ってるだろうに」


 紛い物は、そう言って肩を竦めながら私を見る。

 その表情には怒りや哀れみこそあれど、憎しみらしいものは見えなかった。


 ……ああ、この紛いモノの正体が、何となくだけれど判ってきた、気がする。


「心配すんな。ロアも俺が殺してやる。エセ魔王とやらも俺が殺してやるさ」

「……きっと。嘘、じゃ……ないん、だろう、ね」


 喉からかすれた声を、辛うじて絞り出す。

 もう体力は底をついた。

 あらゆる攻撃は、過去の私には何一つ――そう、何一つ通用する事は、無かった。


 あらゆる物を想起し、創り上げても、過去の私は拳一つ、蹴り一つでその尽くを破壊してみせた。

 いかなる護りを創り上げ、築き上げても過去の私はそれを紙屑のように破壊し、守りなど無かったように私を蹂躙してみせた。


 ――それが、過去の私(エルトリス)と、今の私の差。

 笑ってしまうくらい……それこそ、大人と子供とさえ言えない、戦士と赤子のような力の差を見せつけられて。


「――で、も」


 しかし、それでも。

 私は、目の前の紛い物に恐怖を感じる事もなければ、怒りや憎しみを感じる事も無かった。


 もう何かを握るほどの力も残っていない小さな手で、紛い物の太い腕を握る。

 私の何倍もありそうな、その筋骨隆々とした腕が、懐かしい。


「嘘、じゃ……なくても。本音じゃ、ない」

「……あぁ?」

「――っ、い、ぎ……っ!!」

『エルトリス――ッ!!やめろ、やめんか貴様ァッ!!!』


 みしり、と頭骨が軋む。

 それこそ、紛い物がほんの少し力を込めたなら、きっと私の頭は弾け飛ぶんだろうな、なんて他人事のように考えつつ……それでも、私は紛い物(わたし)から目を逸らさなかった。


「……っ、判る、よ」

「何がだ」

「怖いん、でしょ?()に、なってしまうのが」


 その言葉を口にした瞬間、私を握っていた太い指先が、ぴくりと震える。


 ああ、当たり前だ。

 判るに決まってるじゃないか。


 だって、目の前に居るのはエルトリスなのだ。

 エルトリスである私が、エルトリスの事を理解できない訳が、無い。


「……黙れ」

「この、身体は……嫌い、だけど。でも、リリエル達と、巡り会えた事は……私は、後悔してない」

「黙れ」

「あの時の強い、私に戻りたいと……思うこともある、けど。でも、お陰で……ルシエラと、ほんとうの意味で相棒に、なれた」

「黙れ……っ!!」


 ぎしり、と頭骨が音を立てていく。

 後少し。

 後ほんの僅かにでも、目の前の私が力を込めたのであれば、私の頭は果実のように潰れてしまうだろう。


「――だから、怖いんでしょう?エルトリス(あなた)が消えてしまうんじゃないか、って」


 でも、それでも、私は言葉を紡ぐ事を止めなかった。


 それは、私がずっと漠然と抱いていた恐怖。

 元の――本来のエルトリスから、どんどん乖離していってしまう私が。

 それを心地よく感じてしまっている私が、怖くて、恐ろしくて、仕方なかったのだ。


 ――この、目の前にいるエルトリスが、たとえロアが作り出した何かだったのだとしても。

 きっとそれは、私のそういった心を元に作り出したのだろう。


「もういい、潰れちまえ――!!」

「……っ、私は!!」


 エルトリスの指先が私の頭を握りつぶす、その刹那。

 残った全ての力を込めて、私はルシエラを介した訳でもない、小さな、無力な拳をエルトリスの腕に叩きつけた。


 ぺちん、と軽い音を鳴らして、腕を揺らすことさえ叶わなかったその一撃に、エルトリスの動きが止まる。


「私は――私は、あなたを絶対に、忘れない。あなたを、捨てない。エルトリス(わたし)は、エルトリス(あなた)のまま生きていく」

「……ふ、ん」


 私の言葉を聞いたエルトリスは、それを鼻で笑いながら――私の頭から、指を離した。

 地面に落ちるように降ろされた私は、立つことさえも叶わずに、ぺたん、と地べたに尻餅をついて、しまう。


 ……立ち上がれない。

 もう、そんな余力なんて残ってない。


 文字通りの無力な存在に成り果てた私を見下ろしながら、しかしエルトリスはそれ以上何かをする事は無く。


「運の良い奴だ、テメェは」


 そう、小さく言葉を口にすれば……ゆっくり、ゆっくりと、その身体を暗い、暗い影の中に沈め始めた。


「言葉を違えるなよ――エルトリス(テメェ)エルトリス(オレ)を裏切った時、俺は必ずテメェを殺す」


 その言葉に、言葉を返す事が出来ない。

 声を出そうとしても、呼吸がまともに出来ない状態では、言葉一つ紡ぐことすら困難で。


 ――ただ、私は溶けるように消えていくエルトリス(わたし)に視線を向ければ、ソレは少しだけ笑ったような、そんな気がした。








「――うん、素晴らしい。ボクに会う資格を得たのは、君で二人目だ。可愛らしいお嬢さん」

「……そう」


 ……瞬間、視界が切り替わる。

 薄暗い路地裏のような場所から、本の香りに満たされているかのような書庫に。

 私は聞き覚えのない――しかし、恐らくは誰なのか判っているその声に、短く言葉を返した。

 不思議なことに、先程まで満身創痍だった身体に痛みは無い。

 いや、痛みどころか怪我の一つさえも、私の身体には残っておらず。


「お久しぶりだね、エルトリス。君が来るのを楽しみに待っていたよ」


 天まで聳えるような書架が幾つも立ち並ぶその空間の中で、それは酷く嬉しそうに笑っていた。

 白く、肌が透けるような薄い布地を纏った、豊満な――穏やかな美貌を称えた女性。

 その腰には、一対の大きな、白い翼が生えており。


『……ハッ。女神様気取りか、ヘドが出るのう』


 ルシエラのそんな言葉を耳にすれば、幸せの国に祀られていた偶像、その具現は――にんまりと、その口元を歪めてみせた。


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― 新着の感想 ―
[一言] ロアが女神像の姿になっててちょっとTS感あって良き( ˘ω˘ )
[一言] ついにロアか...!? しかしなにがどうなっているのやら... ロアの目的も不明瞭でこわい。 続きが気になる! 資格を満たさないとこれ、どうなっちゃうのだろう...
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