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魔王少女、世にはばかる!  作者: bene
第九章 虚構に満ちた、幸せの国
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1.ある日、森の中

 アルケミラ様が戻られてから数日。

 戻られた当初こそ、目に見えて機嫌が良かったアルケミラ様は領土に山積した問題を前にすると日に日に何時ものような調子に戻っていった。


 アルケミラ様が壁の向こうを視察なさった時に攻め入ってきた、あのクソ――もとい、アルルーナ。

 自分とイルミナスで対応こそしたものの、領土には猛毒の花々が咲き乱れており。

 被害も決して軽微だったというわけではなく、それを見たアルケミラ様は落胆こそしなかったものの、大きくため息を吐き出していた。


「……嫌がらせとは、暇人ですね」


 嫌がらせ。

 恐らくは、その言葉こそが今回のアルルーナの行動を表現するに相応しいのだろう。

 不毛の地に幽閉、封印されていたアバドンを自らの能力を以て連れ出したのも。

 アルケミラ様が視察に向かっている間にこちらに攻め込んで――否、嫌がらせを繰り返したのも、全てはアレの性根が腐り果てている事に起因している。


 これまでも度重なる妨害や攻撃を受けては来たが、その度にアルケミラ様はただ追い返すだけで追撃はせず、またアルルーナを攻め滅ぼそうともしなかった。

 何故か、と一度だけ問いかけた事はあるが、アルケミラ様はただ一言、「まだ早い」と口にしただけ。


 ……自分としては、こんな嫌がらせばかりするクソったれな隣人などとっとと排除するべきだと思うのだけれど、アルケミラ様にはきっと考えがあるのだろう。

 あまり小難しい事が得意ではないのだし、その辺りはクラリッサにでも聞けば多少なりと判るのだろうが――


「そう言えば、クラリッサはまだ戻らないのですね」

「ええ、彼女には継続してエルトリス達の元に居るように命じていますから」

「……また、その人間の名前ですか」


 ――そのクラリッサは今、エルトリスとかいう人間の元に居た。

 アルケミラ様曰く、漸く見つけた稀有な人材故に、手厚く保護したいとの事だったが……正直、良く判らない。


 自分も、イルミナスも、クラリッサも――そして今は亡きファルパスも、皆アルケミラ様に見いだされてきた魔族だ。

 だから、自分は他の連中にだって敬意は払うし、亡くなってしまえば悲しくも思う。


 だが、エルトリスという人間は――そう、人間なのだ。魔族ではなく。

 あの脆弱で、障壁さえも持たない人間が、アルケミラ様に重用され、寵愛を受けている。

 稀有な存在とまで言われている以上、ただの人間ではないのだろうが……やはり、こう、どうしても胸元に湧き上がる靄のような物は振り払えなかった。


 そんな自分の様子に気付いたのか、アルケミラ様は視線をこちらに向けてくれば、淡く笑みを浮かべて。


「――丁度いい機会ですね。今は私もこちらに居ますし、貴方も一度エルトリス達に顔合わせをして来てください」

「……自分が、ですか」


 アルケミラ様のその言葉に、自分は少しだけ悩みつつも、ふむ、と小さく声を漏らした。


 ……そうだ。

 どうせならば、直接やりあってしまえば、アルケミラ様のその辺りのお考えも理解できるかも知れない。

 アルケミラ様が価値を見出した程の人間であるのならば、自分が思っているような脆弱な存在ではないのかも知れない。


 アルケミラ様の言葉に頷けば、すぐに準備を整えて、領土を出る。


 光の壁の向こう側に行くのは久方ぶりだ。

 最近は光の壁も大分弱まっているようだし、抑える力も最低限で済むだろう。


 久方ぶりに同僚と顔を合わせられる事も楽しみにしながら、未だに草一つ生えていないアバドンの通り道を力強く駆けていった。








『――ゆっくり、ゆっくりね。身体に私の力を馴染ませなさい』

「す、ぅ……っ、は、ぁ……」


 ――人気のない森の中。

 魔族の姿もすっかり無くなってしまったその場所で、私は今日もワタツミの指導の元、少しでもワタツミの力に身体が耐えられるようにと、修練を繰り返していた。

 手足に巻いた包帯が取れたのがつい先日なのだから、無理は出来ないけれど。

 少なくとも、あの紛い物の人魔合一でさえも自壊してしまうほどに、ワタツミの力は強烈なのだから、少しずつでも扱えるようにならなければ。


 あの時のワタツミの力は、今までの私の力とは完全に隔絶していた。

 触れるだけで相手を静止させるほどの冷気。

 振るうだけで周囲を白く染める白刃。

 ……存在するだけで、世界をも停止させたあの感覚。


 ワタツミを十全に扱えたのであれば、あそこまでの事が出来るというのであれば、今までは軽視していたそれもやらない訳にはいかないだろう。


『そう、その感じ。そのまま体の内側に留めて、循環させるのよ』


 ワタツミの言葉に従い、身体に血を巡らせるように、入り込んできた冷気を循環させていく。

 身体から熱が失われ、心臓の鼓動さえも弱くなっていくような感覚。

 冷気に身体が侵され、自らが凍りついていくような感覚を覚えつつも、私はそれを循環させ続けて――


「……は、ぁ」

『うん、上手ね。やっぱりセンスが良いわ、リリエル』

「そう、でしょうか」


 ――そして、1分程集中した後。

 身体に宿った冷気が馴染んだのを感じれば、ワタツミはどこか嬉しそうにそんな言葉を口にした。


 センスがいい、とは言うけれど、私はとてもそうは思えなかった。

 アルカン様は集中など殆どなく、流れるように人魔合一を扱っているし。

 それどころか、エルトリス様に至っては戦いの最中に開眼されただけではなく、そのまま反動さえもなく使いこなしていたのだ。


『……エルトリスは規格外と思いなさい。異常も異常よ、あれ』

「む」

『悪く言ってるんじゃないわ。あの子はルシエラに余りにも馴染み過ぎてるのよ、あんなの余程永くを共に過ごしでもしなければ有り得ないわ』


 ワタツミの言葉に、ふむ、と小さく声を漏らす。

 ……永くを共に過ごしている。

 成程確かにその言葉は、エルトリス様とルシエラ様にはぴったりだと思ってしまった。


 実際にはまだエルトリス様はお若いのだし、そんな事は無いのだろうけれど。

 あの息ピッタリな様子だとか、出会った頃から手足のようにルシエラ様を扱っていた事を思い出してみれば、ワタツミの言葉を否定しようとは思えず。








「――おや」

『あら、珍しい』


 そんな事を考えていると、不意に森の中に強い……しかし不思議な気配が満ちてきた。

 敵意とは違う。

 殺意とも違う。

 がさり、がさりと音を立てながら歩いてきたそれは、こちらに警戒するどころか、気配を隠すつもりすらないらしい。


 私は身体に冷気を宿したままゆっくりと立ち上がれば、ワタツミを握り、気配の先を見る。


「……ほう、そうか。お前がエルトリスか」

「――?」


 ……そして、気配の主は私を見ながらそんな言葉を呟いた。

 エルトリス、という名前を口にしていたけれど……一体私のどこを見て、そう思ったのか。


 浅黒い肌をした男は私を品定めするように眺めながら、ふむ、と小さく息を漏らせば、ズルリと背中から二対の腕を生やし、何処からともなく武器を手にしていく。

 剣、槍、鎚、斧。

 一対の腕――元からあった腕は軽く組んだまま、魔族の男はその闘志を膨らませて。


「試させてもらうぞ。我らが同志足り得るのかをな――!!」

『ちょ……っ、勘違いしたまま突っ込んでくるとか――!』

「丁度いい機会です。応戦させてもらうとしましょう」


 ……口ぶりからして、恐らくはアルケミラ様の関係者か何かなのだろう。

 この場にクラリッサさんが居たのであれば、即座に仲裁してもらえたのだろうけれど、かえって都合がいい。


 暫く続いた療養生活のせいで身体も訛っていたところだし、リハビリをさせて貰うことにしよう――


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― 新着の感想 ―
[良い点] ワタツミがここまで協力的になって( ˘ω˘ ) [一言] リリエルはどこまで通用するのか……
[一言] 光の壁の向こう側もいろいろ面倒くさそうな問題を抱えてそう。 幸せの国とはいったい!?と思っていたら出てこなかった...
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