3.雷霆の矢
アルケミラ達からの話を聞いて、考えること1分。
メガデスは最初こそ信じられない――或いは、信じたくないと言った表情を浮かべていたものの、その目に映るモノまでは否定できなかったのだろう。
大きく、大きくため息を吐き出せばそのきれいな髪の毛を掻いて、メガデスは親指を軽く噛んだ。
「……因みに、お前らは協力してくれるのか?」
「無論、有能な人材が失われるのは損失ですので」
「エルちゃんはちゃんと守るから大丈夫♥」
「あーあー、そうだろうよ」
アルケミラとアリスの言葉を聞いて、メガデスは確信する。
確かにこの二人は、今回に限って言うならば敵ではない。
それは自身の眼もはっきりとそう告げているし、それが嘘だなんてことは恐らくは無いのだろう。
だが、それは飽くまでもメガデス自身に対して、或いは彼女達が連れているエルトリス達に対してのものだ。
いま眼下で逃げ惑っている民衆はその対象に入っていないのだろう、と何となくだけれどメガデスは察せてしまった。
つまり、あの蠢く塊をどうにか出来なかった場合、自分は助かれど多くの民衆は助からない、という事。
「エルトリス。獲物を見る限りはお前は遠距離戦闘は無理だよな?」
「ん……まあ、そうだな」
メガデスの言葉に、エルトリスは小さく頷く。
実のところを言えば、ルシエラに無理をさせれば不可能という訳ではない。
それこそ、ルシエラの円盤だけを遠くまで飛ばして攻撃する、なんて芸当も今のエルトリスなら十分に可能ではあった。
が、エルトリス本人の気質としては、飽くまでも相手と肉薄する距離で命を削り合いたい、というのがあるから、そんな行為など頭の片隅にさえ浮かんでおらず。
ルシエラは内心、そんなエルトリスの事を少しだけ可笑しく思いながらも、しかし決して口に出す事はなかった。
それは、ルシエラ自身そういったもののほうが好ましいという事も合ったのだが――
閑話休題。
ともあれ、メガデスはエルトリスの反応に小さく頷けば、アミラの袖を軽く引いて側に寄せる。
「2班に分かれるぞ。俺とこいつは城壁の上から、テメェらは森の中からだ」
「……お待ち下さい。こんな場所から援護など、出来るのですか?」
リリエルの言葉は、至極もっともだった。
確かに城壁の上からでも、アバドンの黒く蠢く姿を見ることは出来たけれど、どう考えたって弓が届くような距離ではない。
エスメラルダのような、常軌を逸した魔法であれば森ごと破壊出来るのかもしれないが、普通ならば魔法でさえも届くことはないだろう。
「大丈夫だ、リリエル。彼女の実力は私が保証する」
「――アミラ様が言うのであれば」
だが、そんなリリエルの懸念もアミラの一言で払拭された。
メガデスは少しだけ納得がいかないような表情を見せながらも、これ以上時間を無駄にする訳にも行かないか、と何も言うことはなく。
「納得したならさっさと行ってくれ。多分冒険者ギルドの連中と鉢合わせするとは思うが、無茶すんなよ」
「邪魔さえしなけりゃ何もしねぇさ――よし、行くぞ」
「はい。アミラ様、メガデス様、また後ほど」
そのまま、短く言葉を交わせば。
とん、とまるで階段を降りるかのような気軽さで、エルトリス達は城壁を飛び降りていった。
残っていたメガデスの部下達は、それを慌てた様子で視線で追いつつも、そのまま森まで駆けていったエルトリス達を見れば、唖然として。
「……彼女達は、一体何者なのですか?」
「何、今この時に限っちゃ有り難い戦力さ――さて、それじゃあやるよっ☆」
「は、はいっ!全員準備を!」
あくまでも、今だけは。
そう言いながら、メガデスは再びその身体にバチリ、バチリと紫電を纏い始めた。
とん、とん、とまるでそれが出来て当然のように、メガデスはスカートの中が見えるのも構わないと言った様子で空中を蹴って空を登り、改めて彼方で蠢くアバドンに視線を向ける。
「まさか、こっち側で六魔将とやり合うなんて考えても居なかったけど――後悔させてあげるっ☆」
「これは――……!」
虚空に立つメガデスに向けて部下達から魔力が流れ込んでいくのが見えたのか、アミラは思わず声を漏らした。
アミラの持つマロウトにも同じ性質はある。
自然から力を強制的に徴収して放つ、アミラの必殺とも言える一撃も、目の前でメガデスが行っている物と類似していた。
違うのは、それが自然ではなく人からであり、そして自ら魔力を捧げているという事。
いや、それ以上に――自然からとは比較にならない程に小さい供給の筈なのに、アミラの扱うそれを遥かに越えた力が、メガデスの一矢に集まっているという事。
集めた力を漏れなく、無駄なく一点に集中したその一矢は眩く輝きながら、激しく、弾けるような音を鳴らし――
「――雷霆の矢――……ッ☆」
――刹那。
夜が明けて青くなり始めた空が、眩く輝いた。
それは、突然の出来事だった。
嬉々として木々に喰らいついていた黒い塊が、眩い光と共に消滅したのである。
比喩でも何でも無く、突然の閃光が収まったかと思えば、木々は黒く焦げ、焼けており――そこに群がっていた筈の黒い塊は消失、もとい焼失していた。
見れば、周囲にあった筈の木々の多くは焼け焦げており。
無論、少し遠くを見ればまだまだ無事な木々は大量にあったものの――しかし、それを気にすることさえ無く、再び黒い塊は焼け焦げた木々に喰らいついた。
燃え盛っていようが、関係はない。
黒く炭化していようが、関係はない。
燃えていたならばその火ごと喰らい――その過程で自らが死のうと、何のためらいもなく。
再び眩い閃光が降り注ごうとも、その黒い塊は、アバドンは何かを喰らうという行為を止めることは決して無い。
アバドンはうぞり、うぞりのその蟲で構築された群体を蠢かせながら、地表の落ち葉を、生い茂る草木を、狂喜の中で喰らい続ける。
今尚光の壁の奥から湧き出し続ける黒い塊は、聞くに堪えない甲高い音を――キチキチと関節を鳴らすような、顎を鳴らすかのような音を鳴り響かせながら、次々と周囲の炭に喰らいついて。
大量の御馳走を口にしたからだろう。
丸々と膨れた蟲は、ぶるぶると身体を膨らませたかと思えば――ばちゅん、と音を鳴らしながら、勢いよく弾け跳んだ。




