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魔王少女、世にはばかる!  作者: bene
第八章 全てを喰らうモノ
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2.早朝、城壁にて

「……あれは、ヤバいな」


 尋常ならざる部下たちの様子に、寝ぼけ眼を擦りながら城壁を登ったメガデスは、その光景に思わずそう呟いてしまった。

 夜明けを迎えて白んできた空の向こう。

 闇夜に紛れて見えていなかったであろう、森の彼方で蠢く黒い塊。


 部下たちも薄々それが珍しい現象などではなく、何かとてつもなく不味い何かだと察してはいたのか。

 メガデスのその呟きに、僅かにどよめきをあげて。


「――王に伝達を。市民を直ちに避難させるように言ってくれ」

「避難、って」

「判らねぇか?この国からだ。良いからさっさとしろ、森とは反対側に避難させるんだよ――!!」


 そして、彼女のその言葉に部下たちは肩を揺らせば、勢いよく階段を駆け下りていった。

 そんな部下たちの様子を見ながら、メガデスは小さく息を吐き出しつつ。


「……私らしくもねぇ。だが、しかし」


 ――いつも可愛らしく、笑顔で。

 気が荒ぶればすぐに守れなくなってしまうそんなポリシーではあるけれど、メガデスはそれを取り繕うことさえ無く、一人、城壁の上で森の彼方に蠢くソレを見た。


 メガデスの眼は、感情の色を捉える事ができる。

 敵意や悪意、害意はそれこそドス黒く、或いは血のように赤黒く映るものだが――


「――チッ」


 ――彼女の瞳には、森の彼方がすべて、一面。

 赤黒く蠢く、どす黒い感情の塊に映っていた。


 それには一片の慈悲もなければ、一片の迷いさえもない。

 ただただ、一つの感情にのみ突き動かされている、掛け値なしに邪悪な存在。


 メガデスは未だにその正体を知らなかった、が――しかし、それが尋常ならざるモノで有ることだけは、即座に理解した。

 今まで森を彷徨っていた魔族達など、それこそ羽虫かなにかのようなものだ。

 あの彼方で蠢く赤黒い悪意の塊と比較すれば、数に数える事さえ憚られる。


「今度こそ、守りきれねぇかもな」


 メガデスは、そんな彼女らしからぬ弱気を口にしながらも。

 手に携えていた魔弓を軽く握りしめれば――バチン、と身体から紫電を迸らせた。








 公国は、夜明けから早々に大きな騒ぎになっていた。

 メガデスの部下からの報告を受けた王は、即座にそれが尋常ではない事態だと察知。

 現在動ける者たち全員で、公国中の住民全てに直ちに公国から退去し、森から離れるように避難する事を命じたのである。


 当然、まだ目を覚ましていない住民も多く、衛兵たちはそんな住民たちを起こすように声を張り上げながら、街中を駆け回った。

 英傑であるメガデスが、その部下が直ちにこの国から避難するように呼びかけたのだ。

 それがどれだけの事態なのかを、王も、衛兵たちもよく理解していたのである。


「ふぁ……ったく、何なんだよ、こんな朝っぱらから……」

「もう、判った、判ったわ。準備するから待ってて」


 ――無論。

 全ての者が、そうという訳ではない。


 おおよそ半数の住民は寝起きを叩き起こされて不機嫌なまま、のそのそと準備を始めていた。

 衛兵たちがどんなに声を張り上げても、即座に最低限のものを持ち出して急いで避難に移ったのは半数にも満たない程度。

 中には避難なんてバカバカしいと、二度寝に移る者まで居る始末で。


「……っ、早く避難するんだ!急げっ!!」

「朝っぱらからうるせぇなぁ。判ってる、判ってるって」


 そんな者達には、衛兵たちの必死さなどはまるで伝わることはなかった。

 急いで避難する者達と、のそのそと避難する者達で通りは溢れかえり――それを見た住民たちは、この混雑が終わってからでいいか、と避難する事さえなく。


 ――そんな、何とも混沌とした景色の中。

 混雑した通りを避けて、屋根の上からそれを眺める者達が居た。


「……避難という選択は最善手ですが、何故従わないのでしょうね」

「そういう人間は多いですから。特に、ここの人間たちは安全圏で育った者が多いでしょうし――」


 眼下で蠢く人々を――折角王が、メガデスが最善手を尽くしてくれたというのに、それを台無しにしようとしている半数の住民たちを、アルケミラは不思議そうに眺めながら。

 クラリッサはアルケミラに同調しつつ、眼下の人々に呆れるようにして、小さく息を漏らし。


「あー、下の連中とかはどうでも良いだろ。さっさと行こうぜ」

「それも、そうですね」

「ひとまず、森を一望出来る場所まで行きましょう」


そんな二人を急かすように、エルトリスは彼女達の袖を軽く引くと、とん、と屋根の上を跳んだ。

 彼女達にとって幸いだったのは、衛兵たちが避難誘導に手一杯で屋根の上など木にする余裕がなかった事。

 もしそうでもなければ、屋根の上を軽快に飛んでいく集団など、即座に衛兵に呼び止められていただろう。


 彼女達はそのまま城壁の近くまで飛べば、軽く駆け上がり――そして、城壁の上から外の様子を見た。


「……あれが」

「うん。アバドンだね――大分、増えちゃったみたい」


 森の彼方で蠢く黒い影に、リリエルは軽く息を詰まらせる。

 アリスから話では聞いていたものの、実物を見てしまえば彼女達は自らの想像がどんなに甘かったのかを思い知らされていた。


 以前アリスに見せてもらったアバドンの姿は、小さなエルトリスの手ですら包めてしまう程の矮小なものだった。

 その矮小なものが、あの遠くで蠢いている黒い塊の中に、一体どれだけの数存在しているのか。


「……こいつは、骨が折れそうだな」

『骨が折れるというか、何というか……どう攻めたモノかのう』


 小さく息を吐きだしつつ軽く身体を動かして、エルトリスは眉を顰める。

 以前エルトリスが相手にしたアルルーナの分体――アルーナとは違い、あの蠢く黒い塊には、恐らく核のようなモノは存在しない。

 つまり、あの全てを何とか処理しない限りは、アバドンを滅した事にはならず。


『こういう時こそ、エスメラルダの出番だろうにのう』

「居ない方を呼んでも仕方ないでしょう。ともあれ、先ずは距離を詰めるべきでしょうか?」

「だな。ここからじゃあ攻撃も出来ねぇし――」


「――おい、お前たち何をしている!」


 ――さてどう攻めたものか、と思案するエルトリス達に、焦りと怒気が入り混じった声が届く。

 足音に彼女達が視線を向ければ、そこには疲弊を隠そうともしていない衛兵たちと、そしてメガデスの部下達の姿があった。


「怪しい奴らめ!まさかこの事態も……!」

「ちっ、面倒な――っ」


 こんな非常事態に、それも集団で城壁の上に居たエルトリス達は成程異質に映ったのだろう。

 彼らはエルトリス達を取り押さえようと声を上げて、手を伸ばし――エルトリスは軽く舌打ちをしながら、仕方ない、と。

 多少の手傷を負わせてでも、衛兵たちを打ち払おうとして――


「――馬鹿野郎!そんな事してる場合か!!」


 ――エルトリスが作り出した鎖の腕が、彼らを殴り倒そうとした瞬間。

 そんな彼らを、彼女達を一喝するかのような怒号が、城壁の上に響き渡った。


 その一喝に、衛兵たちはすくみ上がり――エルトリス達はその声が聞こえてきた方を、頭上を見上げれば。


「お前らはさっさと配置につけッ!弓も魔法も扱えねぇ奴らは冒険者ギルドと連携して地上からアレを抑える準備をしろッ!!」

「は、はいっ!!」


 そこに、何もない空中に立っていたのは、公国の英傑メガデスその人だった。

 メガデスは身体に紫電を纏うようにしながら、何もない筈の空中に当然のように立っていて。


 彼女の一喝に、エルトリスを捕らえようとしていた衛兵たちは、慌てた様子で階段を駆け下りていく。

 アルケミラはそんなメガデスに感心したかのような笑みを浮かべ。

メガデスは改めてエルトリス達に視線を向ければ、その感情の色を確認してから、わしゃわしゃと髪の毛を掻くと小さく息を吐いた。


「……よし。今は兎に角手が足りねぇからな、お前らも手を貸せ」

「安心しろ、端っからそのつもりだ」

「それと、お前ら二人。どうせアレの事も知ってるんだろ、かいつまんでで良いから教えろ」

「ええ、分かりました」


 メガデスからの率直な提案に、エルトリス達は二つ返事で返しつつ、彼方で蠢く黒い塊を――アバドンを見る。

 黒い塊は木々を呑み、咀嚼して、また木々を呑み。


 そうやって、少しずつ、少しずつではあるものの、公国に近づいてきているようだった。


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― 新着の感想 ―
[一言] 久しぶりに緊張感ましましですね... アリスちゃんやアルケミラは見てるだけかな?
[一言] どうやって食い止めたもんか……
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